ハンセン病 療養所に残されている解剖記録 詳細な分析実施へ

岡山県にある国立ハンセン病療養所に残されている入所者の遺体の解剖記録について、外部の研究者が詳細な分析を実施することになりました。研究者は「治療薬が使われるようになったあとも解剖が続けられた理由などを、医学的アプローチで明らかにしたい」と話しています。

国の誤った隔離政策で、ハンセン病療養所に収容された患者をめぐっては、遺体を解剖した際の記録が各地の療養所に残されていることが明らかになっています。

岡山県瀬戸内市にある「長島愛生園」には、園が設立された翌年、昭和6年からの25年間に解剖が行われた、およそ1800人分の記録が残されていて、この記録について、放射線衛生学者で、栃木県にある獨協医科大学の木村真三准教授が、詳細な分析を実施することになりました。

木村准教授は祖父の兄、大伯父が、かつて、この療養所に入所していたことから、ハンセン病について知ってもらいたいと、大伯父の歩んだ人生や自身の経験について伝える活動を続けていて、今回、みずから療養所側に分析を申し出たということです。

記録は、戦前や戦時中など、時代ごとに無作為に抽出し、個人情報を削除した形で提供を受けるということで、それぞれの時代に、どのような医療行為が行われていたのかを、カルテなどの資料とあわせて分析する予定です。

木村准教授は「ハンセン病の治療薬は、戦後まもなく国内で使われるようになっており、そうした中でも解剖が続けられた理由などを、医学的なアプローチで明らかにしたい」としたうえで「さまざまな記録から、患者一人ひとりの人生をひもとくことが、歴史を知り、同じ過ちを繰り返さないために重要な意味を持つと思う」と話しています。

ハンセン病患者の遺族として 歴史的にひもとく必要

木村真三さんは愛媛県鬼北町出身で、ハンセン病患者の遺族です。

木村さんの大伯父、木村仙太郎さんは、昭和14年に長島愛生園に入所し、その2年後、55歳で亡くなりました。

木村さんは、29歳の時まで仙太郎さんの存在について父親から隠されていたということで、ハンセン病の患者や、家族に対する差別の根深さを痛感したということです。

おととし、木村さんは療養所に仙太郎さんの解剖記録やカルテなどが残されていることを知り、開示請求を行いました。

そして、去年開示された仙太郎さんの記録を詳しく分析したところ、入所時、知覚まひの影響で、両手の指や足の一部が失われていたことや、肺結核が原因で亡くなったこと、それに、婚姻歴があったことなど、それまで知ることのなかった仙太郎さんの人生の一端が見えてきたということです。

木村さんは「ハンセン病に対する差別に終止符を打つためには、事実を知ってもらうことが大切だ」と考え、開示された記録を去年、長島愛生園に展示し、一般の人たちに公開しました。

ただ、木村さんは、単に公開するだけでは不十分だとも考えていて「遺族として、大伯父の生きた足跡を公開することで終わりにするのではなく、なぜ、このような問題が起きたのかを、歴史的にひもといて考えていく必要がある」と話していました。

ハンセン病療養所 園長「今回の研究には大きな意義」

「長島愛生園」の山本典良園長は「どのような形で記録を提供できるかは、有識者による倫理委員会などを通じて慎重に検討する必要があると考えている」としたうえで「こうした資料は、将来、廃棄されてしまう可能性もあり、資料の価値や保存について考えてもらう意味でも、今回の研究には大きな意義があると思う」と話しています。

残された解剖記録 意義と課題

ハンセン病患者の遺体の解剖記録は、各地の国立ハンセン病療養所に残されていることが、3年前以降、相次いで明らかになりました。

解剖記録は、作成時期が古いことなどから、現在の法律で保存が義務づけられている「公文書」には当たらず、入所者の高齢化が進む中、療養所が閉鎖されるなどすれば廃棄されるおそれもあると指摘されていて、どのように保存し、同じ過ちを繰り返さないために、どう役立てるかが課題となっています。

記録の内容が調べられている療養所もあり、岡山県瀬戸内市の「邑久光明園」は、弁護士などが参加する委員会を設けて調査を行いました。

その結果、入所者の7割が解剖されていたことなどが明らかになり「正当な同意を得ていたとみなすことはできず、重大な人権侵害だったと結論づけられる」などとする報告書が去年、公表されました。

ハンセン病の問題に詳しい九州大学の内田博文名誉教授は、今回の分析について「解剖の実態について、先行的な調査はあるものの、さらに掘り下げた検討が必要であり、解剖の医学的な根拠や、本人・家族の意思がどのように確認されたのかといった点について掘り下げられることに期待したい。記録の保存や活用のしかたを検討するうえでも、意義のある研究になるだろう」と話しています。