パラ陸上世界選手権 澤田優蘭が銅 走り幅跳び視覚障害クラス

フランス・パリで開かれているパラ陸上の世界選手権は、女子走り幅跳び、視覚障害のクラスの決勝が行われ、東京パラリンピック代表の32歳、澤田優蘭選手が銅メダルを獲得しました。

また、男子400メートル、脳性まひなどのクラスは、21歳の松本武尊選手が4位に入り、日本は来年のパリパラリンピックの出場枠を新たに2つ獲得しました。

フランスのパリで開かれているパラ陸上の世界選手権は、4位以内に入ると来年のパリパラリンピックの出場枠が獲得できます。

大会4日目の11日は女子走り幅跳び視覚障害のクラスの決勝が行われ東京パラリンピック代表の32歳、澤田選手が出場しました。

澤田選手は、1回目の跳躍で5メートル3センチと今シーズンの自己ベストをマークすると、4回目には助走のスピードを踏み切りに生かして5メートル23センチとさらに記録を伸ばし銅メダルを獲得しました。

また、男子400メートル脳性まひなどのクラスの決勝には21歳の松本選手が出場しました。

松本選手は、陸上の強豪校でハードルに取り組んでいた高校2年生のとき脳出血で倒れて両手足のまひが残りました。

リハビリのあと、パラリンピックのメダリストと同じレースを走ったことがきっかけで本格的にパラ陸上を始め、初めて出場した東京パラリンピックは7位でした。

11日の決勝で松本選手は、スタートから飛び出し持ち味の大きなストライドを生かして加速すると後半も伸びのある走りを見せて上位陣に食らいつき55秒85のアジア記録を更新するタイムで4位に入りました。

この結果、日本は来年のパリパラリンピックの出場枠を新たに2つ獲得しました。

澤田優蘭 陸上の新種目にも出場 銅メダル獲得に貢献

女子走り幅跳び視覚障害のクラスの澤田優蘭選手は、東京都出身の32歳。

6歳の時に視力と視野が徐々に低下する進行性の病気を発症し、残っている視野はわずかです。

高校生の時に盲学校に入学したことをきっかけにパラ陸上を始め、2008年の北京パラリンピックに女子走り幅跳びと100メートルのクラスで出場しました。

しかし、視力がさらに低下し、ロンドン大会に出場できずに一時、競技を引退しましたが、その後、東京大会の開催が決まったことから復帰を決断し、得意の走り幅跳びで5位に入りました。

また、陸上の新種目で障害の異なる男女4人が走る400メートルユニバーサルリレーにも出場し、銅メダルの獲得に貢献しました。

澤田優蘭 “きょうの跳躍が一番よかった”

澤田優蘭選手は「本当にうれしい。記録も順位も今自分ができる精いっぱいはやれたかなと思う」と話したうえで、5メートル23センチをマークした4回目の跳躍について「一番感覚がよかった。助走で一番安定して踏み切りにつながる助走ができた」と振り返りました。

今シーズン、ここまで記録が伸ばせなかった澤田選手は踏み切りに力を入れて練習を積み重ねてきました。

ところが、踏み切りを意識すればするほどうまく跳躍ができなくなり、およそ2か月前から重点的に助走に取り組むようにしたところ徐々にかみ合うようになったということです。

澤田選手は「シーズンの最初は本当に苦しくて目標と自分のいる位置がだいぶ離れてしまっていた。世界選手権に入る前は、漠然とした不安があったがそこから着実に、信じて1個1個やっていった。きょうの跳躍が一番よかった」と涙ながらに話していました。

そして、来年のパリパラリンピックに向けて「今大会、金メダルと銀メダルを獲得した選手は、5メートル50センチを超えている。しっかりと修正してまたパリに戻り金メダルを目指したい」と活躍を誓いました。