東証新指数 トヨタ“対象外”はなぜ?【経済コラム】

「東証の市場改革の本丸だ」

市場関係者からこのように注目されているのは、7月3日に算出が始まった「JPXプライム150指数」という新たな株価指数です。日本の株価指数といえば「日経平均株価」や「東証株価指数・TOPIX」が代表的なものとして知られていますが、今回スタートした株価指数は、経営の効率性が高く“稼ぐ力”がある企業を選んだといいます。しかし、そこにはトヨタ自動車や三菱商事といった日本を代表する銘柄は対象外となっています。それはなぜなのか、取材しました。
(経済部 記者 仲沢啓)

トヨタや三菱商事は“対象外”

「プライム150」を開発した、日本取引所グループ傘下のJPX総研によると、この指数のコンセプトは「価値創造が推定される日本を代表する企業で構成される指数」です。

価値の創造、つまり稼ぐ力がある日本企業ということで、真っ先に思い浮かぶのは、トヨタ自動車ではないでしょうか。

時価総額は日本企業で最高の38兆円、昨年度の決算では2兆4500億円の最終利益をあげています。

しかし、5月26日に指数を構成する銘柄のリストが公表されると、市場関係者に衝撃が走ります。

この指数では、トヨタのほか、三菱商事やパナソニック、それに大手金融グループなどが対象に選ばれなかったのです。

なぜなのでしょうか。

資本収益性から75銘柄を選ぶ

その謎を解く鍵は選定基準にあります。

対象となったのはことし5月16日時点で東証プライム市場に上場する1800社余りのうち、時価総額上位500の銘柄。

これを「資本収益性」と「市場評価」という2つの基準でそれぞれの上位75銘柄ずつ、あわせて150銘柄に絞りました。

まず、「資本収益性」ですが、これは「エクイティ・スプレッド」という指標が基準になっています。

「ROE=株主資本利益率」から「株主資本コスト」を引いて算出します。

※エクイティ・スプレッドの計算式
ROE(株主資本利益率・8%以上に限る)ー 株主資本コスト(%)(投資家の期待リターン)

「ROE=株主資本利益率」というのは、投資家が投じた資本に対し、企業がどれだけの利益をあげているか、つまりどれだけ効率よく利益をあげているかを表します。

一方、「株主資本コスト」とは株主から調達した資本にかかるコストの割合で、投資家からすると出資額に対して期待するリターンのことを言います。

そして「エクイティ・スプレッド」がプラスであれば、投資家の期待を上回る稼ぐ力があり、価値を創造できると考えます。

この中から75銘柄を選びました。

市場評価で75銘柄を選ぶ

もうひとつの「市場評価」は、このところ市場で注目されている「PBR=株価純資産倍率」が基準となっています。

1株あたりの純資産に対して株価が何倍かをあらわす指標で、これが1倍を下回ると、会社が解散したときに株主のもとに残る「解散価値」より株価が安い状態にあると見られてしまいます。

※PBRの計算式
株価÷1株あたりの純資産

このPBRが1倍以上の銘柄から75社を選出します。

こうして選ばれた150銘柄は来年8月以降、年に1回定期的に見直しが行われて入れ替えられます。

トヨタや三菱商事などは、基準日の5月16日の時点では「資本収益性」で上位75社に入れず、PBRも1倍を割れていたため、対象外となったのです。

東証のねらいは

この指数開発のねらいはどこにあるのか。

JPX総研・インデックスビジネス部の橋本元洋統括課長は次のように語ります。

「プライム上場企業を、稼ぐ力という切り口で、投資対象として見える化したのがこの指数です。欧米の主要な株価指数と比べてもPBRなどは遜色がありません。指数に組み入れられた、規模も大きく、稼ぐ力がある企業の成長が、日本市場の活性化には欠かせません。指数に連動するファンドが組成され、こうした企業に国内外の投資資金が流れ込み、さらなる成長につながっていくことを期待しています」

実際にアメリカのS&P500やヨーロッパのストックス600と比べると、JPXプライム150指数のPBRやROEの値が遜色ないことがわかります。

過去の失敗の教訓は

ただこの指数が、さらなる投資資金の流入につながるかどうか、疑問視する声も聞かれます。

どこまで伸びしろがあるのか不透明だという見方があるからです。

過去10年のパフォーマンスを試算すると、TOPIXをやや上回っているものの、足元の値動きはさえません。

算定基準日の5月26日から7月3日までの指数の上昇率は6.7%ですが、同時期のTOPIXの8.1%、日経平均株価の9.1%をいずれも下回っています。

背景には、今回指数の対象とならなかった「バリュー株」に人気が集まっていることがあります。

バリュー株とはPBRやROEが低く、本来の価値より割安な銘柄のことをいいます。

これについてSMBC日興証券の伊藤桂一 チーフクオンツアナリストはこう指摘します。

「選定された企業はもともと株価の水準が高く、伸びしろがない銘柄が集められているように見える。パフォーマンスがTOPIXと変わらない、もしくは下回るのであれば、あえてJPXプライム150指数に連動する投資をすることは考えづらい」

過去に開発された株価指数の中には、鳴り物入りで登場したものの、普及せず存在感が薄れているものもあります。

2014年1月に公表を始めた「JPX日経インデックス400」は、今回のJPXプライム150と同じように、収益性の高さなどを基準にした株価指数でした。

ただ、TOPIXを上回るパフォーマンスが示せなかったことなどから、今や存在感はありません。

「プライム150」の指数を開発した橋本さんは、こんなことも話していました。

「わざわざPBRやROEをもとに銘柄を選ばないと、欧米の株価指数の水準に追いつけないというのが東証の現状です。ただ、この指数に海外の機関投資家などから注目が集まれば、企業もPBRやROEを上げて、指数入りを目指そうという動機にもつながるのではと期待しています。こうした好循環を生み出すことで、東証全体の企業のPBRやROEの水準が欧米に負けない水準に上がり、この指数がお役御免となることがゴールだと思っています」

海外マネーのさらなる流入あるか

東証が去年4月に実施したプライム市場などへの再編は、「看板の掛け替えにすぎない」と指摘されるなど、市場からの評価の中には厳しいものもありました。

ただ、ことし3月、東証が市場での評価が低い企業に改善を促したことで、企業の改革への期待が高まり、海外の投資家が日本企業に目を向け始めました。

この指数の開発が海外マネーのさらなる流入につながるか注目していきたいと思います。

注目予定

来週12日にはアメリカの6月の消費者物価指数が発表されます。

中央銀行にあたるFRBが利上げを再開するか、それとも見送るのか、市場の見方が分かれているだけに、その判断を左右する消費者物価の行方に注目が集まっています。

来週は2月期決算の小売業や外食チェーンの決算発表が相次ぎます。

業績の見通しにも注目が集まりそうです。