熱海土石流 発生から2年 今も生活再建の見通し立てられず 静岡

静岡県熱海市で大規模な土石流が発生して3日で2年です。

土石流の起点に不安定な盛り土が残ったため、川沿いは警戒区域に指定され、立ち入りが禁止されてきた影響で被災地では宅地などの復旧工事が進んでおらず、多くの被災者が今も生活再建の見通しを立てられずにいます。

おととし7月3日、熱海市伊豆山地区で発生した大規模な土石流では、地区を流れる川の上流部に違法に造成された盛り土が崩れ、災害関連死も含めて28人が犠牲となりました。

建物の被害は住宅など136棟にのぼり、6月末(まつ)の時点で124世帯、217人が地元を離れた暮らしを余儀なくされていて、多くが公営住宅や賃貸住宅を活用した「みなし仮設」に入居しています。

土石流の起点には、およそ2万立方メートルの盛り土が不安定な状態で残ったため、大雨などで再び崩れるおそれがあるとして、土砂が流れ下った川の周辺は警戒区域に指定され、原則として立ち入りが禁止されてきました。

造成当時の土地の所有者が、残った盛り土の撤去を求める県の措置命令に応じないことから、県は去年10月、代わって撤去をする行政代執行に着手し、3日までに不安定な土砂の撤去をほぼ終えました。

これを受けて、熱海市はことし9月1日に警戒区域を解除する予定で、自宅の被害が比較的小さく、ライフラインが復旧する見込みの37世帯は、解除とともに地区に戻れるようになる見通しです。

しかし、立ち入りが禁止されてきた影響などで、被災地では宅地などの復旧工事が進んでおらず、自宅が流されるなど大きな被害を受けた被災者は、地区に戻れる時期が示されていません。

2年たつ今も、多くの被災者が生活再建の見通しを立てられない状況が続いています。

遺族「あの頃に戻れるなら今すぐにでも戻りたい」

今回の土石流では災害関連死も含め、10代から90代までの男女28人が犠牲になりました。

ただ1人、1年7か月もの長期にわたり行方不明になっていた当時80歳の女性の遺族は、発生から2年となる今の心境について、「何事もなく普通に生活できていたあの頃に戻れるなら、今すぐにでも戻りたい」と語りました。

今回の土石流では、当時80歳だった太田和子さんが行方不明になりましたが、連日行われた捜索活動でもただ1人、見つからない状態が続きました。

発生から1年7か月あまりたったことし2月、住宅地から撤去された土砂の中から見つかった骨が、DNA鑑定の結果、太田さんのものと確認され、土石流による28人目の犠牲者と認定されました。

太田さんと一緒に暮らしていた長男の朋晃さん(57)は、遺骨が見つかったときの心境について、「時が止まったままの状態でいましたが、供養してあげられたので一区切りというか、けじめがつけられました」と振り返りました。

そして母親への思いについては、「優しい母でした。もう少し親孝行じゃないけど、いろいろなことをやってあげればよかった」と語りました。朋晃さんの自宅は流されて全壊し、「みなし仮設」として入居した熱海市内のアパートでの避難生活を余儀なくされていて、地区にいつ戻れるのか、見通しは立っていません。

朋晃さんは、被災から2年となる今の心境について、「裕福な暮らしをしていたわけではありませんが、何事もなく普通に生活できていたあの頃とあの場所へ、戻れるなら今すぐにでも戻りたいです」と話していました。

市が復興計画見直し 被災者から批判の声相次ぐ

被災から2年たつ今も多くの人たちが生活再建の見通しを立てられない中、熱海市が復興計画を見直したことをめぐって、被災者から批判の声が相次ぐ事態も起きています。

熱海市は、去年とりまとめた「復興まちづくり計画」の中で示していた宅地整備の方針を、ことし5月になって見直すと発表しました。

これまでの計画では、「被害を受けた土地を市がまとめて買い取って宅地を整備し、住宅の再建を希望する人に分譲する」と説明していました。この方針に対し、一部の被災者から、「もともと住んでいた場所に戻れなくなるのではないか」などと懸念の声があがったということで、市は、「宅地の復旧工事は被災者が行い、その費用の9割を補助する」という方針に変更しました。

ところが、6月開かれた熱海市議会で、市が見直しにあたってヒアリングを行ったのは、去年実施した個別面談に応じた、地区を離れて暮らす124世帯のうち、「同じ場所での住宅再建を希望している」と回答した10世帯にとどまっていたことがわかりました。

こうした対応について住民説明会では、出席者から「変更によって不利になる人もいるのに、なぜ意見を聞かないのか」とか、「住民と行政の信頼関係が成り立っていない」などと批判の声が相次ぎました。

市は、市議会に提出していた関連する予算案を取り下げていて、「議会と相談しながら修正を含めて着地点を探っていきたい」としています。

熱海市の対応について、社会心理学が専門で兵庫県立大学の木村玲欧教授は「一部の人だけの意見で方針を決めてしまうと、それ以外の人たちの不信感につながるので、合意形成としては非常によくなかった」と指摘しました。

その上で、今後求められる対応については、「被災者との信頼関係がうまく構築されていないという現状をしっかり受け止めて、抜けや漏れのない形で一人ひとりの被災者の声を聞き、できるだけ希望に近い形で合意形成を進めていく必要がある」と話しています。

崩落の責任めぐる裁判続く

今回の土石流では、犠牲者の遺族や被災者が、盛り土の崩落を防げなかった責任の所在を明らかにしようと、司法の場での争いを続けています。

遺族や被災者らはおととし9月、「崩落の起点にあった盛り土が不適切に造成され、安全対策工事が行われないまま放置されたことで引き起こされた人災だ」などと主張して、造成された当時の土地の所有者や今の所有者などに対して、58億円あまりの賠償を求める訴えを起こしました。

さらに去年9月には、「熱海市は崩落する危険性を認識していたのに適切な指導を行わず、静岡県も市に是正を求めなかった」などと主張して、市と県に対して64億円あまりの賠償を求める訴えを起こし、現在、2つの裁判はあわせて審理されています。

これに対し、土地の元所有者は「現場に土砂を運び込んでいない」などと反論しているほか、今の所有者は「盛り土が崩れる危険性があるという認識は一切なかった」として、いずれも争う姿勢を示しています。

また、熱海市は、「業者が市の再三にわたる行政指導に応じなかった。県の条例の罰則が抑止力として不十分だったのが原因だ」と主張し、法的な責任を否定しています。

さらに、静岡県は、「業者への指導は市の事務で、県が市に是正を求める法的な義務はなかった」と主張して、訴えを退けるよう求めています。一方、一連の行政対応をめぐっては、適切だったかどうかを検証する作業が進められてきました。

県が設置した第三者委員会は、去年5月、県と市の連携不足などを指摘し、「組織的な対応の失敗」があったと総括する報告書をまとめました。この報告書について熱海市は「納得しかねる内容だ」として独自に検証作業を行い、去年11月、当時の対応について「法的な責任はない」とする見解を公表しています。

第三者委員会の報告書については、県議会が設置した特別委員会からも検証が不十分だという指摘が上がり、県は6月、再検証を行うことを表明しています。