「徹底的に追い込むからな!」精神的DV 法改正でどうなる?

「徹底的に追い込むからな!」精神的DV 法改正でどうなる?
「『それはDVだよ』って言われても、最初はわかりませんでした。手はあげない人でしたから。ただ、心に受けた傷は一生です」

かつて元夫から暴言や脅迫を受け続け、最近、離婚した女性の言葉です。

こうした言葉や態度による「精神的暴力」は、今やDV=ドメスティック・バイオレンスの相談の6割以上を占めています。ただこれまでの法律では、原則「身体的暴力」がないと有効な対策を打てませんでした。その改正法が5月、成立。精神的なDVに苦しむ人たちにとって、新たな救いの道が開けたのです。
(名古屋放送局 ディレクター 村上裕子)

※DVに悩む人へ 相談先は記事の最後に案内しています。

“死んでしまいたいくらいしんどかった” 精神的暴力の苦痛

精神的暴力の恐怖や苦しみを多くの人にわかってほしいと、東海地方に住む40代の女性が取材に答えてくれました。
女性は30代前半で元夫と結婚しました。

まもなく子どもが生まれましたが、元夫は時間ができるとパチンコに通い、家事や子育ては、ほとんどしなかったといいます。

数年後、次の子どもをみごもったことをきっかけに、女性への暴言が始まりました。
精神的暴力を受けていた女性(40代)
「子どもができたことを勇気を出して言ってみたら『子どもはお金がかかるからいらない、何週目までだったらおろせるからおろしてこいよ』と。お金がないなら私が働くと言うと『こんなおばさん誰が雇ってくれるんだ』と突っぱねられました。すごく軽んじられて、子どもをおろせとまで言われた、その傷は深いです。何を言われたのか、一言一句、一生覚えています」
その後、女性は流産してしまいました。

元夫からは「大丈夫か」と、いたわる言葉もなかったといいます。

数年後、元夫は転職を繰り返し、生活は不安定になります。

女性はもう一緒に暮らしていくことはできないと離婚を切り出しました。

すると元夫は「お前、男でもできたのか?」「離婚は子どものために我慢しろ」と応じるつもりがありません。

女性が新たに住む場所を見つけ、元夫が入れないようにすると、今度はメールや電話などで罵倒してきました。
「鬼畜野郎!」
「この外道が!」
「徹底的に追い込むからな」

送られてくるメッセージは多いときには1日20通以上に及び、女性は毎日、おびえて暮らしていたといいます。

警察にも相談しましたが「夫婦間の問題であり、なるべく距離を置くようアドバイスするくらいしかできない」と言われました。
精神的暴力を受けていた女性
「一時期死んでしまいたいぐらいしんどいときもありました。手はあげられていないけれど、蹴られる、殴られる、首絞められる、殺されそうになる夢を何度も見ました。別居できたときも駐車場で待ち伏せしているのがわかって、外に出るのが怖かったです。何かされるかもしれない。子どもも学校に行かないわけにいかないし、外に出す不安がものすごくありました。子どももいる中で、時間もお金もない。行政や司法にやっていただけることがあるなら、早く動いて身を守ってほしかったです」

広がる精神的暴力に“法律はニーズとずれている”

こうした精神的暴力を訴える切実な声が、いま次々と寄せられています。

内閣府は3年前、コロナ禍でDVの増加や深刻化が懸念されるとして、24時間対応の新たな窓口「DV相談プラス」を立ち上げました。

寄せられた相談は年間およそ4万件。「精神的暴力」を訴える声は、そのうち実に6割以上に上っていたのです。
DVが関わる離婚事件を600件以上手がけ、今回の法改正にも関わった可児康則弁護士は「これまでのDV防止法は、広がる『精神的暴力』に十分対応できていなかった」と指摘しています。
可児康則 弁護士
「DV防止法に基づいて、接近禁止命令を含む『保護命令』を出すことができます。そうすれば加害者がつきまとったり、家や勤務先のまわりに近づいたりすることを法律で禁止できるのですが、あくまで『身体的暴力』による危害を受けるおそれが大きい場合に限られてきました」
内閣府男女共同参画局によりますと、実際、DV防止法に基づいて保護命令を出してほしいと被害者から申し立てられた件数は、2001年に法律ができた当初は増えていましたが、この10年ほどは徐々に減少してきました。
可児康則 弁護士
「最近は精神的暴力の訴えが増えているのに、身体的暴力でないと保護命令が使えないという状況であり、実際の被害者のニーズとずれてしまっている面がありました。今のDV防止法というのが被害者を守る武器になっていないという状況だったので、なんとか改善しなければと、国の専門家会議の場で議論をしてきました」

法改正で“精神的暴力”も…

こうした議論を受けて、5月に改正DV防止法が成立しました。

精神的暴力の加害者に対しても「接近禁止命令」を出せるようになったのです。

さらに、保護命令の期間を延長し、違反した場合の罰則も強化。来年4月から施行されます。
可児弁護士は、今回の改正を「一歩前進」と評価しながら、課題もあると指摘しています。

まず、どのような言動が精神的暴力にあたるのか、どんな証拠が必要かなど、現時点でははっきりしていません。精神的暴力の内容を限定するのではなく、少なくとも大声での叱責や眠らせないで説教をするなどの典型的な事例については、すべて含めるよう基準を示すべきだといいます。

また、加害者と一緒に自宅に住んでいる場合、加害者に自宅から出て行くことを求める「退去命令」を出せるのは、これまでと同じく原則として「身体的暴力」のケースのみとされました。精神的暴力の場合、身を守るためには被害者の側が出て行くしかないのは問題だといいます。
可児康則 弁護士
「もともとの内閣府の議論では『退去命令』にも精神的暴力を含めるという案でしたが、今回の改正法では対象から外れました。DVというのはあくまでも『支配』であって、暴力は手段にすぎないのです。そこを区別するのではなくて、精神的暴力も身体的暴力も同等なものだと、同じだけ被害者にダメージを与えるものなんだというのは、ぜひ社会の皆さんにも、そういった意識を持ってほしいと思います」
内閣府は「『退去命令』は『接近禁止命令』より、さらに大きく住居や財産権を制限することになるので、まずは今回の改正によって『接近禁止命令』などが、どのように運用されるかを踏まえてから、今後、検討することが必要だ」としています。

悩んでいる人へ“がまんしないで相談を”

かつて元夫からの暴言やメールに悩んでいた女性は、その後、裁判を通じて「精神的苦痛を受けた」として、慰謝料が認められました。

離婚が成立し、今は子どもと新たな生活に踏み出しています。

同じような悩みを抱える人たちに、今後、改正されたDV防止法が使えるようになったら、ためらわずに「専門家に相談してほしい」と強く訴えています。
精神的暴力を受けていた女性
「たとえ殴られてはいなくても、あなたの受けている言葉はDVかもしれません。我慢する必要はないと私は思っています。思い切って一歩踏み出せば、加害者と離れられるかもしれないし、新しい人生が待っています。私も離婚が成立したとき、日常は変わらないけれど、心がやっと自由になれた。心の底からうれしい、楽しいと思えるようになりました。ぜひ専門家に相談して、勇気を持って一歩を踏み出してほしいです」
もし今、あなたや周りの人が精神的暴力をうけていて「加害者から離れたい」「保護命令を出してほしい」という場合、精神的暴力を証明するための証拠が必要になります。

可児弁護士によりますと、可能な範囲で次のものを集めておくことが重要だということです。
▽心療内科などからの診断書
▽SNSやメールの記録
▽暴言を受けたときの録音・録画
体を傷つける暴力も、心を傷つける精神的暴力も、どちらも人を支配しようとするDVの手段です。

“被害者を1人でも減らすため”

法律の改正をきっかけに社会全体で寄り添っていけるよう、私たちも情報を伝えていきたいと思います。

DVに悩んでいる方は こちらの窓口にご相談ください

DV相談プラス:電話番号 0120-279-889
DV相談ナビ(最寄りの自治体の窓口につながります):電話番号#8008
名古屋放送局 ディレクター
村上 裕子
平成15年入局
主に子育てや家族の問題、子どもへの性暴力などについて取材