“逆風”の中国市場 日本の自動車メーカーに危機感

“逆風”の中国市場 日本の自動車メーカーに危機感
いま、日本の自動車メーカーのトップたちが急速な変化に危機感を抱いている市場があります。

世界最大の自動車市場・中国です。

EV=電気自動車の急速な普及を追い風に、中国メーカーが販売を伸ばし、これまで存在感を示してきた日本メーカーが苦戦を強いられています。

現地で一体何が起きているのか、日本メーカーの巻き返し策はあるのか、取材しました。

(経済部記者 當眞大気、山根力、榎嶋愛理/中国総局記者 伊賀亮人)

日本メーカーに広がる危機感

長年にわたって、ドイツ、日本といった海外メーカーがブランド力を保ってきた中国市場がいま、変貌しつつあります。

中国メーカーの車の人気が急速に高まっているのです。
こうした事態に日本の自動車各社のトップも危機感をあらわにしています。各社の昨年度の決算自体は原材料高が減益要因となったものの、円安効果もあって、全体として堅調な数字でした。

しかし、中国市場に言及する各社のトップのことばからは厳しい現状が伝わってきました。
日産自動車 内田誠社長
「いま起きている変化のスピードは想定をはるかに上回っていることを肌で感じた。中国市場の生産・販売の減少をほかの市場でカバーしきれない」
ホンダ 三部敏宏社長
「われわれが想定する以上に中国メーカーが先を行っている。特にソフトウエアの領域はさらに進化している」
日本メーカーの苦戦ぶりは、販売データにも表れています。
ことし1月から4月までの各社の販売台数は去年の同じ時期と比べて、日産自動車がー29.9%、ホンダがー29.8%と大きく落ち込み、トヨタ自動車もー2.4%と小幅ながら減少しました。

マツダなどほかのメーカーも苦戦しています。

中国全体の販売台数は+7.1%と伸びているだけに、日本メーカー各社の落ち込みは深刻です。

生産停止するメーカーも

さらに、現地生産の停止に追い込まれたメーカーも出ています。

三菱自動車工業は中国メーカーと合弁で主力のSUVのガソリン車を生産していますが、新型車の販売不振の影響でことし3月から生産を停止。
会社は現地の提携先と今後の対応を協議しています。
三菱自動車工業 加藤隆雄社長
「中国は大変厳しい環境が続いていて、今年度も厳しい状況が続くだろうと認識している。現段階で“撤退”は決定はしていないが、何らかの改革が必要であることは明白だ」

“爆発的に増えた”EV

日本メーカーの不振の大きな理由の1つが中国で加速する「EVシフト」です。

中国ではEVやプラグインハイブリッド車、燃料電池車を環境に配慮した「新エネルギー車」として普及を促しています。

その販売台数は2022年は年間688万台に上り、前の年の352万台から倍近くに急増しました。
業界団体が「爆発的な増加だ」というほどで、エンジン車を含めた新車販売全体の4分の1を占めるまでになりました(中国全体は2686万台)。

EVだけでも536万台にのぼり、これは2022年の日本の新車販売の420万台余りを大きく上回っています。

一方、EVシフトが進んだことで、エンジン車の販売台数は前年比で約270万台も減りました。

こうした状況がエンジン車を得意とする日本メーカーの販売減少につながっています。

日本メーカーの販売店で話を聞くと、「エンジン車の中ではまだ優位性があり、それなりに売れている」という自信の声も聞かれたものの、「EVでは車種が少ない」「中国メーカーとの競争が激しくなっている」と不安ものぞかせていました。

値引き競争も勃発?

EVシフトの加速で、エンジン車にかげりが見える中で、各社の競争は一段と激しくなり、値引きに踏み切る動きも相次いでいます。

2022年の年末にEVなどの新エネルギー車に対する補助金制度が終了し、EVメーカーが値下げに動くと、つられるようにエンジン車でも値下げの動きが広がったのです。

中国メディアの報道では、ことし3月中旬の時点で50社近くが値下げし、業界団体が値下げ競争をあおらないようメーカー各社やメディアなどに呼びかける異例の事態となっています。

モーターショーも「EV一色」

中国市場のEVシフトはさらに加速が見込まれ、新エネルギー車のことし1年間の販売台数は900万台にのぼり、販売全体の3分の1を占めるという予測もあります。

ことし4月に上海で開かれた世界最大規模のモーターショーでも初公開の新型車の多くがEVなどの新エネルギー車で、現地では「EV一色」と報じられるほどでした。
出展されたEVも日本円で100万円を下回る小型車から約2000万円の高級車まで多彩なラインナップで、性能面でも1回の充電で500キロや600キロ走れることが当たり前となっています。

さらに中国メーカーの進化を見せつけたのが車内の装備です。
タブレット端末のような先進的なディスプレーが搭載され、タッチパネルや音声認識でエアコンや窓などを操作できたり、後部にある別のディスプレーで映画を楽しめたりと、各社が“EV+アルファ”の機能をアピールしていました。

こうした中、モーターショーを訪れた専門家や業界の関係者からは「日本メーカーの存在感は薄かった」という声も聞かれました。

EVで「世界の工場」に?

EVシフトを追い風にした中国メーカーの台頭は中国市場だけの話ではありません。

外資メーカーの数字も含むものの、中国からの新車の輸出台数は2022年に初めて300万台を突破しました。

欧米の制裁を受けるロシア向けの輸出が増えていることもありますが、ヨーロッパや東南アジアなどでEV販売で攻勢をかけているのです。
中国のことし1月から3月の新車の輸出台数は107万台で、日本の95万台を上回り、このことは中国メディアでも報じられました。

これまで日米欧の後じんを拝してきた中国の自動車産業ですが、EVシフトが進む中で存在感を増しています。

とりわけ、東南アジアは日本メーカーが高いシェアを占めてきた“日本の牙城”とも言える市場だけに日本勢の警戒感も高まっています。

巻き返しのカギは“ソフトウエア”と“スピード”

日本メーカーはこうした厳しい局面を打開できるのか。

各社とも勝負のカギとみているのが“ソフトウエア”と“スピード”です。

トヨタは2026年までに世界で年間150万台のEVを販売するという目標を掲げていますが、達成には中国で販売を伸ばすことが不可欠です。
変化のスピードが早い中国市場のニーズを的確に捉えるため、製品開発の現地化を加速し、競争力を強化する方針です。
トヨタ自動車 中嶋裕樹副社長
「EVなどの電動化の競争が当たり前になったうえで、差別化の要素として知能化の部分の競争が非常に活発に行われてる。情報やエンタメ、デジタルコックピットといわれる運転席回りの開発は日本から対応していくと時間がかかるので現地化を加速させる」
また、日産は2026年度の中国でのEVの販売比率を従来の15%から23%に引き上げることを決めました。
目標の達成に向け、EVの新型車を機動的に投入する考えです。
日産自動車 アシュワニ・グプタCOO
「中国市場では、優遇措置などに関係なく、お客様自身が電動車を求めている。さらにソフトウエアが最も重要視されるようになっている。市場投入のスピードアップを図り、デザインや生産、販売の仕方などの見直しを進めていかなければいけない」
さらにホンダも、中国市場での電動化計画の前倒しを決定。
2040年までに販売する新車すべてをEVか燃料電池車(FCV)にするとしていましたが、目標を2035年へと5年前倒しし、販売する車はEVのみとする方針です。

来年には新型EVを3車種投入し、ほかの市場に先駆けて最新の安全技術も導入します。

また、今月からは、ビッグデータを活用した中国市場専用のコネクテッドサービスも新たに導入するなど、現地ニーズに素早く対応する戦略です。
ホンダ 三部敏宏社長
「中国メーカーとは違う攻め口みたいなものを考えながら新しい価値を出していく。中国で勝てればグローバルでも十分勝てると考えているので、できることは全てやる」

専門家“大胆な改革を”

こうした巻き返し策は功を奏するのか。

中国の自動車市場に詳しい専門家はスピード感を伴った変革が必要だと指摘します。
みずほ銀行 湯進 主任研究員
「日本メーカーが優位性を持つ分野はガソリン車だが、そのマーケットは縮小している。何らかの対策を打たなければ、間違いなく販売台数はじりじりと減っていくと思う。日本メーカーが生き残るためにはものづくりだけではなく、設計、生産、調達、販売、アフターサービスを含めたサプライチェーン全体を大きく変えないと厳しいだろう。

高級車の市場もテスラやBMWのEVがシェアを増やしている。日本メーカーにチャンスが残っているとしたら大衆向けのEV。なぜなら大衆向けのEVはまだ寡占になっていない。中国の消費者ニーズをしっかりと研究して、最新のソフトウエアも搭載した、“コスパ”のいいEVを投入していくべき」

世界最大の自動車市場でどう戦うか

日本の自動車メーカー各社からは「中国市場でEVの普及が進むことは予想していたが、ここまで急速な変化になるとは思わなかった」という声が多く聞かれます。
エンジン車に強みを持つ日本メーカーは安全性や燃費性能の高さもあって、中国でブランド力を維持してきましたが、現地での急速なEVシフトがいま逆風となっています。

“変化に対応するスピード”で日本企業は課題を指摘されることも少なくありませんが、市場の変化への対応は待ったなしだと感じます。

一方、「中国市場で巻き返せれば、世界でも戦うことができる」と話す日本メーカーの首脳もいます。

日本メーカー各社が“急速なEVシフト”というピンチをチャンスに変え、現地メーカーに負けない魅力的なEVを出すことができるのか。

世界最大の中国市場での戦いぶりは、日本メーカーが世界の自動車産業をリードできるかの試金石にもなりそうです。
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
自動車・鉄鋼業界を担当
経済部記者
山根 力
2007年入局
自動車業界を担当
経済部記者
榎嶋 愛理
2017年入局
自動車業界を担当
中国総局記者
伊賀 亮人
2006年入局
仙台局 沖縄局 経済部などを経て現所属