G7広島サミット閉幕 被爆者や関係者などの受け止めは

G7広島サミットが閉幕したことを受けて被爆者、そして関係者たちの受け止めです。

日本被団協「これまでと変わらず残念」

G7広島サミットが閉幕したことを受けて、日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会は21日午後、オンラインで会見を開き、田中煕巳代表委員は「被爆者たちは核兵器と人類は共存できず、可能なかぎり速やかに核廃絶を目指してほしいとこれまで訴えており、今回の会議で少しでも前進させてほしかったが、結果として核抑止に依存しNPT体制を重視するというこれまでと変わらないもので、残念でならない。参加した核保有国たちが核廃絶に向けてどのような努力をしていくかという姿勢くらいは示してほしかった」と話していました。
木戸季市事務局長は「核廃絶を正面に据えた議論を求めてきたのに、核抑止力に依存した会議になってしまったことに怒りを覚える」と述べました。

また、ウクライナのゼレンスキー大統領が広島を訪れたことについて、田中代表委員は「ウクライナはロシアによる侵攻を受けている国ではあるが、一方の当事国だけを参加させることは、今の情勢を踏まえるとマイナスの影響のほうが大きいのではないか」と話していました。

広島県被団協 箕牧理事長「広島サミットよかったと思えるよう」

広島県被団協の箕牧智之理事長(81)は、広島サミットを振り返り、受け止めについて、「被爆者の面会が実現した点はよかったものの、どのような話をしたかやどんな展示を見たのかなどは何も明かされず、隠されていることが残念です。今回のG7サミットにとても期待していた分、今は風船がしぼんだような気持ちでいます」と話しました。

また、核軍縮に焦点をあてた単独の首脳声明「広島ビジョン」については、「核抑止を正当化するような内容に感じました。ロシア以外のどこの国も、核兵器を使ったり持ったりしていいということはありません。また、核兵器禁止条約について触れられていないことについても落胆しています」と話しました。

一方で、「10年後に振り返った時に、広島サミットはよかったと皆が思えるよう、首脳たちにはこのサミットをきっかけに核兵器廃絶に向けて具体的な行動を取ってもらいたいと思います」と話していました。

サーロー節子さん「核兵器禁止条約にひと言も触れていない」

カナダ在住の広島の被爆者、サーロー節子さんは広島市内で記者会見し、G7広島サミットで核軍縮に焦点をあてた単独の声明「広島ビジョン」について核兵器禁止条約への言及がなかったことに失望したと述べました。

13歳のとき、広島の爆心地から1.8キロで被爆したサーロー節子さん(91)は半世紀以上にわたって世界各国で核兵器廃絶を訴え続け2017年にICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンがノーベル平和賞を受賞した時には授賞式でスピーチを行いました。

サーローさんは広島ビジョンについて「広島の人たちはG7のリーダーたちに広島で開かれる意味を理解して原爆資料館で見て考えこの街で起きたことを理解してほしいという期待が強かったと思うが声明にはリーダーたちの感じた体温、脈拍が感じられず、リーダーの思いが反映されていないと感じた」と述べました。

そのうえで「国際社会には核兵器禁止条約があるが、声明ではひと言も触れておらず驚いた。広島に来て被爆者と会って、資料館に行って考える機会もあったのにこれまで議論されてきたようなことだけしか書けないのかと思うと失望した」と述べました。

さらに、サーローさんは「市民と政府が一緒になって、核軍縮を前進させようという機運が生まれたようには思えない。サミットをお祭り騒ぎで終わらせず核廃絶に向けた機運を続けるようにしてほしい」と訴えました。

森下弘さん「平和や核軍縮に向けた動きに注目したい」

14歳のときに被爆した広島市佐伯区の森下弘さん(92)は、21日午後、自宅のテレビでG7広島サミットの閉幕にあたって行われた岸田総理大臣の記者会見を視聴しました。

森下さんは3日間のサミットについて、「広島でサミットが行われたことは歓迎したいが、G7の首脳らが原爆資料館を訪れて具体的に何を見て、どう感じたのかが伝わってこないのが残念だ」と振り返りました。

そして、核軍縮に焦点をあてた単独の首脳声明「広島ビジョン」については、「ロシアが核で脅しをかけていることを踏まえて核軍縮を目指すことを広島の地で発表したこと自体は望ましいことだが、そのビジョンを核兵器の廃絶に向けた具体的な動きにつなげてほしい。現在の核保有国については保有を認める状態にとどまっているので、もう一歩前に進めてもらいたかった」と話していました。

そのうえで、「ウクライナ情勢から目が離せない中、広島で話し合われた平和や核軍縮に向けた動きについて、各国でどこまで具体的な政策が実行されるのか注目したい」と今後に期待していました。

切明千枝子さん「核廃絶の気配なく残念」

15歳のときに被爆した広島市安佐南区の切明千枝子さん(93)は、3日間のサミットを振り返り「核保有国を含めたG7の首脳が原爆資料館を訪れて核兵器の悲惨さを目の当たりにすることで、核廃絶の糸口になることを願っていたが、その気配がないので残念だ。広島訪問で何か心に響いてこれから核廃絶に向けて一歩でも二歩でも踏み込んでほしい」と話していました。

切明さんは、広島を訪れる修学旅行生などに被爆体験を証言していて、「『まだ言っているのか』とか『聞き飽きた』と言われても諦めずに繰り返し証言しないといけない。G7広島サミットで被爆地、広島に世界の注目が集まったと思う。核を廃絶してほしいというメッセージをこれからも世界中に伝え続けたい」と決意を示していました。

小倉桂子さん ゼレンスキー大統領にみずからの体験伝える

原爆資料館を訪れたウクライナのゼレンスキー大統領に対して、広島市在住で被爆者の小倉桂子さんが自身の体験を伝えたことが分かりました。

小倉さんは19日にもG7各国の首脳らと面会していました。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、21日午後5時20分すぎに広島市中区の平和公園を訪れ、広島県の湯崎知事や広島市の松井市長とことばを交わしたあと、原爆資料館の中に入りました。

そして、ゼレンスキー大統領は、およそ40分後に岸田総理大臣らとともに資料館から出てきました。

資料館の中での様子は非公開となりましたが、広島市在住の被爆者、小倉桂子さんがゼレンスキー大統領と面会したことを記者団に明らかにしました。

この中では、自身の被爆体験や平和公園にある「原爆の子の像」のモデルで、被爆後に白血病を発症して亡くなった佐々木禎子さんについても伝えたということです。

また、インドなどG7以外の招待国の首脳らが原爆資料館を訪れた際も小倉さんが話をしたということです。

小倉さんは85歳。

8歳の時、爆心地から2.4キロ離れた自宅近くで被爆しました。

原爆資料館の館長を務めた夫・馨さんの遺志を継ごうと、通訳者のグループを立ち上げ、平和公園を訪れる外国人向けのガイドなどの活動を行うとともに、みずからの被爆体験を英語で世界に向けて発信してきました。

小倉さんは、サミット初日の19日にも原爆資料館の中でG7各国の首脳らと面会していました。

ICAN 川崎哲さん「核兵器廃絶に向けて行動伴う成果なく失望」

ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンの国際運営委員を務める川崎哲さんは「核兵器の廃絶に向けて行動が伴う成果がなく、とても失望している」などと見解を述べました。

ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンの国際運営委員を務める川崎さんは21日夜、G7広島サミットの取材拠点の「国際メディアセンター」で報道各社の取材に応じ、閉幕したサミットについて見解を述べました。

川崎さんはまず、閉幕後にウクライナのゼレンスキー大統領が広島市の原爆資料館を訪れ、記者会見で戦争のない世界を求めたことに触れて「市民が傷つけられた広島の様子を国の惨状にひきつけていた。これが最後の戦争になるようにと話し、戦後の復旧への言及もあった。戦争のない世界を、この状況でも構想するという大きな視点だった」と評価しました。

一方で、核軍縮に焦点を当てた首脳声明の「広島ビジョン」などについては「“相手の核兵器は悪いが自分たちの核兵器はいい”と各国が言っているかぎり、起きることは核軍拡競争で、最終的にはわれわれ全員の破滅だ」と指摘しました。

そのうえで、今回のサミット全体の評価として「世界の多くの指導者が原爆資料館を訪れたことはよかったが、実際の核兵器廃絶の行動が伴わないといけない。その意味では成果がなく、とても失望している」と話していました。