有名経営トップもギリギリ再任 株主総会に異変【経済コラム】

企業の経営陣のジェンダーバランスに対して株主から厳しい目が向けられています。取締役全員が男性だというある大手企業。ことし3月に行われた株主総会では、経営トップが過半数ぎりぎりの賛成で、かろうじて取締役に再任されるという異例の事態となり、企業の間に衝撃が走りました。いったい何が起きているのか。背景を探ります。(経済部記者 加藤ニール)

大物経営者が僅差で再任 衝撃走る

3月30日に行われた大手精密機械メーカー、キヤノンの株主総会。
27年以上にわたって経営トップを務める御手洗冨士夫・会長兼社長CEO(87)の取締役再任を求める会社提案に賛成した株主の割合は50.59%にとどまりました。

再任に必要な過半数ぎりぎりで、まさに薄氷を踏むような結果でした。

御手洗氏は経団連の会長も務めた大物経営者です。それだけに株主総会のシーズンを控えた企業の間には衝撃が走りました。

女性取締役ゼロに厳しい目

なぜこのような事態になったのか。

理由の1つはジェンダーバランスに対する株主の厳しい目です。

会社が提案した5人の取締役候補は全員男性で女性はゼロ。多様性が欠けていると判断した株主が少なからずいたとみられます。

株主の判断に影響を与えたとみられるのは、アメリカの議決権行使助言会社、ISSです。この会社は、株主総会の議案への賛否を投資家にアドバイスしていますが、今年2月に助言の方針を改定し、取締役会に女性が1人もいない企業に対しては、経営トップの取締役選任に反対を推奨するとしています。
御手洗冨士夫氏
キヤノンの御手洗氏の再任提案にも「反対」を推奨しました。

ISSと並んで影響力をもつアメリカの助言会社グラス・ルイスも「プライム市場の上場企業には10%以上の女性役員を求める」という方針を掲げています。そして、この基準を満たさない場合、取締役会議長または指名委員会の委員長に反対を推奨するとしています。

ただ今回は「会社のジェンダーの多様性に向けた取り組みを考慮して反対の推奨は控える。この問題を引き続き注視する」としました。

御手洗氏が僅差でかろうじて再任されたことについてキヤノンは次のようにコメントしています。

キヤノンのコメント
「『女性取締役の不在』を理由に反対票を投じられた機関投資家の方が増えた結果であると理解しています。一方で執行役員には2名の女性がおり、また外国人執行役員もおります。したがって日常の経営に際しては十分多様性の確保はできていると考えておりますが、今後とも株主の皆様との丁寧な対話を重ねながら、より一層の多様性を確保できるよう取り組んでまいります」

機関投資家はジェンダーバランスを重視

国内の機関投資家の間ではここ数年、ジェンダーバランスを重視する動きが広がっています。

このうち野村アセットマネジメントは去年11月に議決権行使の基準を変更。女性の取締役がいない場合、会長・社長などの取締役再任に反対するとしています。

また、ニッセイアセットマネジメントは、今年6月から、TOPIX100の対象企業について、女性取締役がいない場合は、代表取締役の選任に反対するとしています。

なぜ機関投資家は企業の多様性に目を向けているのか。その背景を探るため、三井住友DSアセットマネジメントを訪ねました。

この会社は今年1月から企業に求める多様性の基準を厳格化。プライム市場の上場企業の場合、女性取締役が1人もいなければ原則、代表取締役の選任に反対すると改定しました。重視するのは中長期的な企業価値の向上です。
三井住友DSアセットマネジメント 坂口淳一 責任投資オフィサー
「性別や国籍などが異なるメンバーが、それぞれ違った視点から活発に議論することで、リスクを回避して、環境の変化やガバナンス上の問題にも対処できる。ビジネス環境の変化が激しい今の時代、多様性のある企業のほうがイノベーションを生み出す可能性が高い」

日本の現状は

それでは、日本企業の現状はどうなのか?
欧米では一定の割合で女性役員の登用を義務づける「クオータ制」を取り入れる国や州もあり、OECD=経済協力開発機構が去年実施した調査によると、女性役員が40%を超える国もあります。

しかし、日本の主要企業では女性役員の比率が15.5%にとどまっています。


上場企業のコーポレートガバナンス(企業統治)改革に取り組む金融庁は、ことし4月にアクションプランを公表。2030年までに上場企業の女性役員の比率を30%以上に高める目標を掲げています。

女性の経営人材育成を

ただ、目標の達成は簡単ではありません。
三菱UFJ信託銀行が去年の6月に株主総会を開いた187社を対象に調査したところ、女性取締役の割合が30%以上だという企業は9社にとどまりした。

また女性役員の内訳をみると社外取締役が9割。社内からの登用は1割未満にとどまりました。多くの企業が弁護士や大学教授など社外から女性取締役を迎えている形です。

女性の役員をめぐっては、企業の間で人材の争奪戦が繰り広げられています。この結果、複数の企業を掛け持ちする女性取締役が多いのが現状です。

三菱UFJ信託銀行法人コンサルティング部の赤坂美樹グループマネージャーは、各企業が女性の経営人材の育成に本気で取り組む必要があると指摘します。
三菱UFJ信託銀行法人コンサルティング部 赤坂美樹グループマネージャー
「役員の多様性を求める動きはさらに強まるとみているが、女性取締役の数を増やして体裁だけ整えるだけでは不十分だ。取締役一人一人の資質や経験、専門性について説明を求める声も同時に強まっている。企業がその価値を高めるには、女性をはじめ多様な人材をみずから育てていく必要がある」
中長期的に女性リーダーをどう育て、そしてどのように経営幹部として登用していくのか。企業に対しては、多様な人材を生み出す力や戦略も問われるようになっています。

これから株主総会のシーズンを迎えますが、女性取締役の登用をめぐり投資家のスタンス、そして企業の姿勢がどう変わるのか注目です。

注目予定

25日にはセブン&アイ・ホールディングスの株主総会が開催されます。グループの再編をめぐって投資ファンドが一部の取締役の退任を求めていて採決の行方が注目されます。

同じく25日にはアメリカの中央銀行にあたるFRBが5月初めに開催したFOMC=金融政策を決める会合の議事録を公表します。アメリカで相次いだ銀行破綻が政策にどのような影響を及ぼしたのか、そして今後の利上げについてどのようなやりとりがあったのか関心が集まっています。