2匹のヘビが睨む市場 危ういゲームの行方【NY発経済コラム】

ニューヨークの金融市場が今、2匹のヘビに睨まれて震え上がっています。まるでカエルのように。1匹目のヘビは銀行破綻を材料に「空売り」と呼ばれる手法で株価の値下がりを期待するヘッジファンド。もう1匹のヘビはアメリカの債務上限問題で国債を人質にとりながら党派対立を繰り広げるワシントンの政治家たちです。どちらも危うい“ゲーム”を展開し、一歩間違えれば市場に大混乱を引き起こすおそれがあります。このゲームの行方は?(アメリカ総局記者 江崎大輔)

次なる標的となった3つの銀行

1匹目のヘビであるヘッジファンドなどの投機筋は3月のシリコンバレーバンクの経営破綻をきっかけに起きた金融不安のさなか、次を狙っているといわれています。

今、標的にされかけているのは3つの銀行で、いずれも5月初旬に株価が一時、急落しました。
▽5月2日:27%下落 4日:50%下落
▽5月2日:15%下落 4日:38%下落
▽5月2日:7%下落 4日:33%下落

保護されない預金の多い銀行が狙われた

これらの銀行が狙われた要因の1つと見られているのが、預金に占める保護されない預金の割合です。

アメリカの預金保護制度では銀行が破綻した際に保護されるのは1口座当たり25万ドルまでとなっています。
5月1日に経営破綻した「ファースト・リパブリック・バンク」は2022年末時点で25万ドル以上の保護されない預金の割合が推定でおよそ67%と大きかったことが狙い撃ちされて預金が流出し、破綻につながりました。

3つの銀行も、保護されない預金の割合が
▽パシフィック・ウエスタン・バンクとウエスタン・アライアンス・バンクは2022年末時点で50%を超え、
▽ファースト・ホライゾン・バンクも2023年3月末時点で45%となっていました。

マネーゲームが金融不安を助長する

それにしてもなぜここまで株価が下がるのでしょうか。

ウォール街でささやかれているのが投機筋による「空売り」と呼ばれる手法です。「空売り」とは、実際には株式を持たない投資家が証券会社などから株式を借りて売り注文を出す取り引きです。
ニューヨーク証券取引所
株価が値下がりする局面で利益を上げることができ、市場の混乱を助長するとも指摘され、2008年のリーマンショックの時にも問題視されました。

アメリカの有力紙、ウォール・ストリート・ジャーナルは9日、ウォール街で再び空売りが流行となっているとする記事を掲載しました。

ヘッジファンドなどから見れば、価格の下落が見込める銀行は空売りの格好の標的で、借りられるだけ株を借りて空売りをしかけて利益を上げる絶好のチャンスだったわけです。

しかし、これは危うい“マネーゲーム”です。株価が急落した銀行の顧客がパニックになって預金を引き出せば、銀行の経営破綻につながり、金融不安がさらに深刻化するからです。

実際にパシフィック・ウエスタン・バンクは株価が急落した今月5日までの1週間で預金のおよそ9.5%が流出したことが11日、明らかになり、ほかの銀行の預金流出にも懸念が広がりました。

ウォール街でアメリカの銀行業界を分析する証券会社のアナリストは、次のように警鐘を鳴らします。
ウェドブッシュ証券 銀行業界アナリスト デビッド・シェビリーニ氏
「銀行業というのは信用のゲームだ。信用の危機が起きたときには、現実のビジネスの土台に影響を及ぼしかねないのだ。市場はいま最も弱い銀行に圧力をかけている。市場にパニックが起こり、株価が下落方向に変動を見せれば、一部の預金者を不安にさせ、さらなる預金流出につながりうるだろう」

政治の“ゲーム” アメリカの債務上限問題

金融市場を震え上がらせているもう1匹のヘビはバイデン大統領含むワシントンの政治家たちです。

アメリカの債務上限問題をなかば“政治ゲーム化”させて与野党で対立を続けています。

アメリカでは政府が借金できる上限が決められていて、引き上げるためには議会の承認が必要です。ところが財政規律をめぐる考え方は民主党と共和党で異なっているため、たびたび政治対立の道具となってしまっています。
野党 共和党のマッカーシー下院議長らと会談するバイデン大統領
2011年には債務上限問題をきっかけにデフォルト=債務不履行への懸念から株価が大きく下落。財政への不信からアメリカ国債が史上初めて格下げとなり、外国為替市場ではドルが売られ急激な円高が進むなど、金融市場が混乱に陥りました。

格付け会社ムーディーズ傘下の経済調査会社は仮にアメリカ国債がデフォルトになればGDP=国内総生産はピークから4%近く落ち込み、600万人近い雇用が失われると予測しています。

「空売り」と債務上限をめぐる「政治闘争」という2つのゲームがいかに危ういものか。どちらも日本で暮らす私たちの生活や資産と決して無縁ではありません。

ヘビは恐ろしい印象がありますが、一方で古来、脱皮することから復活と再生を連想させ、幸運の象徴とも言われています。

2匹のヘビが果たして金融市場にとって幸運をもたらす存在に変わるのかどうか。私自身は懐疑的に見つつも、市場の安定と「復活」を願っています。

注目予定

16日に発表されるアメリカの小売り売上高で、個人消費がどれぐらい強いか、市場の関心を集めそうです。

19日からはG7広島サミットが始まります。コロナ後の世界経済や金融、それに気候変動対策のほか、具体的なルール作りが課題となるAIを含めたデジタル化の推進などでどのような議論が行われるか、注目です。