「5類」移行 尾身会長「コロナが終わったわけではない」

新型コロナウイルスの出現から3年半近く。
5月8日、新型コロナは感染症法上、毎年流行するインフルエンザと同じ扱いになり、対策は個人に委ねられることになりました。

今後、コロナの感染はどうなっていくのか、そして、どう対応していけばいいのか。

専門家として対策の先頭に立ってきた政府分科会の尾身茂会長は「コロナが終わったわけではない」と強調します。

「非常にしたたかなウイルスと戦ってきた」こう語る尾身さんの目に、いまコロナはどう映っているのか、聞きました。

日本では感染者増えると死亡者が増える状況

Q.感染症法上の位置づけは季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行しましたが、新型コロナのリスクは下がったと見てよいのでしょうか?

A.感染の第1波から第8波までの推移を振り返ってみてみると、日本ではこれまで感染拡大を経るごとに、感染による致死率が下がってきています。

多くの人は「これで普通の病気になったのではないか」というような印象を持っているかもしれません。
A.しかし現実には、日本は超高齢化社会という特徴もあって感染のボリュームが増えることで、亡くなる人の数が増えてしまっているのです。

現に、第8波ではこれまでの波で最も多くの人が亡くなりました。

まずはこの事実を知ってもらいたいと思います。

イギリスでは感染の波ごとに死亡者が減

Q.これからも感染拡大は起き、亡くなる人は多くなるのでしょうか?。

A.いま、少しずつ感染の拡大傾向が見られます。

これから感染がどうなっていくのか、みんなが知りたいことだと思います。

さらにその後、ウイルスがゼロになるのか、ぶり返し続けるのか、落ち着くのか、いろいろな可能性があります。

それを考える上で参考になると思うのが、イギリスの状況です。

イギリスは日本と非常に対照的で、パンデミックの前半にものすごい数の感染者が出て、医療ひっ迫もかなり深刻になり、多くの人が亡くなりました。

すでに人口の80%以上の人たちが感染を経験しています。

日本では感染しているのはまだ人口の40%くらいで、イギリスは日本よりも感染が先行している国と言えると思います。

イギリスも日本も感染者の正確な数は把握できなくなっているので、ある程度、正しく把握されている死者数の推移を見てみると、イギリスは感染の波が起こるたびに、徐々に亡くなる人の数が減ってきています。
A.これはイギリスが、もしかすると「エンデミック」の方向に向かっている可能性があると考えています。

「エンデミック」というのは感染が地域の中で一定のレベルに落ち着いてきている状況を指すことばです。

※エンデミック:特定の地域などで感染が続いて起きている状態。新型コロナの場合、世界的に流行している「パンデミック」の状態から、感染が地域の中で一定のレベルに落ち着いてきていることを示す。

※5月7日までの日本の累計感染者数はおよそ3380万人、累計死者数はおよそ7万4700人(厚生労働省データ)。抗体検査の結果では、日本では新型コロナウイルスに感染したことを示す抗体を持つ人の割合は3月時点で40%程度。

これから日本はどうなる

Q.日本もこれからイギリスと同じ方向になっていくと考えられるのでしょうか?。

A.まずはこれからの第9波がどうなるのか、注視する必要があると思います。

ここで亡くなる人が第8波を超えてしまうとなると、すぐ「エンデミック」になるとは考えにくいと思います。

感染やワクチンによって得られた免疫は時間とともに下がっていきます。

日本は感染している人の割合が少ないので、今後、半年から1年くらいの時間をかけて、何回かの感染拡大を経たあと、イギリスのような「エンデミック」の方向になっていく可能性はあると思っています。

今後も、地域の感染レベルが上がり、医療がひっ迫して亡くなる人が増えるという事態は避ける必要があります。

一番被害が出てしまうのは高齢者の人たちなので、ここへの感染をどう減らしていくのかは、みんなで考えていくべき課題だと思います。

これまで学んだ対応は有効

Q.ではどう対応すればよいと思われますか?。

A.これからも、国や専門家は感染や医療の状況について情報発信は続けるでしょうから、医療がひっ迫して亡くなる人が増えているという状況になれば、分かるようになると思います。

そうなれば、そうした情報を元にして、感染リスクの高い行動を控えるというようなことをそれぞれが個人で判断するということはあり得ると思います。

「感染リスクの高い行動や場面が何か」ということについては、私たちはいままで3年半の経験から、多くのことを学んで知っています。

再び社会や経済を止める必要はないけれども、医療がひっ迫するような感染拡大が起きたとき、マスクを含めて対応をすることは、これからも有効な対策だと思います。

「非常にしたたかなウイルスと戦ってきた」

Q.新型コロナウイルスの発生直後から対応にあたってきましたが、これまでの対策をどう総括されますか。

A.「非常にしたたかなウイルスと戦ってきた」という思いがあります。

私は2003年にSARSが発生したとき、WHOで対応にあたりました。

当時は、本当に大変な思いをしたと思っていましたが、いま考えればたった7か月ほどでウイルスを制圧できていました。

制圧できたのはSARSという病気が、症状が出てから人に感染させるという特徴を持っていたからこそです。

反対に、新型コロナウイルスは、SARSと同じコロナウイルスですが、無症状の人たちからもほかの人に感染するという性質があります。

これが、新型コロナ対応の難しさの根本的な原因で、このウイルスの本質的な特徴です。

この特徴が比較的早い段階で分かった時点で、したたかなウイルスだという認識は持っていましたが、まさかここまで長丁場の対応になるとは、正直思っていませんでした。

※SARS(重症急性呼吸器症候群):2002年11月に中国南部の広東省で最初に患者が報告された「SARSコロナウイルス」による感染症。肺炎などを引き起こす。2003年にアジアやカナダなど32の国と地域でを中心に感染が拡大。8000人余りが感染し、およそ800人が死亡した。WHOは2003年7月に終息宣言を出した。
SARSコロナウイルス
Q.新型コロナウイルスの対応で、困難だと感じた点はどのようなところでしょうか。

A.新型コロナウイルスが発生した当初は、社会が一体感をもって対応していましたが、コロナについてさまざまなことが分かってくるにつれて、人々の立場や価値観によって、見方に差が出てきました。

人によっては、死に至る可能性のある大変な病気である一方で、「かぜと同じ」で大したことがない病気だと考える人もいます。

実はどちらの考えも真実で、本当に人によって見え方の異なるウイルスであることが分かってきたのです。

対策を考える中で、多くの人にとっての最適解を1つ見いだすと言うことができなくなりました。

そうした難しさのある病気だと思います。

発信し続けた専門家 その意図は

2020年2月24日の専門家会議
(2020年2月24日、尾身会長ら当時の専門家会議のメンバーは、「これから1、2週間が急速な感染拡大に至るかどうかの瀬戸際だ」などとする独自の見解を公表して対策をとるよう呼びかけました。これ以降、専門家の記者会見が生中継されるなど、独自に公表する見解や提言が大きく注目されるようになりました)

Q.専門家のメンバーは2020年の感染拡大当初から、独自の発信を続けました。専門家が前面に立ちすぎたという批判もあります。どういう意図があったのでしょうか?。

A.2020年の2月くらいから本格的に始まったコロナ対応で、政府は特に当初、当時クラスターが発生していたクルーズ船の対応で目いっぱいになっていました。

しかし、私たち専門家は新型コロナが国内で広がっていくことは避けられず、水際対策に注力するのではなく、国内に入ってくることを前提にした対応に切り替えていくべきだと考えていました。

2009年の新型インフルエンザの対応の経験もあったため、ほとんど条件反射で、必要と思う対策をまとめて政府に提出しました。

やらないという選択肢はありませんでした。

さらに、専門家として必要だと思うことも発信するようになりました。

ただ、結果的に、見解や提言を繰り返し示すうちに、まるで専門家が対策について判断しているかのように受け取られることがありました。

専門家が「前のめり」になったことは事実で、当時はそうするしか方法がなかった。

しかし本当であれば、専門家は科学的な評価と対策の提言を行い、政府がそれを受けて最終的に判断し、判断の理由をわかりやすく説明する、という仕組みをしっかりとつくっておく必要があったと思います。

感染症危機下 政府と専門家の役割は

(2021年夏、東京オリンピック・パラリンピック開催の直前、専門家は「有志の会」として、無観客での開催を求める提言を公表しました。感染の第5波が起きようとしている中でのことでした。提言を公表した記者会見で、尾身会長は「大会を開催することで、感染が拡大するリスクは間違いなくある。開催を決定した以上は、このリスクを十分認識し、拡大しないように対策をしてほしい」と訴えました)

Q.政府と専門家が対立しているように見える場面もありました。

A.多くの場合、政府は私たちの意見を対策に取り入れてくれましたが、いくつか意見が異なる場面がありました。

東京オリンピック・パラリンピックの無観客開催を求めた提言を出したときなどがそうです。

しかし、私たちには政府との関係を考えて何も言わないという選択肢はありませんでした。

科学的な分析をもとに、専門家として言わねばならないことをいうというのは、危機の中での専門家の責務であって、それを果たさなければ「歴史の審判」に耐えられないと思っていました。

現在進行形で物事が起きている時には、さまざまな当事者がいて、いろいろな意見が出てくることは当然です。

専門家の意見に否定的な声があるのも当たり前のことだと思います。

ただ将来、このコロナ危機を振り返ってみたときに「あのとき、感染症の専門家たちは役割を怠っていた」と評価されることだけは避けなければなりません。

専門家として意見を表明するかどうか、大きな判断が求められるときには必ず「歴史の審判に耐えられるか」ということを考えていました。

教訓生かされなかった「新型インフル」 繰り返さないために

Q.感染症対応の新たな司令塔機能を持つ組織など、次のパンデミックに向けた取り組みが始まっています。
どのようなことを求めますか?

A.これは何度も言っていることですが、2009年に「新型インフルエンザ」の対応が終わったあと、対策を振り返る「総括会議」が開かれ、PCR検査を行うキャパシティーの不足や医療体制の問題、政府によるリスクコミュニケーションの課題などがあり、次のパンデミックに向けて対応するよう求める報告書をまとめました。

今回の新型コロナウイルスの発生初期に問題になったような課題は、ほぼすべてそこで指摘されていました。

残念ながら2009年からの10年あまり、政権交代や大規模災害などを経たこともあって、この教訓がほぼ顧みられず、準備不足のまま新型コロナの対応に突入してしまったということがありました。

これと同じことを繰り返してはいけないと思います。

この新型コロナウイルス対応の3年半で、若い人たちが大切な青春を奪われるなど、多くの人が大変な思いをしました。

この経験を絶対にむだにしないようにしなければなりません。

次のパンデミックに備えるため、いまから議論を進めていくことが必要だと思います。

これからも感染状況の急速な悪化や医療のひっ迫、性質の異なる新たな変異株の出現など、強い対応が必要な場合は、厚生労働省の専門家会合などで分析・評価を随時行っていくことになります。

そうした場合には、分科会でも必要に応じて議論をすることもあるかもしれません。

専門家どうしで情報や意見を交換しながら、状況はこれからも注視していこうと思っています。

WHOの緊急事態宣言も終了し、国内でも新型コロナが5類に移行しましたが、まだコロナが終息したというわけではありません。

これまでの3年あまり、日本にいる全員が本当に大変な思いをしたなかで学んだことは、このウイルスがどういう場合に広がり、どうすれば感染リスクを減らせるかということです。

これをこれからの「個人の判断」に生かしていくべきだと思います。