世界初 民間の月面着陸なるか 最大の難関は「一発勝負」の着地

地球からおよそ38万キロ離れた月を目指して飛行を続けている、日本のベンチャー企業が開発した着陸船が26日未明、月面への着陸に挑戦します。
成功すれば世界で初めての民間による月面着陸達成となり、注目されます。

発射から約4か月 月面着陸に挑戦

日本のベンチャー企業「ispace」が開発した月着陸船は、2022年12月、アメリカの民間企業「スペースX」のロケットで打ち上げられ、太陽の重力などを利用しながら月に向けて飛行してきました。
打ち上げからおよそ4か月後の4月13日には月の高度およそ100キロを回る軌道に入り、搭載機器の状態や通信の確認など準備を進めていて、問題がなければ、26日未明、月面着陸に挑戦します。

計画では、午前0時40分ごろに降下を始めガスを噴射して減速するとともに姿勢を変えながら徐々に月面に近づき、午前1時40分ごろ、着地の衝撃を和らげる4つの脚で月の北半球にあるクレーター付近を目標に降り立ちます。

成功すれば民間では世界初

月面着陸はこれまで、旧ソビエト(1966年)、アメリカ(1966年)、中国(2013年)の3か国が成功していますが、今回成功すれば民間では世界初となります。

着陸後は、カメラで月面を撮影するほか、搭載しているJAXA=宇宙航空研究開発機構などが開発した小型ロボットが月面を走行しながら探査する計画で、実現すれば日本初となります。

月は近年、「水」の存在を示す研究論文が相次いで発表されたことなどからアメリカや中国、ロシアなどが探査計画を打ち出しています。

また、5月以降は、アメリカの複数の企業が着陸船の打ち上げを予定するなど民間でも動きが激化していて今回の着陸が月を舞台にしたビジネスの布石となるか注目されます。

打ち上げと分離前後

月着陸船は日本時間の2022年12月11日、アメリカの民間企業「スペースX」のロケットに搭載され、フロリダ州の発射場から打ち上げられました。

打ち上げのおよそ47分後にロケットから切り離され、地上との通信を確立。

姿勢の安定や電源の供給なども確認され、ロケットから分離されたおよそ2分後と19時間ほどあとに上部と側面にある備え付けのカメラで撮影した地球の画像を配信するなど、順調な滑り出しを見せました。

月着陸船から送信された電波は、ヨーロッパの宇宙機関が運用する地上のアンテナを経由し、東京・日本橋にある管制室に送信されています。

管制室で運用するのは海外の宇宙機関出身のエンジニアなどで、月着陸船の状況を確認し必要な操作を行っています。

燃料節約のため“遠回り”

月までの距離はおよそ38万キロですが、着陸船は直接月に向かうルートを取らず、大きなだ円を描く軌道に入って月を目指します。

その理由は、燃料を極力節約するため。

2023年1月には地球からおよそ137万6000キロのエリアまで遠ざかりますが、あえて遠回りすることで、燃料の6割から7割を残し、着陸のために温存しておくねらいです。
打ち上げのおよそ3か月後、今度は太陽の重力を利用しながら月に近づき、4月13日には月の高度およそ100キロを回る軌道に入りました。
そして、搭載機器の状態や通信の確認など着陸に向けて準備を続けています。

企業によりますと、月着陸船はこれまで安定した飛行を続けていて、ほぼ計画どおりだということです。

「月着陸船」その構想とは

月着陸船は、底面と上面が八角形の「八角柱」に近い形をしていて、着陸時に衝撃を緩和する機能が付いた細い支柱4脚で支えます。

高さはおよそ2.3メートル、幅はおよそ2.6メートルで、重さは、燃料を入れない状態で340キロほど。推進装置が底面を中心に装着されていて、着陸時には姿勢を変えたり減速したりするために使われます。
側面には、太陽光パネルが貼り付けられているほか、放射線の影響を防ぐとともに氷点下170度から110度まで耐えられる設計です。
上面には、通信機器やカメラが設置され、積み荷は最大30キロまで搭載可能です。
そして、着陸の成否を左右するのが「航法誘導制御システム」と呼ばれる、着陸船の向きや姿勢などを自動で制御できるシステムです。

JAXAをはじめ日本はこれまで、探査機を月面に降り立たせた実績がありません。
純国産として開発するには多くの時間と費用がかかるとして袴田CEOは、「アポロ計画」で実績のある、アメリカの「ドレイパー研究所」と共同開発。
すでに確立された技術を活用することで、民間ならではのスピードとコストを優先した開発体制を整えたのです。

「月着陸船」の方法は

「月着陸船」は4月13日に月の高度およそ100キロを回る軌道に入り、秒速1.6キロほどで飛行しています。
東京・日本橋の管制室では、搭載機器の状態や通信の確認など着陸に向けた準備を進めていて、問題がなければ4月26日の午前0時40分ごろ月面に向けて降下を始めます。

月着陸船は降下の際、ガス噴射で徐々に速度を落とし、月面に接近します。

午前1時30分以降に月の高度およそ2キロまで降下し、月着陸船の底が月面を向くよう姿勢を変えます。
そして、センサーで周囲の状況を把握するとともに、月に衝突しないようゆっくり降下するため月面に向けてガス噴射を続け、着地に備えます。

最終的には着地の衝撃を和らげる工夫が施された4つの脚で午前1時40分ごろに月の北半球に降り立つ計画です。
目標地点は「氷の海」と呼ばれるエリアのクレーター付近で、その周辺数キロ以内に着陸する予定です。

月面着陸の高いハードル

国や民間が次々と月探査計画を打ち出していますが過去に月面着陸に成功したのは旧ソビエト、アメリカ、中国の3か国だけです。
特に、1960年代から70年代に人類を月面に送り込んだ「アポロ計画」以降は中国だけで、依然として高いハードルがあります。
技術的な難しさについて月探査機の開発責任者で、JAXA宇宙科学研究所の坂井真一郎教授はその要因として「重力」と「大気」の2つを挙げています。

その1「重力」

月の重力は地球のおよそ6分の1ですが、小惑星に比べるとはるかに大きいものです。

月着陸船や探査機がいったん降下を始めると、月面に引き寄せられるため、途中で上昇したり飛行を続けたりするのが難しく、着地は「一発勝負」だといいます。

例えば、小惑星への着陸に2度成功した日本の探査機「はやぶさ2」は、着陸に向けた事前観測のため高度およそ50メートルまで降下したあと、異常を検知して、再び上昇しました。

こうした運用は月では難しく、途中で姿勢や向きがずれたまま、月面の岩などに激突する可能性もあります。

その2「大気」

そしてもう1つが大気がほとんどないということ。

地球には大気があるため、降下の際にパラシュートを開くと空気抵抗を受けて減速しながら着地できます。

一方、月には大気がほとんどないため、着地の衝撃を和らげるには、地上に向けてガス噴射するなどして速度を落とすほかありません。

月着陸船は、降下を始める前まで秒速1.6キロで飛行していることから坂井教授は、「月の重力は地球のおよそ6分の1だが小惑星と比べると桁違いに大きく、降り立つチャレンジは1発勝負になるだろう。着陸の難度の高さは、高速道路を猛スピードで走る車が、目いっぱいブレーキを踏み、定められた区画に1回で止めるようなものだ」と月面着陸の難しさを表現していました。

着陸後のミッションは

着陸後はまず通信用のアンテナを展開して地球に電波を送信し、月着陸船の状態を確認します。
安定した通信が継続できているかが着陸成功の判断基準で、早ければ数十秒で確認できるということです。

その後、搭載されたカメラで月面の砂などの撮影にトライ。
NASA=アメリカ航空宇宙局が画像データの所有権を購入する予定で、実現すれば、月の資源をめぐるビジネスが世界で初めて成立したことになります。
また、月着陸船にはJAXAなどが開発した小型ロボットと、UAE=アラブ首長国連邦が開発した探査車も搭載されていて、それぞれ月面を走行しながら探査する予定です。

月着陸船はその後も通信と電力の供給を続け、最長12日で運用を終える計画です。

ベンチャー企業「ispace」とは

月着陸船を開発したのは、東京に本社を置くベンチャー企業「ispace」で、2010年9月に設立しました。

アメリカのIT企業、グーグルなどが開いた民間で競う「月面探査レース」にチーム「HAKUTO」として出場し月面探査車を開発。最終選考まで残りました。

その後、月に向かう着陸船の開発に着手。5年ほどかけて完成させました。

今回の月への到達を足がかりに、月に荷物を送り届ける新たなビジネスを展開する計画です。
代表の袴田武史CEOは、建設や農業など月を舞台とした経済活動が今後本格化すると予想。

月を舞台とした経済圏をつくる構想を掲げていて、2040年には1000人が生活できるようになるとしています。

売り上げ総額は合わせて100億円に

今回の着陸ミッションに加え、2024年には月面を走行する探査車を着陸船に搭載して、ロケットで打ち上げる計画です。

さらに2025年にはアメリカの研究機関などと共同で月面に荷物を運ぶサービス自体をNASAに提供する予定です。

これらの売り上げはあわせて100億円ほどだということで、今回のミッションなどを通じて技術の実証や事業モデルの確立を図りたい考えです。

月に「水」が存在する可能性

月をめぐっては、東西冷戦のさなか、1950年代の終わりから70年代中ごろにかけて、旧ソビエトのルナ計画やアメリカのアポロ計画で探査が活発に行われました。

その動きが近年、再燃しているのはなぜか。

おもな理由は月に「水」が存在することを示す研究論文が相次いで発表されているためです。

月の赤道付近は昼の温度が110度になるほか、気圧が低いため、月の表面に液体の水は存在しないとされてきました。

しかし、最近の研究では北極や南極など太陽の光が当たらない場所では高い確率で水が氷の状態で存在することがわかってきました。

例えば、NASAは月の北極に少なくとも6億トンの氷が存在するという分析結果を公表しています。

ただ、これまでの分析は、月を周回する探査機が観測したデータをもとに行われているため、水が存在することを月面で直接確かめたわけではありません。

そこで、水が月のどこにどれくらいあるかを突き止め、月を人類の活動領域を広げるための拠点として使おうと国や民間の競争が激しくなっています。

アメリカとヨーロッパ、日本の月探査

月探査に向けた動きの1つが、アメリカが日本やヨーロッパなどと進める国際プロジェクト「アルテミス計画」です。

2022年11月大型ロケットで月を周回する無人の宇宙船を打ち上げた後、地球への帰還にも成功させ、計画の第1段階を終えました。

2025年には氷が存在するとされる月の南極付近に宇宙飛行士を降り立たせ、燃料として利用できるかを探る予定です。

日本でもJAXAが2023年8月以降、「SLIM」という探査機で月を目指すほか、2025年にはインドなどと月の南極に無人機を着陸させ氷の量などを調査する計画です。

中国とロシアの動き

また、中国は2020年に月の岩石などを地球に持ち帰ることに成功し、2024年には無人機を使って月の南極からサンプルを地球に持ち帰る計画です。

さらに、ロシアとともに月面などでの研究拠点の建設に向けた取り組みを行うとしています。

民間も機運高まる

国家間の競争激化に伴って、民間企業の間でも月をビジネスの舞台とする機運が高まっています。

2019年にはイスラエルの民間団体が月面着陸に挑むも失敗。

アメリカでは複数の企業が5月以降、月着陸船を打ち上げるほか、2024年、月の南極の水資源を探査する計画もあります。

月ビジネスの市場規模

月面や月周辺での経済活動について、「PwCコンサルティング合同会社」は2030年ごろから建設やインフラ整備、農業、エネルギー分野などの事業が増えると予測しています。

その上で、月探査に関連する経済活動の市場規模は2040年までにあわせて1700億ドル、日本円でおよそ23兆円に成長する可能性があるとしています。