大関 貴景勝が春場所を休場 横綱と大関不在の場所は昭和以降初

大相撲春場所で「綱とり」を目指していた大関・貴景勝が左ひざのけがのため、7日目の18日から休場することになりました。

これで春場所は昭和以降では初めて横綱と大関がともに不在の場所となりました。

春場所で「綱とり」を目指していた大関・貴景勝は1敗で迎えた3日目、平幕の正代との取組で左ひざを痛めた様子を見せ、4日目からテーピングをつけて取組に臨んでいました。

病院に治療に通いながら出場を続けましたが、17日の6日目に平幕の御嶽海に敗れて3敗目を喫し、幕内後半の審判長を務めた粂川親方は「綱とり」について「まだ優勝しないとも限らないが、厳しいと言えば厳しい。もう負けられない状況」と話していました。

貴景勝は病院で左ひざの半月板の損傷と診断されたということで、日本相撲協会に休場を届け出て、7日目の18日から休場することになりました。

貴景勝の休場は去年の初場所以来9回目です。

18日に対戦する予定だった平幕の錦木は不戦勝となります。

貴景勝は再出場しなければ、次の夏場所は負け越すと大関から陥落する「角番」となります。

春場所は横綱・照ノ富士が初日から休場しています。

このため、ただ1人の大関だった貴景勝の休場によって昭和以降では初めて横綱と大関がともに不在の場所となりました。

師匠 常盤山親方「本人がいちばん悔しい」

師匠の常盤山親方によりますと、貴景勝は3日目の正代との取組中に左ひざを痛め、6日目の御嶽海との一番で悪化したということです。

そして17日夜に治療から帰ってきた貴景勝から「相撲が取れません。休場させてください」と申し出があったということです。

さらに常盤山親方は「はやい相撲だったらいいが、17日は貴景勝にしたら長い相撲だった。長い相撲になると負担がかかる。もう相撲を取るのは無理だということだ」と春場所での再出場がないことも明らかにしました。

「綱とり」を目指す場所で休場となったことについて「特に大切な場所だから本人の希望もあってここまで相撲を取っていた。顔には出さないが、本人がいちばん悔しい」と話しました。

また今後については「痛さは本人にしか分からないが夏場所に合わせてちゃんとやると思う。来場所に向けて少しずつひざを鍛えながらいい相撲を取れるようにやるだけだ」と話しました。

貴景勝 今場所は「夢の横綱」に届かず

左ひざのけがで休場を余儀なくされた大関・貴景勝。子どものころからの夢だった横綱昇進は今場所、果たすことはできませんでした。

貴景勝はことし1月の初場所、横綱不在の中でただ1人の大関として臨み、3年前の11月場所以来となる3回目の優勝を果たしました。

横綱審議委員会が横綱に推薦する条件として「大関で2場所連続の優勝」を原則とするなどと内規で定める中、貴景勝は「チャンスは何度もない。やれることはすべてやる」と人生をかけて春場所で綱とりを目指す覚悟を示していました。

そのことばの通り、この春場所に向けては懸命に準備を進めてきました。

一番の持ち味である突き押しでの一気の攻めを磨くだけではなく、攻めきれない場合を想定して、四つに組んで寄り切ったり、投げで崩したりする稽古も重ね、どんな相撲になっても勝ちきる「対応力」を養ってきました。

さらに初めて綱とりを目指した2年前の初場所では「力み過ぎというか全部気負いにいってしまった」と稽古で追い込みすぎたことを教訓に、ここ最近は「自分がいちばんいい状態で臨める状態を作る」とみずからの体調と相談し、体と技を鍛えてきました。

日ごろから大切にしてきた「準備」を入念に行い、春場所に臨んだ貴景勝でしたが、綱とりを目指す場所は厳しいものになりました。

初日にはここまで2場所連続で敗れていた小結・翔猿にはたき込まれ、黒星スタート。

3日目の平幕の正代との一番では白星を挙げたものの左ひざを痛めましたが、小さなころからの夢だった横綱昇進に向けて痛みをおして出場を続けました。

貴景勝は師匠の常盤山親方が「相撲取れそうか」と気にかけても「大丈夫です」と答えて、左ひざにテーピングを巻いて土俵に上がりました。

5日目の竜電との一番では鋭い立ち合いから突き押しで一気に押し出す、本来の貴景勝の相撲を見せました。

しかし、6日目の取組でけがを悪化させて「相撲は取れない」と休場を余儀なくされ、今場所で夢を実現させる道は絶たれました。

それでも場所前の取材で「結果が出なかったとしても、それはただ弱いというか、また頑張るしかない」と話していた貴景勝。

みずからの夢へ向かって再起を果たせるか注目が集まります。