新監督の洋さんが起こす新風 ~ センバツ高校野球 東北の60歳

“髪は丸刈り”
“一糸乱れぬ隊列で練習”

高校野球のかつてのイメージは、今、変わりつつあります。18日に開幕するセンバツ高校野球、開会式直後の第1試合で登場する東北高校(宮城)の佐藤洋監督。

部員たちが親しみを込めて“洋さん(ひろし)”と呼ぶ60歳の新人監督は「野球を楽しみながら成長してほしい」という思いで、チームづくりを進めてきました。
(センバツ取材班 小舟祐輔)

強豪校で意外な光景

仙台市にある東北高校。
野球部が練習を行っているグラウンドに向かうと、意外な光景が広がっていました。

1人ひとりの部員がこだわりのジャージやウインドブレイカーを着用し、ヘアスタイルも自由。

グラウンドの端に置かれた大きなスピーカーからは大音量ではやりの音楽が鳴り響くなか、打撃や守備、筋力トレーニングなど、思い思いの練習をこなしていたのです。
このスタイルをつくったのが、佐藤洋監督(60)です。

「監督と呼んでもらわなくていいよ」と、選手たちに加え、報道陣からも“洋さん”と呼ばれています。

野球人口を減らしたくない

東北高校は、今、開催されているWBC=ワールド・ベースボール・クラシックに出場している日本代表のダルビッシュ有投手など名だたる選手を輩出してきた強豪校です。

しかし、2016年の夏を最後に甲子園から遠ざかっていました。

そうしたなか、チームの再建に白羽の矢が立ったのが洋さんでした。
自身も東北高校で甲子園に出場しました。

その後、社会人野球を経て、1985年にプロ野球・巨人に入団し、内野手として1軍出場も経験しました。

1994年に現役を引退した後は、およそ20年、子どもの野球教室に関わってきました。

そこで目の当たりにしたのが、野球人口の減少と、それを引き起こす高校野球の古き伝統でした。

(佐藤洋監督)
「強豪校のグラウンドでは、いつも怒声と罵声が響き渡っているんです。そして親もお茶や送迎の当番でもめている。そうすると親も子どもに『野球を選ばないで』と言ってしまうじゃないですか」
“子どもたちに野球を楽しみながら成長してほしい”という強い思いを抱いていた洋さんは、去年夏、東北高校から要請を受けて、監督に就任。独自の改革を進めることに周囲から反対の声などもありました。

それでも洋さんはこう言って、あっけらかんと笑います。

(佐藤洋監督)
「改革に反対はつきもので想定の範囲。子どもたちの邪魔をせず、好きなようにやらせる。高校野球はこういうものという指導は子どもたちにしたくない」

なぜ自立(自律)を求める?

洋さんが、チームのスローガンに掲げるのは「自立(自律)」。

選手たちに求めるきっかけとなったのは、プロ野球の現役を引退した後、足を運んだアメリカの野球教室での出来事でした。

日本のプロ野球でも活躍したレジー・スミスさんが指導をしている際、寝ながら話を聞いている子どもがいたと言います。

(佐藤洋監督)
「『あれはいいのか?』と尋ねると『聞くも聞かないも本人の自由だ。聞かなくてできなかったら、あの子の責任だ』と言われた。日本の高校野球は手取り足取り、監督が選手に指示する。そして、選手のほうも、わかっていないのに『はい』と元気よく返事をする。僕はそういう指示待ち人間を作りたくないんです」
洋さんは、選手にむりやり練習をさせたり、怒鳴ったりしない。

だから、さぼろうと思えばいくらでもさぼることができる。

そうしたなかでも練習に打ち込めるのか、自分の弱みと向き合えるのか。

ある意味では、最も厳しい洋さんの指導方針です。
東北高校では、チームの練習メニューは選手たちどうしが話し合って決めます。

わからないことや迷うことがあれば、選手どうしで話し合います。

洋さんには、どうしてもわからないことがあれば技術的な助言を求めますが、ふだんは、その日の練習の様子と、次の日のメニューを報告するだけです。

(佐藤洋監督)
「今はインターネット上に動画もある。動画を見て振り回されてもいいじゃないですか。失敗したら、そこで子どもたちも気が付きます。長い時間がかかるかもしれないけど、子どもたちはできるようになります。ほとんどの大人は待てないですね。合うかどうかもわからないのに、自分の持っている“絶対的な結論”を教える。そんな危険なことはできないです。こりかたまった考えから、選手たちを開放させてあげたい。どうしてもわからないときだけ、自分のところにくればいい」

成長を実感する選手たち

洋さんの改革はすぐに実を結びます。

去年秋の宮城県大会では、夏の全国高校野球で東北勢初の優勝を果たした仙台育英を破って優勝。秋の東北大会でも仙台育英に次ぐ準優勝に輝き、見事、12年ぶりのセンバツの切符をつかみました。

選手たちも少しずつ手応えを実感しています。
(エースのハッブス大起投手)
「洋さんが監督じゃなかったら、出された練習メニューをただこなすだけなので、頭を使わず、体だけ動かして、成長していると勘違いしていたと思います。自分で選んだチューブトレーニングで、肩甲骨や肩、ひじ、腕の股関節などの可動域が広がったというふうに思っていて、バランスのあるピッチングができるようになったと思います」
(4番を任されている佐藤玲磨選手)
「最初は考えるのが難しくて困ったこともあったんですけど、徐々に慣れてきました。自主練で、自分たちで考えて、1つ1つの課題に取り組んでいるので、みんなの成長も感じられますし、これから伸びて強くなるという確信はあります」

初戦は開幕直後に

洋さん流で成長してきた東北高校の選手たち。
センバツ大会の1回戦は開会式直後の第1試合。秋の関東大会優勝の山梨学院に挑みます。

洋さんは、サインもほとんど出さないつもりです。

(佐藤洋監督)
「甲子園で、自分たちで考え、決めて、バントしたり、盗塁したりしたら、それだけですごいこと。仮にアウトになったとしても、僕は『お前、よく決断した』ってたたえます。選手を駒として使うなら、それは将棋であって、野球じゃない。選手たちに、野球の楽しさを伝えたいというだけの思いなので、優勝なんかよりも、もっと大事なこと『自分で考えて、野球を楽しむということ』を、選手たちにわかってもらいたい」

東北高校は、自立(自律)しながら作り上げた「エンジョイベースボール」で勝利をつかめるか。

試合中にあふれる選手たちの笑顔にも注目です。

【東北高校 12年ぶり20回目出場】

▼所在地:宮城県仙台市青葉区・泉区
▼創立:1894年 私立
▼センバツ出場回数:12年ぶり20回目
▼学校・チームの特徴
プロ野球の巨人でプレーした佐藤洋監督が去年8月に就任し、83回大会以来となるセンバツの切符をつかみ取りました。秋の東北大会では左右の好投手を中心に決勝まで勝ち上がりました。東日本大震災の発生直後に行われた2011年の大会以来、12年ぶり20回目の出場です。

取材担当

仙台放送局 記者
小舟祐輔
2021年入局 高校野球のほか宮城県政・仙台市政担当
小学校まで野球をしていたが中学校の野球部が
丸刈りだったため野球部入部をあきらめた