「みんながマスクを外しても、これだけは…」難病の患者は

誤解してほしくないのは、私もこれからは皆さん、マスクは外せるときは外していいと思うんです。私だってこれからの桜の花見シーズン、外ではずっと着けたくないし、外します。

ただ、どうしても知っておいてほしいことが、一つあります。

それは、私のような人があなたのすぐ近くにもいるかもしれないことです。

新入社員のころ、急に

そう話すのは、兵庫県に住む播磨涼子さん(54)です。

播磨さんは「潰瘍性大腸炎」という病気を長く患っています。
身を守るはずの免疫が自分の大腸を攻撃して炎症を起こし、激しい腹痛や下痢などを繰り返す国指定の難病です。
発症したのは社会人になったばかりの22歳の時でした。

子どものころからおなかをこわしたことなどなかった播磨さん、急な症状に「何かおかしい」と受診して、診断名がつきました。

病気は「難治性」で、治すのが特に難しく症状が長く続いて日常生活の負担が大きい状態だと説明を受けました。

薬も効きづらく、最初の入院は10か月間に及びました。
薬の副作用で顔が膨れたり、肌荒れもひどくなったりしました。

当時、大手企業の本社広報部に所属、やる気にあふれた新入社員生活でしたが、病気で常勤の仕事は難しいと判断、26歳で退職することにしました。

これまで、不意に襲われる症状に長年苦しんできました。

入院した回数は、数えると17回にもなるということです。

コロナ禍で「重症化リスク」

その後、非常勤の大学講師の道を歩み、現在は留学生に日本語を教えています。

一方、治療は続いています。
自分の身を守るための免疫が自分の体を攻撃してしまう病気のため、2か月に1度免疫を抑える薬を投与してもらっているほか、症状がひどい時には、より強い「免疫抑制剤」を使うこともあります。

治療のためには有効ですが、もし新型コロナウイルスなどに感染すれば、免疫の力を抑えているため、重症化するおそれがあります。

このため、播磨さんは感染症対策にはコロナの感染拡大前から人一倍気をつかってきました。

コロナ禍ではふつうにみんなが着けるようになったマスクは、冬のインフルエンザが流行する時期などにはいつも着けていました。

このほか「人混みはできるだけ避ける」「こまめにせっけんで手を洗う」などのコロナ禍でおなじみになった対策も、播磨さんは以前から続けてきていました。

コロナの感染拡大後はさらに人混みを避けるようにして、外出の回数を減らしました。

読書や料理、室内でできる運動などをして自宅で過ごすことが多くなりました。
通勤などの外出時も電車など人が混雑する公共交通機関は必要がなければできるだけ使わないようにして、歩ける区間は歩きで、遠くに行く時は車で移動するようになりました。

「電車で人と接しているよりもこうしてのんびり歩いているほうが気持ちもいいですし、感染リスクもないということで今後も歩くことになると思います」

今、気がかりなのは、どうしてもラッシュアワーの電車に乗らないといけない次の通院日のことです。

「次回の通院は4月はじめなのですが、検査の関係で車の運転を避けるため、電車で行くことになります。私自身はマスクを着けますが、マスクが個人判断になって初めての通院で、ラッシュの時間帯に重なってしまうので、どうしても電車内の状況が心配です。少し遠いけど、タクシーで行くしかないかな…とも考えています」

街の開放感とのギャップ

そして、マスクを個人の判断に委ねる政府の方針が出されて以降、もどかしく感じているのは、今後、再び感染が拡大して感染のリスクが上がったとしても、自分のような立場の人が抱える事情や思いが伝わらないことです。

播磨さんの病気は見た目ではわからないため、コロナで重症化のリスクが高いことも、まわりの人は気付くことができないからです。
「自分の身は自分で守る」

もちろんそれは大前提ですし、できる対策を最大限やっていくことに変わりはないのですが、「自分で守るしかない」という状況が一層強まるのではないかと懸念しています。

「マスクを外せることで皆さん開放的な気持ちになって外に出るようになって、今までよりも混雑するところが増えるでしょうし、楽しい集まりもあると思います。でも、他の人たちがどれだけあちこちで楽しそうにしていても、私たちはそこには加われない。逆にこれからは私たちのほうが気をつけて避けていかなければいけないんだろうなって。そういう意味では、取り残されるような気持ちになる部分があるんだろうなと思います」

緩和ムードから“取り残される”人たち

大阪市・北区のクリニックで、播磨さんのような難病の患者を多く診ている医師のもとにも患者から相談が寄せられています。

多くは「マスクをしない雰囲気が高まっているが、自分はやはり怖い」という内容だということです。
太融寺町谷口医院 谷口恭院長
「マスクを外せるようになったことは歓迎すべきことですが、体の免疫機能が弱まった人や糖尿病、抗がん剤の治療を受けている人など、さまざまな理由で今もコロナを恐れる人たちがいて、見た目ではわからない、病気を隠しておきたい人も多いです。そうすると、病気を持っている人のほうが人混みに近づかない、マスクをしていない人のところに行かないっていうことを守っていくしか方法がなく、世の中が緩和ムードになればなるほど、世間から取り残されてしまうような感覚を持つ人が増えてしまっているんです」

あなたの身近なところにも

取材の最後に、播磨さんが見せてくれたものがあります。
それは、病気や障害などで外見からはわかりにくくても援助や配慮を必要としていることを知らせる「ヘルプマーク」です。

播磨さんはこのマークをいつも持っていますが、身に付けて歩くことはしていません。

本当に症状が重くて、外出時にもしかすると倒れて迷惑をかけてしまうかもしれない、と感じる時だけは身につけるようにしているそうです。

そして、播磨さんは実はこれまで病気のことを家族以外にはほとんど話してきませんでした。

それでも今回、あえて取材に応じてくださったのは、次のことを知ってもらうためでした。

「私もそうですが、見た目ではわからないのに実際には重症化しやすいリスクがある人が、多くの人が考えているよりももっとたくさん、身近なところやすぐ隣にいるんだと思います」

「すこし具合が悪い時や、かぜのような症状があってせきが出る時には、ぜひこれからもマスクをしていただければと思います。また、ヘルプマークを付けている人がいれば何かの病気がある人かもしれないと思っていただくなど、ほんのすこしの配慮をしていただくことができれば、安心して外に出て行きやすくなる人たちがたくさんいるんだということを知ってほしいです」

最後に 重症化リスクの高い基礎疾患

厚生労働省の分科会の資料では、以下の病気や状態で、通院・入院している患者が重症化リスクの高い基礎疾患のある人として示されています。

1.慢性の呼吸器の病気
2.慢性の心臓病(高血圧を含む)
3.慢性の腎臓病
4.慢性の肝臓病(肝硬変等)
5.インスリンや飲み薬で治療中の糖尿病又は他の病気を併発している糖尿病
6.血液の病気(ただし、鉄欠乏性貧血を除く)
7.免疫の機能が低下する病気(治療中の悪性腫瘍を含む)
8.ステロイドなど、免疫の機能を低下させる治療を受けている
9.免疫の異常に伴う神経疾患や神経筋疾患
10.神経疾患や神経筋疾患が原因で身体の機能が衰えた状態(呼吸障害等)
11.染色体異常
12.重症心身障害(重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態)
13.睡眠時無呼吸症候群
14.重い精神疾患(精神疾患の治療のため入院している、精神障害者保健福祉手帳を所持している、又は自立支援医療(精神通院医療)で「重度かつ継続」に該当する場合)や知的障害(療育手帳を所持している場合)
(取材 社会部記者 飯田耕太)