「やっと妻は、天国で安らかに休める」

判決を見届けた夫は、妻に安らかに眠ってほしいと話しました。

去年、大阪の弁当店でアルバイトをしながら日本語教師を目指し勉強を続けていたベトナム人の女性が殺害された事件。

強盗殺人などの罪に問われた60歳の被告に対して、大阪地方裁判所は「お金欲しさの身勝手な行動で、全く落ち度のない未来ある1人の女性の夢を打ち砕いた」として、無期懲役を言い渡しました。
(大阪放送局記者 奥村凌)

妻のため記録を続けた裁判

妻を殺害された夫のファン・タン・ユィ(36)さんは、裁判をノートに記録し続けてきました。

妻が安らかに眠れるように、いったい何が起きたのか、自分の目で見届けて、妻に報告したいと考えたからです。

突然妻を亡くして

日本語教師になる夢を持って来日したファンさんの妻のベトナム国籍のヴォ・ティ・レ・クインさん(当時31)。

学費をためるため、大阪・淀川区にあった弁当店でアルバイトをしていました。
しかし、去年4月、弁当店の入った建物の2階の部屋で遺体で見つかりました。

この部屋に住んでいた無職の山口利家被告(60)が、ヴォさんをうその話で誘い込み、首を絞めて殺害したとして、強盗殺人などの罪で逮捕・起訴されました。

夢は日本語教師 勉強を続けていた妻

ベトナム南部のロンアン省で7人兄弟の末っ子として生まれたヴォさん。

子どものころから日本のことが好きで、いつか訪れたいと日本語の勉強に励んでいたといいます。

ホーチミン市にある外国語大学で日本語を専攻して学び、大学を卒業後、2年間、技能実習生などに初歩的な日本語を教えていました。
7年前、日本で働くファンさんと結婚して来日。

大学院でさらに日本語を学んだうえで日本語教師になるという夢を抱いていました。

アルバイトを掛け持ちして生活を支えながら、学費をためていたといいます。
ヴォさんがひらがなで書いた干支(えと)の名前です。

家事や仕事の合間に、毎日欠かさず日本語の勉強を続けていました。

おととし、日本語能力試験で2番目のレベルに合格。事件の3か月後の1番目のレベルの試験に向けて、合格を目指すなかで、事件に巻き込まれました。

いつか、家族で住む家を建てたい。

ベトナムの多くの人に日本語と日本文化を教えたい。

ヴォさんには、たくさんの夢があったといいます。
夫 ファン・タン・ユィさん
「奥さんは時間を見つけて、毎日毎日3、4時間くらいは勉強していました。一生懸命にきれいな字で」

「行ってきます」と出かけた妻が

しかし、去年4月3日、突然、その夢は奪われました。

仕事から帰ったら一緒に食事をしようと約束をして、「行ってきます」と言って出かけるヴォさんを見送ったファンさん。

これが最後に交わしたことばとなりました。

いつもの時間になっても帰宅しないため、ファンさんは、心配になって携帯電話にかけたり、最寄りの駅などをさがしたりしましたが、行方はわかりませんでした。

そして、翌日、警察署で、亡くなったヴォさんと再会しました。

夫婦で公園にバラや桜の花を見に行った思い出。

音楽番組や料理番組をテレビで一緒に見た毎日。

ぜいたくではありませんでしたが、夢をかなえるため、2人で支えあって過ごしたささやかな幸せが、失われました。
事件からおよそ10か月余り。

ファンさんは、仕事から帰ると、その日にあったことをヴォさんの写真に語りかけることが日課になっています。
ファンさん
「毎日、生活や仕事の話をします。そのあとは、ここで一緒にごはんを食べます。いままで当たり前にやっていたことだから。毎日毎日、仕事をしながら奥さんの事件をよく考えます。なんで奥さんは優しい人なのに、殺されたんですか。いつもなんでなんで、頭の中がざらざらしている感覚で、何も集中できない」

「何で奥さんを殺したんですか」

事件の当日、何があったのか。

被告の口から直接聞きたいと、ファンさんは被害者参加制度を利用して裁判に参加することにしました。

ファンさん
「何で奥さんを殺したんですか。奥さんは警戒心が強いのに、何で知らない人と2階に上がったのか知りたい。真相をはっきりさせ、罪に見合った判決がほしいです。奥さんに心配しないで安心して天国に行ってくださいと伝えたい」
ヴォさんの兄のヴォ・タイン・チュンさんも(44)、ベトナムの家族を代表して裁判に参加するため、来日しました。

ベトナムに住む母親は、娘のヴォさんを亡くし、寂しくつらい様子で日々を過ごしているといいます。
ヴォさんの兄 ヴォ・タイン・チュンさん
「愛する妹が、少ないお金のために、なぜ殺されたのか理由を知りたいです。私たち家族が失ったものは大きい。被告は私たちの想像を超えるひどいことをした。罪に見合った判決を望んでいます」

被告「殺す目的でない」 強盗殺人を否認

先月26日、大阪地方裁判所で始まった裁判。

現場の部屋に住んでいた無職の山口利家被告(60)が、「マスターに言われているから貴重品をもって2階に上がってきて」という、うその話でヴォさんを誘い込み、首を絞めて殺害したうえ、現金およそ2万6000円を奪ったとして、強盗殺人や死体遺棄などの罪に問われました。

山口被告は「殺す目的やお金をとる目的で誘っていない」などと述べ、強盗殺人の罪について否認しました。

弁護側は「犯行は計画的なものではなく、金銭的に困窮していた被告は、初対面の人でもいいからお金を借りようとした。しかし、被害者が大声をだしたことで、柔道の絞め技で気絶させるしかないと考え、誤って死亡させた」などとして、強盗殺人の罪は成立せず、傷害致死と窃盗にとどまると主張しました。
ファンさんは、法廷で、通訳を通して被告に質問しました。

ファンさん
「妻は、何で知らない人と2階に上がったのか」

山口被告
「僕の言うことを信じたんだと思います」

ファンさん
「なぜ命を奪ったのか」

山口被告
「その時点では、命を奪うという意思はなく、結果としてそうなったということになります」

ファンさんは遺族を代表して、裁判官や裁判員に気持ちを訴えました。

ファンさんの意見陳述
「被告は冷血な人間で、2万6000円のために、1人の夢をいっぱい持っている妻の命を奪いました。殺害したあと、妻の遺体を布団圧縮袋に入れて、ガムテープで巻いて隠した行動は、野蛮だと思います。私たち家族は、許すことはありません」

“未来ある女性の夢を打ち砕いた” 無期懲役の判決

3日の判決で、大阪地方裁判所の中川綾子裁判長は「防犯カメラの映像などから、被告は金品を奪う目的で被害者を部屋に誘い込み、金を出すよう要求したところ、大声を出して抵抗されたため、とっさに殺意を持って首を絞め続けたと認められる」と指摘し、強盗殺人の罪にあたると判断しました。

そのうえで、「お金欲しさの身勝手な行動で冷酷だ。重罪を犯したことへの反省が見受けられない」などとして、検察の求刑どおり、無期懲役を言い渡しました。

裁判長は、被告に対して「あなたの行動により、全く落ち度のない未来ある1人の女性の夢を打ち砕いた結果は、ちゃんと受け止めてください。被害者のご冥福を祈りながら、刑に服してください」とことばをかけました。
ファンさんは、妻の結婚指輪をネックレスにして身に着け、判決を聞きました。

ファンさん
「被告が無期懲役となったことは満足です。帰ったら奥さんに報告したい。奥さんは、天国で安らかに休むことができる」
ヴォさんの兄 ヴォ・タイン・チュンさん
「厳しい判決になった。家族の痛みが少しは和らぐことができたと思います」

妻の夢を代わりにかなえたい

判決を見届けたファンさんは、ノートに「無期懲役」と記しました。
ファンさんは、ベトナムに住む家族からは、裁判が終われば国に帰ってきてほしいと言われていました。

しかし、日本語教師になりたいという夢を持っていたヴォさんが好きだった日本で、その夢を代わりにかなえたいと考えています。

ヴォさんが使っていた教材やノートで日本語の勉強を少しずつ始めています。

ファンさん
「奥さんの字を見たら思い出します。奥さんは日本でたくさんの夢を作りました。もう奥さんは何もできないので、私が日本語を勉強して、奥さんの夢をかなえたいです。ベトナムの多くの人に日本語を教えたい」