突き動かすのは好奇心「中身はずっと子どもなのかもしれない」

「人類を特別な存在にしている要因はいくつかあるはずです。私が生きている間には無理かもしれませんが、それを解き明かすのが夢です」

こう話すのは、去年(2022年)のノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の客員教授として、沖縄でも研究プロジェクトを勧めています。

子どもの頃に古代エジプトに強い関心を抱き、途中、違う道に進みかけましたが、絶滅した人類の遺伝情報を解析する技術を確立し、人類の進化の重要なステップを解き明かしました。

ノーベル賞の受賞後、初めて来日したペーボ博士に「ニュースウオッチ9」の青井実キャスターが研究を続けるうえで大切にしてきたこと、そして、日本の研究者、若い人へのメッセージを聞きました。

(インタビューは1月31日に行いました。)

ノーベル賞受賞 「ジョークにしてはシリアスだな、と」

Q.ノーベル賞受賞、改めてどう受け止めておられるか聞かせてください。

A.今でもまだ少し圧倒されていますが、少しずつ慣れてきました。ノーベル賞を受賞するなんて思ってもいませんでしたし、その日に発表されることすら知りませんでした。電話がかかってきたときにはいたずらだと思いました。20秒ほどして、ジョークにしてはシリアスだな、と。

絶滅した人類の骨からDNAを研究 進化を解き明かす

ペーボ博士は、スウェーデン出身の67歳。

ドイツのマックス・プランク研究所に所属しながら、OIST=沖縄科学技術大学院大学の客員教授を務め、研究グループを率いています。ペーボ博士は、絶滅した人類の遺伝情報を残された骨から解析する技術を確立しました。

実は、絶滅した人類の骨はDNAが壊れてしまっていたり、新しい年代のほかの動物のDNAと混ざってしまっていたりして、うまく分析できませんでした。

そこで、ペーボ博士は細胞の核にあるDNAではなく、細胞の中に複数存在するミトコンドリアのDNAに注目し、4万年前に生きていたネアンデルタール人の骨に残っていた遺伝情報を詳しく調べることに成功しました。

その結果、われわれ「ホモ・サピエンス」は、ネアンデルタール人の遺伝情報の一部を受け継いでいることを突き止め、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は交わっていた可能性があることも明らかにしました。

さらに、シベリアの「デニソワ洞窟」で見つかった骨を分析し、これまで知られていなかった「デニソワ人」という、絶滅した別の人類を発見しました。

過去30年の研究で成功に

Q.受賞につながった研究の意義についてお話しください。

A.私たちは過去30年にわたって、ネアンデルタール人のような古い骨からDNAを回収する技術を開発してきました。それによって、時間をさかのぼるように、絶滅して、もはや存在しない動物のDNAを研究する可能性を切り開いたんです。

たとえば、この技術を使って病原体の歴史を研究する別のチームもあります。彼らは、病気を引き起こす細菌が時間とともに、どのように変化してきたかとか、より大きなシステムが時間とともにどのように変化したのかについて研究しています。私たちは根本的なところで貢献できたと考えています。

ネアンデルタール人は、今の人類(ホモ・サピエンス)にとって最も近い親戚という興味深い存在です。遺伝的、生物学的な観点から、私たちが何者かを決めるために比較すべきはネアンデルタール人なのです。

Q.30年にわたる研究はどう進められてきたのですか。

A.研究は少しずつ改善し、成功を重ねて進めてきました。30年にわたって成功が訪れず、いきなりうまくいった訳ではないんです。

小さな断片(DNA)を回収するための技術がうまくいき、哺乳類や絶滅したナマケモノなど絶滅した動物に応用しました。そして、1997年にネアンデルタール人のゲノムが入った小さな断片を得ることができ、2010年に全ゲノムを解読しました。
それまでには、成功したこともあればうまくいかないこともありました。これほどの時間がかかるのは当然のことだと思います。いつも始めたときには簡単だと思いますが、それは幻想で、思っているよりも難しいんです。

それでも、続けていると成功につながると思っていたから続けられました。ある課題を乗り越えると、次の課題が見つかります。物事を改善する継続的なプロセスのようなものです。そして、私たちは今も技術の改善を続けています。

古代の人類を研究する際、現代の人類のDNAが混じるなど、コンタミネーション(サンプルの汚染)が問題になることがあります。そのときは、古いサンプルを調べる研究ができるのはマンモスなどだけなのかもしれないなと諦めそうになりました。
私は人類の進化に興味があったので少し落ち込んだこともあります。しかしその後、古代の人類のDNAを使った研究をなんとか前に進めることができました。

研究にはアイデア持ち寄り披露できるチームを

Q.研究を進めるうえで大切なことはなんでしょうか。

A.まずなによりも、誰もが自分のアイデアを持ち寄ることができる文化を持ったチームが大切です。チームはどんな個人よりも賢いからです。誰もが大胆に自分のアイデアを披露し、間違っていることを恐れない文化が必要です。

そしてもちろん、必要な専門知識や経験を提供してくれるグループと協力できるような科学の環境、研究所や大学に身を置くことです。
Q.その意味で、OISTは魅力的ですか。

A.非常にダイナミックで若い組織だと思います。設立されてまだ10年ほどしかたっていませんが、日本だけでなく世界中から極めてすぐれた才能のある科学者を呼び込んでいます。

さらに、とても珍しいことですが、学問の様々な分野をまたいで、小さな研究グループが他のグループと一緒に研究できるような環境があります。すぐれた科学研究を行う環境を整備するという点で、とてもよい事例だと思います。
私の研究の観点からは、OISTにいる神経生物学のチームが特に魅力的だと思いますし、自分たちが一緒に研究できるグループがいくつかあります。私は満足しています。

新型コロナで実際にOISTで会うことができず、もどかしく思っていました。今では年に何度か実際に訪問できますし、楽しんでいます。

好奇心に突き動かされた「基礎研究」を

Q.科学研究に対する支援についてどう考えておられますか。

A.資金がなければ研究はできません。研究には長期的に安定した資金が必要です。そうすれば、去年に得た支援が正当だったと証明するために、いつも締め切りに追われるようなことをしなくてすむでしょう。

日本の全体的な状況は詳しくはわかりませんが、多くの人と話す中で、政府の科学予算が何年にもわたって増加していないと聞いています。ドイツを含め、例えば中国や台湾など、多くの国や地域で、科学研究への資金をかなり増やしているので、あまりよくない状況ですね。今後、日本にとって不利になる可能性があると思います。
Q.基礎研究は特に必要性が理解されにくいように思います。

A.さまざまな研究が必要です。知識を取り入れて応用し、すぐに結果がわかって、産業やスタートアップ企業などが利用できる「応用研究」は必要です。

それと同時に、好奇心に突き動かされた「基礎研究」が必要なんです。応用研究のもととなる材料は、基礎研究から生み出されます。やはり基礎研究は大事で、応用研究と同じくらい大事なんです。私たちの研究は、好奇心に導かれるように行われた基礎研究の典型的な例です。

ネアンデルタール人や絶滅した動物のゲノムを調べたいという思いに突き動かされてきました。応用の例はそう多くはないかもしれませんが、DNAの痕跡を見つけ出す研究は、たとえば犯罪捜査の研究や土壌に存在する微生物を分析する環境分野の研究などに役立てることが考えられます。

エジプトに魅了され医師から研究の道へ

Q.ペーボ博士は若いころ、エジプトのミイラのDNAを取り出せないかと実験を繰り返していたと聞きます。なぜミイラだったのでしょうか。

A.古代エジプト、考古学に魅了されたんです。子どもの頃にはスウェーデンで石器時代の何かを発掘しようかと思っていました。
そんな私を母がエジプトに連れて行ってくれました。当時14歳くらいで、古代のものがとてもたくさんあり、大きな衝撃を受けました。私はエジプトにすっかり魅了され、大学で学び始めました。

ただ、ロマンティックな考えというのはえてしてそうですが、子どものときに想像していたほど魅力的ではなかったのです。それで幻滅してしまって、ほかにやるべきことを探そうと思い、でもどうしたらいいのか分からず、医学の勉強を始めました。手に職がつくだろうなと思いました。

その後、DNAを非常に効率的に解析できるということを知り、その技術を古代エジプトのミイラに応用することを思いついたんです。学生が古代エジプトと医学の研究の両方ができ、さまざまなテーマを組み合わせてまとめることができる、そんな大学の存在は重要です。
1つのことだけ勉強して世界最高のエジプト学者になるというのは、みんな優秀なのでかなり難しいんです。でも、エジプトの研究に分子生物学を組み合わせようという人は非常に珍しい。それだと、そんなに賢くなくても貢献はできるんですよ。

Q.そのまま医学の道に行くか迷いませんでしたか。

A.実は何をしたらいいのか分からなかった時期もありました。医学の研究をしたくて医学分野に進んだのですが、病院で患者に出会うと、思った以上にやりがいのある仕事だと気が付き、臨床の医師になりました。

その後、博士号を取得し、いつでも戻って患者を診ることができると思っていたのですが、今も医師には戻っていません。結局のところ、研究が本当に刺激的だったんです。

自由で、興味のあることを追求できるし、時間も自由に管理できます。朝遅くまで寝て、夜遅くまで働きたいならそれもよし。医師なら朝7時に病院にいなかったら大変ことになりますよね。

興味を持っていること 自分にとって重要なことを

Q.若い人が自分の関心を持ち続けるためにはどうすればいいでしょうか。

A.自分の興味・関心のある分野を追求できる大学などの場所を見つけるのは、学生自身にかかっていると思います。地元の大学かもしれないし、ほかの場所かもしれないですが、自分で探さなければいけません。その場所は学生の関心に対してオープンで、学生の話に耳を傾けてくれるところというのが理想です。

一番の原動力は自分の内なるところから沸き上がるものでなければいけないと思います。誰かが代わりにやってくれるということはありません。

よいグループに入って、よい研究をすることで、本当の意味で学ぶことができるというのが私の信念です。

Q.若い研究者へのメッセージはありますか。

A.非常に難しい質問ですが、唯一思い浮かぶのは興味を持っていること、自分にとって重要だと思うことをすべきだということです。苦手なことを楽しめるというのはめったにない難しいことですが、好きなことであればあとでどんな結果になったとしても、その過程を楽しめると思います。

もちろん、研究は簡単なことではなく、挫折することもあると思います。しかし、興味のあるテーマであれば続けるでしょう。

どこかの時点で、自分が取り組んでいることは無理かもしれない、ほかのことに取り組んだほうがいいと気づくかもしれません。そのときには、ある種の判断と周囲からのアドバイスを受けることが重要になります。

人類を特別な存在にしている要因 理解したい

Q.ペーボ博士を突き動かすものは何でしょうか。

A.好奇心です。背景に何があるのか見つけ出したいんです。
もしかしたら、いずれは疲れてリタイアしようかなと思うかもしれませんが、まだまだ先のことです。

ほとんどの子どもは好奇心がとても強くて、物事にわくわくしますよね。私もずっと成長しないままで、中身は子どもなのかもしれません。

Q.次の目標を教えてください。

A.私が今、取り組んでいるのは、ネアンデルタール人とデニソワ人のデータを使って、私たち人類がおよそ50万年前にネアンデルタール人と分かれて以降に起きた遺伝的な変化を特定することです。

私たち現代の人類が持つゲノムの変化で、ネアンデルタール人には存在しない。こうした変化のほとんどは現代の人類であるための重要な機能をもたらしている可能性があります。

現代の人類は、何十億人に増えたという点で非常に特別です。ほかの霊長類はそんなに増えることはできません。私たち人類の活動は、生物が生きている空間全体に影響を与えています。そんなことを可能にした特別な要因があるはずです。

ネアンデルタール人のゲノムが分かるようになったことで、新たな疑問が生まれました。絶滅した他の人類と比較して、現代の人類を特別な存在にしている要因を理解することが私の目標です。

私が生きている間では無理かもしれませんが、おそらく要因はいくつかあるはずです。それを解き明かすのが夢です。