コロナ禍のお産 感染対策を理由に…

コロナ禍のお産 感染対策を理由に…
「『無事生まれたんやからよかったやん』と言われるので、誰にも思いを言えず、今でも思い出すだけで涙が出てきます」
「子どもに会えなかった10日間は今も心にぽっかり穴が空いたような気持ち」

新型コロナの感染拡大はお産の現場にも大きな影響を及ぼし、妊婦が感染すると、感染対策を理由にお産が帝王切開で行われることが相次ぎました。

赤ちゃんへの感染を防ぐため、なかなかわが子と会えないことも重なり、母親がショックを受けるケースも少なくありません。

「5類」への移行を前に、どうすればいいのか。当事者の声をもとに考えます。
(大阪放送局記者 北森ひかり)

泣きながら手術台に…

「コロナ感染のため、帝王切開になります」

東京都内に住む伊藤睦美さんは、出産予定日を目前に控えた去年2月、医師からこう告げられました。

家族の感染をきっかけに、数日前に感染がわかりましたが、症状は軽症でした。
妊娠の経過は順調で、家族の立ち会いのもと、助産院での出産を予定していました。

5歳の長女も、妹の出産を心待ちにしていました。
陽性が判明した翌日、伊藤さんは自宅で破水したことをきっかけに、感染した妊婦を受け入れる都内の病院に救急搬送され、帝王切開で出産することになりました。

帝王切開による出産はこれまで、母親に基礎疾患があり、長時間のお産による負担が大きい場合など、母親と赤ちゃんの命や健康を守るために行われてきました。

手術による合併症のリスクもあるため、実施するかどうかは、母親やお腹の赤ちゃんの状態に応じて慎重に検討されています。

一方、3年前の感染拡大以降、感染対策を理由に帝王切開での出産となるケースが全国で相次ぐようになっていました。

伊藤さんが帝王切開となった理由について、新型コロナに感染しているからという以外に、詳しい説明はなかったといいます。
伊藤睦美さん
「陣痛はきていないし、経過も順調なのにと、搬送されてから手術台に上がるまで心の整理がつかず、なかなか起きていることを受け止めることができませんでした。思い描いていた出産の機会が奪われてしまい、すごくやるせない気持ちでした」
感染対策のため、伊藤さんは出産後、赤ちゃんと離れて過ごしました。

母乳をあげることもできず、ひとりで搾乳して病室のトイレに流しました。

赤ちゃんと対面したのは、手術から8日後の退院の日。家族が待つ駐車場に向かうエレベーターの中で、初めてわが子を抱きました。
伊藤さん
「赤ちゃんと触れ合う機会がなく、おっぱいもあげられず、つらかったです。いきなり自宅で赤ちゃんとの生活が始まったことで、育児に向き合う上でも難しい部分がありました」

ほかにも傷ついた女性たちの声が…

コロナ禍のお産についてNHKが意見を募ったところ、当事者の声が次々寄せられました。
大阪府の30代女性
「陣痛を我慢してもう少しで下から産めるのにというところで陽性になりました。赤ちゃんも元気でしばらく痛みにも耐えたのに、いまも消化できずにいます。『周りからは無事生まれたからよかったやん』と言われるので、誰にも思いを言えず、今でも思い出すだけで涙が出てきて1人で夜な夜な泣いています」
別の30代女性
「コロナに感染していたため、子どもを一度も見ることができないまま、退院まで子どもと面会できないと言われた。会えなかった10日間はいまも心にぽっかり心が空いたような気持ち」

国内の状況は

感染対策を理由とした帝王切開は数多くの医療機関で行われてきました。

日本産婦人科医会は全国の状況について調査し、2022年12月に公表しました。

出産の予定近くに感染した妊婦の分べん方針について、「感染適応で速やかに帝王切開する」と回答した医療機関は、第6波の時期は67.5%でした。

第7波の時期でも51.3%と、全体の半数以上の施設で行われていて、多くの医療機関で感染対策のために帝王切開とする方針がとられていました。

医会などによりますと、その背景には、感染した妊婦を受け入れる場合、設備やスタッフが限られる診療所では感染対策を行いながらお産に対応するのは難しいことがあるといいます。

その結果、受け入れ先が大学病院や周産期医療センターのある病院などに集中している地域もあります。

受け入れが集中する病院の中には、感染対策をしながら数多くのお産を行うため、一律で帝王切開にせざるをえないと判断しているところもあるといいます。

ただ、帝王切開が経ちつ分べんに比べて感染のリスクを下げるかどうかはわかっておらず、医会などは指針で「コロナ感染のみで帝王切開の適応にすべきとする根拠はない」とした上で、医療機関の実情に応じて分べんの方法を検討してほしいとしています。
調査を取りまとめ 日本産婦人科医会常務理事 長谷川潤一医師
「帝王切開によるお産は、母子の命に関わる場合などに厳格に判断して行っていたので、感染対策を理由に私たちもやりたくないと思っている。ただ、すべての分べんを安全に行うため、帝王切開を選択せざるをえない事情がある医療機関もあるのが実情だ。施設や地域ごとに抱えている課題はそれぞれで、一概に経ちつ分べんにすべきと言える状況には至っていません」

感染対策の帝王切開行わないところも

感染対策としての帝王切開を行わない方針としているところもあります。
大阪・泉佐野市のりんくう総合医療センターです。感染症指定医療機関として、妊婦を含め新型コロナの患者を多数受け入れてきました。

センターでは2020年の8月以降、感染対策を理由とした帝王切開は行っていません。
中心となって取り組んできた、産婦人科部長の荻田和秀医師です。

荻田医師がまず取り組んだのは、院内の協力を得ることでした。

センターは、過去に「新型インフルエンザウイルス」に感染した妊婦を国内で初めて受け入れた経験があり、定期的に妊婦を受け入れる訓練も行っていました。

これまでのノウハウに加え、シミュレーションを行い、安全に実施できる方法を各部門と協議して理解を得ていったといいます。

荻田医師や現場を動かしたのは、感染拡大当初の2020年の3月に、初めて受け入れた妊婦のことばでした。

当時は、感染力などがよくわかっておらず、海外の報告などを参考に、帝王切開で対応しました。
りんくう総合医療センター 産婦人科部長 荻田和秀医師
「お母さんが出産後に赤ちゃんを初めてだっこしたとき、『あったかい』って言ったんです。それを聞いて、赤ちゃんの温かさを感じられないような実感の持てないお産をしていてよいのだろうかと疑問を持った。帝王切開はおなかを切るから傷が残るし、合併症のリスクもある。いろんな部署と話して経ちつ分べんができる環境を何とか整えました」
通常のお産に近づけるため、センターが取り組んでいるのは「陣痛が来るまで待つ」という方針。経過が順調で、隔離期間中に陣痛が来なかった妊婦は、かかりつけの診療所に戻ってもらうなどして、通常のお産と同じ対応をとります。
一方、隔離期間中に陣痛が来た場合は、感染者用に確保した分べん室で対応し、医師や助産師はPPE(防護服)を着用し、妊婦にもマスクをつけてもらいます。

妊婦との間には透明のシートを設置して、飛まつなどが飛びちらないようにしています。

さらに、離れた場所にある産科の病棟からも妊婦の状態がわかるよう、タブレット端末などを使って情報をリアルタイムで共有する仕組みです。

センターでは、新型コロナの感染が拡大した2020年3月から今月10日までに、感染した妊婦を187人に対応しました。

このうち隔離期間に陣痛が来るなどして分べんすることになったのは42人で、9割近くを経ちつ分べんで対応しています。

荻田医師によると、これまで赤ちゃんや医療スタッフへの感染は起こっていないということです。
荻田医師
「感染しても普通に分べんができるというのは、妊婦にとって安心感につながると考えています。普通のお産ができることは、感染対策と同じくらい大事なことではないでしょうか。今後お産の現場で、できるだけ普通のお産を目指そう、分べんの方法は医学的な理由で決めようという方向になっていけばいいなと思っています。お産もウィズコロナを考えていく時期にきていると感じています」

お産の現場 このままでいいの?

新型コロナの感染拡大から3年がたち、政府は感染症法上の扱いを「5類」へ移行する方針を示しました。人々の生活も、徐々にコロナ禍前の姿に戻ろうとしています。

しかし、お産の現場ではコロナの影響が根強く残っています。

厚生労働省によると、新型コロナに感染して出産した妊婦が何人いるのかというデータや、そうしたお産を経験した母親がどんなことに苦しんでいるのか、全国の実態を把握する調査は行われていないといいます。

コロナ禍でのお産の現場をどうしていくべきか。

母親たちの声に今、耳を傾けるべきではないでしょうか。

NHKでは継続的に取材していきます。
大阪放送局記者
北森ひかり
平成27年入局
現在は医療担当 主に周産期医療や新型コロナを取材