福島第一原発事故の賠償基準 9年ぶり見直し 対象を大幅に拡大

東京電力福島第一原子力発電所の事故にともなう賠償の基準となる指針について、国の審査会は20日に、対象を大幅に拡大した新たな指針を取りまとめました。
各地に避難した人たちが起こした集団訴訟で、基準を上回る賠償額が確定したことなどを踏まえたもので、見直しは9年ぶりです。

原発事故の賠償をめぐっては、国の審査会が「中間指針」という基準を定めていますが、各地に避難した人たちが起こした、国や東京電力に慰謝料などを求めた集団訴訟では、これまでに7件で基準を上回る賠償額を認める判決が確定しています。

これを受け、審査会は法律の専門家などによる判決の調査・分析や、避難者との意見交換などを経て見直しの議論を進め、20日の会合で賠償の対象を大幅に拡大した新たな指針をとりまとめました。

具体的には、比較的放射線量が高い「帰還困難区域」以外の避難区域でも、地域のコミュニティが壊され、生活基盤が様変わりしたことによる精神的損害を新たに認めました。

これに伴って、避難指示が出された「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」に住んでいた人に250万円、原発から20キロから30キロ圏内の「緊急時避難準備区域」に住んでいた人に50万円を、それぞれ目安として追加で賠償金が支払われることになりました。
また、避難などの指示が出ていないものの、審査会が「自主的避難等対象区域」に指定した23市町村に住んでいた子どもと妊婦以外の人には、1人当たり総額20万円を目安に追加で賠償金が支払われます。

指針の見直しは、2013年12月以来、9年ぶりです。

さらに審査会は、指針が示す賠償額は「上限ではない」と初めて明記し、東京電力に対して、指針で賠償の対象としていない損害についても柔軟に対応をするよう求めています。

新たな指針の具体的な内容

20日に決まった新たな指針の具体的な内容です。

5つの項目で賠償の対象を拡大し、具体的な額も示しています。

【1 ふるさとが変容したことへの賠償】
まず、帰還困難区域以外の避難区域でも、地域のコミュニティが事故により壊され、生活基盤が様変わりしたことに対する精神的損害を新たに認めました。

具体的には、居住制限区域と避難指示解除準備区域に住んでいた人に250万円、緊急時避難準備区域に住んでいた人に50万円をそれぞれ目安に支払うことになりました。

これまでは「生活基盤を失ったことに対する精神的損害」として、福島第一原発のある大熊町と双葉町の全域と、帰還困難区域の住民に、すでに700万円が支払われていますが、対象地域が大きく広がることになります。

【2 自主避難者などへの賠償】
また、審査会が指定した福島県内の23市町村が対象の「自主的避難等対象区域」の住民にも追加の賠償を支払います。

「自主的避難等対象区域」の子どもや妊婦にはすでに1人当たり40万円、子どもと妊婦以外の人には8万円が支払われていますが、今回は、子どもと妊婦以外の人の賠償の対象期間をおよそ8か月間延長し、1人当たり総額20万円となるよう、追加で12万円を目安に支払います。

【3 過酷な避難による精神的損害】
次に、着の身着のまま過酷な避難を強いられたことによる、精神的損害を新たに認めました。

その理由として「これまでの指針では、放射線に関する情報が不足する中での、避難行動自体に伴う苦痛や過酷さは十分に考慮されていなかった」としています。

具体的には、当時、福島第一原発から半径20キロ圏内に住んでいた人に30万円、福島第一原発の半径20キロ圏の外で、福島第二原発の半径8キロから10キロまでの区域に住んでいた人に15万円をそれぞれ追加で支払うとしています。

【4 放射線量の高い地域に滞在したことによる精神的損害】
原発事故から1年間の積算の放射線量が、避難指示の基準となる20ミリシーベルトに達するおそれがある地域に一定の期間滞在した人には、健康不安による精神的損害を認めました。

対象となるのは、飯舘村や葛尾村などの「計画的避難区域」または伊達市や南相馬市などの「特定避難勧奨地点」に住んでいた人で、子どもや妊婦については60万円、それ以外の人については30万円をそれぞれ目安に支払うとしています。

【5 精神的苦痛が大きい人の賠償増額】
通常の避難者に比べて精神的苦痛が大きいとされる人の賠償額を増やしました。

対象となるのは、介護が必要な状態にあった人や、身体または精神の障害があった人、これらの人を介護していた人など、10の条件のいずれかに当てはまる人です。

福島県内の被害者 評価する一方、暮らしが戻らないと嘆く声も

国の審査会がとりまとめた新たな賠償の指針について、福島県内の被害者からは内容を評価する一方で、原発事故前の地域や暮らしが戻らないことを嘆く声が聞かれました。

福島県葛尾村で建築会社を営む松本雄一さん(49)は、自宅があった地域に一時、避難指示が出され「避難指示解除準備区域」に指定されていましたが、今回の見直しで追加の賠償の対象になりました。

原発事故のあと家族で県内各地を転々とする生活が続き、避難指示が解除された現在もふるさとから数十キロ以上離れた避難先の三春町に住みながら、仮の事務所で事業の再建に取り組んでいます。

以前のように地元産の木材を使った建築を売りにできず、かつての顧客だった葛尾村の住民の多くがふるさとを離れたため、厳しい経営状態が続いています。

松本さんは、指針の見直しで新たに賠償の対象となったことについて「ありがたいことですが、葛尾村と三春町の2つの地域でお金がかかるので賠償でもらうお金を安易に使うことはできません」としたうえで「村はお年寄りが多く若者が戻れる環境や働く場所がないと元の環境に戻ったとはいえず、賠償金だけで解決する問題ではないと思います」と話していました。

専門家 見直し評価も “区域内外で格差広がった”

原発事故の賠償に詳しい大阪公立大学の除本理史教授は、今回の指針の見直しについて「遅きに失したとも言えるが、9年間の空白を経て審査会がやっと被害実態に即して指針を見直したこと自体は積極的に評価できる」と述べました。

そのうえで、見直しのポイントの1つだった「生活基盤が様変わりしたことによる精神的損害」については「帰還困難区域以外でも、地域社会が崩壊してしまったことによるさまざまな問題が起きていることが認められたことは評価でき、避難指示が出された3つの区域の格差を縮める効果はあった。ただ、先に避難指示が解除された区域でも、簡単には元どおりの生活が取り戻せないことは明らかで、区域による金額の差ほど被害に大きな違いはないのではという疑問も残る」と指摘しました。

一方で「今回の見直しは、避難指示区域内を中心に増額を認めている性格が非常に強く、それによってそれ以外の区域や、全く賠償が認められていない区域との間の格差がかえって広がってしまったとも言える。今回の取りまとめが最終決定ではないので、今後の課題として、原賠審は引き続き議論を継続してほしい」と話していました。

東京電力 小早川社長「最後の1人まで賠償を丁寧に」

東京電力の小早川社長は、20日午後、国会内で自民・公明両党のそれぞれの「東日本大震災復興加速化本部」で本部長を務める額賀元財務大臣と赤羽前国土交通大臣と会談しました。

このなかで、額賀氏と赤羽氏は、小早川社長に対し、東京電力として新たな指針に基づいて速やかに賠償内容を具体化したうえで、着実に実施するよう申し入れました。

これに対し、小早川社長は「賠償を迅速に行うため、速やかに準備を進めていく。私どもは『中間指針』が賠償の上限とは思ってない。個別具体的な損害があるかぎり、最後の1人まで賠償を丁寧に進めることは大きな責任だ」と述べ、新たな指針に基づいた賠償を速やかに進める考えを示しました。

永岡文科相「迅速で適切な賠償の実施を」

審査会を所管する永岡文部科学大臣は、原発事故に伴う賠償の対象を大幅に拡大する新たな指針がとりまとめられたことを受け、20日、東京電力の小早川社長と面会し「被害者の心情に配慮した誠実な対応に努めることで、迅速かつ適切な賠償の実施を強く要望します」と求めました。

そのうえで、指針で示された賠償額は「上限ではない」とされていることに触れ、賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事情に応じて真摯(しんし)に対応するよう求めました。

これに対し、小早川社長は「速やかに中身を精査してしっかりとできるだけ早く対応できるよう努めます。個別の賠償についても心情に寄り添って対応するよう指導を受けたことを重く受け止めます」と応じました。

国の最低限の基準「中間指針」見直しの背景

福島第一原発の事故のあと、東京電力は国の審査会が定めた「中間指針」という基準に基づいて、対象となる人たちに個別に賠償を行っているほか、被害者が慰謝料に納得できない場合は、国の「原子力損害賠償紛争解決センター」が和解を仲介しています。

東京電力が支払った賠償額は、12月16日時点で10兆5000億円余りに上っています。

しかし、国が最低限の基準とした「中間指針」の存在を根拠に、東京電力がセンターの和解案を拒否する事例が相次ぎ、被害者からは指針の見直しを求める声が上がっていました。

こうした中、ことし3月、事故で避難した人などが各地で起こした、およそ30件の集団訴訟のうち7件について、最高裁判所が中間指針を上回る賠償額を確定したことで、見直しの機運が高まります。

指針を策定する文部科学省の「原子力損害賠償紛争審査会」は、その後、法律の専門家などによる判決の分析や、避難者との意見交換などを行い、指針の見直しが必要かどうかの議論を進めました。

その結果、着の身着のままで避難を強いられた過酷な状況や、避難の長期化でふるさとの生活環境が様変わりしたことなどが、指針を策定した当時は十分に考慮されていなかったとして、11月に指針の見直しが決まりました。