アニサキス症 日本で多い?その理由とは?

アニサキス症 日本で多い?その理由とは?
鮮魚店で買った刺身を食べてアニサキスによる食中毒になった私は、こんな激痛を誰にも経験してほしくないという思いで取材を続けている。

サバやアジなどの魚介類に寄生するアニサキス。
生きたままヒトの体内に入ると、胃や腸などに刺さり、激しい痛みやおう吐を引き起こす。

このアニサキスの世界の症例のほとんどが、実は日本で起きているのをご存じだろうか?

アニサキスをめぐる最新の研究動向を調べてみた。

(ラジオセンター記者 瀬古久美子)

アニサキス症とは

アニサキスの幼虫の長さは2、3センチ、糸くずのようにも見える。

これが生きたままヒトの体内に入ると、胃や腸などに刺さり、激しい痛みやおう吐を引き起こす。

私は鮮魚店で買ったアジの刺身を食べた3日後に経験のない痛みに苦しめられた。

人の体内に入ったアニサキスは1週間ほどで死ぬとはいえ、みぞおちを太い針で何度も刺されているかのようで、まっすぐ立っていることもできない状態だった。

アニサキス症にはアニサキスの種類が関係している!?

このアニサキス症。

日本で診断された人の数は年間2万人と推計されるが、世界の症例のうち95%が日本で起きていると言われている。
これほどまでに日本で多い理由は刺し身や寿司など魚を生のまま食べる食文化が大きな要因の一つ。

ただ、それだけではなく私たちの周囲の海にその理由があることが今回、新たにわかったという。

新たな発見をした国立感染症研究所の杉山広客員研究員に話をうかがった。
国立感染症研究所 杉山広客員研究員
「実はアニサキスといっても、種類があり、体内からアニサキスが見つかった人のおよそ90%から太平洋側の魚介類に多く寄生しているシンプレックス=通称S型のアニサキスが発見されたんです」
アニサキスは種類があり、日本の近海では、
▼太平洋側にシンプレックス=通称S型、
▼日本海側にペグレフィ=通称P型、
そして、
▼アニサキスによる食中毒と同じ症状を引き起こすシュードテラノバが存在している。
写真で見るようにS型とP型は見た目では違いは分からず、ともに白い糸くずのようにも見える一方で、シュードテラノバは茶褐色であることが分かる。
杉山さんは、2018年から2019年にかけて30都道府県の181人から取り除いたアニサキスの幼虫189匹を入手し、DNAのサンプルを抽出してアニサキスの種類を特定した。
その結果、88.9%にあたる168匹がS型だった一方で、P型は5.3%、シュードテラノバは5.8%だったというのだ。

これは何を指し示しているのか。
国立感染症研究所 杉山客員研究員
「アニサキスというのは一般的に内臓に多く寄生していて、魚が死ぬと内臓から筋肉、つまり身の部分に移動します。釣りをする人などには、釣った直後に内臓を取り除くよう呼びかけてきました。ただ、S型というのは魚種によっては魚が生きているうちから身の部分に寄生しているんです。身の部分を生のまま刺し身やおすしなどで食べた結果、アニサキスの食中毒になるおそれがあります」

「今回S型がおよそ90%だったことから日本人が魚をたくさん食べるという理由だけではなく、日本の太平洋側にS型が多いことがアニサキス症の発生につながっていることが裏付けられたといえます」
さらに杉山さんは流通網が発達して太平洋側の魚を全国各地で食べられるようになっていることから、アニサキス症になる人も全国で増加していると指摘している。

一方で、韓国でも生で魚介類を食べる習慣があるためアニサキス症が起きてはいるものの、日本海側でとれた魚介類であることが多いため、日本と比べて発生件数は少ないとしている。
ということは日本海側の魚は安心して食べられるということなのだろうか。
国立感染症研究所 杉山客員研究員
「実はそうでもありません。最近になって日本海側の魚からもS型が発見されるようになりました。海洋環境の変化で回遊する魚が変わったことが原因と考えられています。今後の海洋環境の変化によってはアニサキスの生息地域が変わってくる可能性はあると思います。といってもP型やシュードテラノバでもアニサキス食中毒にはなりますので、やはり注意が必要です」

アニサキスの寄生が少ない魚は?

では、アニサキスの寄生が少ない魚はいるのか、杉山客員研究員にきいたところ、内海にいる魚種はアニサキスの寄生が少ないと言われているということだった。

取材を進めると、実際にブランド魚の「関さば」にアニサキスの寄生率が少ないという研究が発表されていたことが分かった。
大分県沖の豊後水道で1本釣りされる「関さば」は、元々、地元の漁業関係者や料理人の間では、アニサキスの寄生が少ないと言われてきたという。

しかし、科学的なデータがないため、その実態は不明だった。
そこで立ち上がったのが、大分大学の小林隆志教授の研究チームだ。

2014年から2016年にかけて、地元の漁協などの協力を得て、「関さば」74匹、九州西部でとれたさば40匹、そして九州南部の40匹を解剖して寄生するアニサキスをすべて取り出し、それぞれの寄生率について調査をした。

その結果、
▼関さばのアニサキスの寄生率が6.8%だったのに対し、
▼九州西部は75%、
▼九州南部は38%だったというのだ。
大分大学 小林隆志教授
「今回の調査で、関さばのアニサキス寄生率が少ないことが実証されました。ただ、その理由はまだわかりません。ほかの海域の群れとほとんど交わらず、独立している群れのことを『系群』といいますが、関さばも『系群』を形成していると言われています。これは推測の域を出ていませんが、関さばは瀬戸内海を周遊してアニサキスの寄生が少ない独特の『系群』を作っているのではないかと言えます」
では、関さばは生で食べても安全ということなのか。
大分大学 小林隆志教授
「残念ながら『安全』とは言い切れません。実際に寄生率6.8%という低い数値ながらアニサキスは寄生しています。生で食べるときには通常通り注意が必要です」
また、大分県漁業協同組合佐賀関支店は、「もともと寄生率が少ないとはきいていましたが、全国的にアニサキス症が増加する中で、今回実証してもらったことでより安心を得られた」と話している。

生の魚に瞬間的に電気を流してアニサキスを殺虫する技術も開発されたが、本格的な導入はまだ先で、残念ながら生の魚を食べるときには注意しなければならないのが現状のようだ。

アニサキスは、健康診断の際などに無症状のまま胃に刺さっていることが偶然見つかることもある。

こうしたことからアニサキス症は、刺さったことの痛みだけで生ずるのではなく、アレルギー反応もあるのではないかと言われているが、その発症のメカニズムもまだ解明されていない。

アニサキスで苦しむ人が1人でも少なくなるよう、私は、引き続き取材を続けていきたい。

アニサキスに注意するために

魚に脂がのってよりおいしくなる時期だが、生で食べる際には、
▼購入前や調理前には必ずアニサキスがいないかを確認し、見つけたら必ず取り除くこと
▼新鮮な魚を購入し、釣った魚の内臓はすぐ取り除くことを忘れずに
▼塩やわさび、醤油や食酢をかけても通常の量では死なないので注意が必要
ラジオセンター記者
瀬古久美子
2005年入局
ラジオで取材と制作業務を担当
好きな魚はマグロとアジ
好きな食べ方は刺身