“やむを得ず施設内療養を” 通知の波紋

ことし初めに押し寄せた、新型コロナウイルスの第6波。

オミクロン株による感染の急拡大で病床がひっ迫する中、大阪府が高齢者施設などに向けて出したある通知が、波紋を呼びました。

「(入院の)対象に該当しても病床のひっ迫状況などによりやむを得ず施設内療養をお願いする場合があります」

クラスターが起きた府内の施設では、感染した入所者の容体が急変しても入院できなかったケースが出るなど、困難な事態に直面しました。

大阪府ではこのときの教訓をもとに対策が進められてきましたが、第8波が迫るなか、今も残る課題があります。

(大阪放送局記者 北森ひかり ディレクター 横山康博)

“見守るしかできない” 施設の苦悩

第6波のまっただ中のことし1月末。

大阪・守口市にある有料老人ホームで大規模なクラスターが起きました。入所者の1人が発熱したのをきっかけに、感染は40人の入所者のうち、33人にまで広がりました。

この施設には日中に看護師はいたものの、医師は常駐していませんでした。
施設長の蒋和朗さんは、ふだん訪問診療を依頼している診療所に連絡しました。しかし、診療には来てもらえませんでした。

感染した入所者の中には症状が悪化し入院が必要になる人もいましたが、看護師と介護士だけで対応せざるをえませんでした。

入所者の89歳の男性は感染確認から4日後に容体が急変。

救急車を呼び、保健所にも入院を依頼しましたが、受け入れ先は見つかりませんでした。

当時対応した看護師
「かなり危険な状態になったので、救急車を要請をしましたが、なかなか入院先が決まりませんでした。結局2時間がたっても見つからず、そのまま施設に戻ってきたんです。当時は職員にも感染が広がり、症状が治まったら隔離期間中でも出勤しないと対応が追いつかない状況でした」
その後、保健所の連絡を受けて急きょ、往診した医師が新型コロナの治療薬などを投与しました。

その翌日、男性は施設内で息を引き取りました。

施設長の蒋さんは、男性が亡くなったことに無力感があったといいます。

蒋和朗施設長
「保健所に何度も電話をしたり、入所者に声をかけ続けることしかできませんでした。見守ることしかできないのは本当につらい。入院が必要な人がちゃんと入院できるような受け入れ体制を整えてほしいです」

現場を困惑させた大阪府の方針

施設がクラスターの対応に追われていた時期、大阪府は高齢者施設などに対してある通知を出していました。
「(入院の)対象に該当しても病床のひっ迫状況などによりやむを得ず施設内療養をお願いする場合があります」

大阪府は当時、入院の対象を原則65歳以上の高齢者や中等症への移行が懸念される人などとしていました。

それが、このとき、施設の入所者は入院できない場合があるという内容を示したのです。第6波、府内では自宅療養者などが最大で13万5000人を超え、大阪府はその対応に迫られていました。

病床ひっ迫 保健所も苦しい調整

施設からの入院を抑えざるを得なくなった大阪府と、施設との間に立って調整をする各地の保健所は難しい判断を求められました。
大阪府茨木保健所 永井仁美所長
「地域で同時に何十か所もクラスターが起きる中で、入院を急ぐべき人かどうか、その都度考えて対応する必要がありました。施設の入所者は、限られているとはいえ、医師の診療や介護などを受けられるところもあります。一方、ひとり暮らしの高齢者が陽性になってしまい、誰も見守ってくれないというケースもありました。府内で空いているベッドの数は私たちもリアルタイムで把握できているので、入院を申請をしても難しい状況だということは私たちにもわかります。さまざまな状況の患者がいる中で、苦しい調整だったと思います」

医療の協力ある施設でも…

高齢者施設などに急きょ、求められた施設内での療養。

診療所を併設し、医師の協力が得やすい施設であっても対応するのは困難でした。

守口市と別の施設ではことし2月末にクラスターが発生。利用者29人が感染し、入院できないまま2人が亡くなりました。
当時、施設が保健所とやり取りしたときの記録です。

「感染者数が多すぎるため、特養などの施設利用者は入院できない」

施設内の診療所には週に3日は医師がいて、日中は看護師もいました。

保健所からは、感染した入所者の酸素の数値が低下した場合は酸素投与を行うよう連絡がありました。

必要な機器をレンタルでそろえましたが、限られた人員で24時間、酸素の管理などを行うのは難しかったといいます。
副施設長
「医師がいるので一般の診療はある程度できますが、重症者への対応など、専門的な治療を行うのは、介護スタッフが主体の福祉施設では難しいと思います。酸素の機器を扱ったことのないスタッフもいて、医師や看護師が24時間いる医療機関との違いは大きいと思います」

大阪府の調査によると、ことし2月24日の時点で、施設内で療養していた人は全体の9割を占めていました。

第6波、高齢者施設の関連で亡くなった人は94人となっています。(2022年11月時点)

大阪府の見解は

病床のひっ迫により、施設に出された通知。高齢者施設が厳しい事態に直面したことについて、大阪府はどのように受け止めているのか。

府の新型コロナ対応の責任者、健康医療部の藤井睦子部長に問いました。
大阪府健康医療部 藤井睦子部長
「施設にいるすべての感染者に入院をしてもらうことは規模的に困難です。本当に必要な人に入院してもらう運用を行っていたので、その中で、府のスタンスをお示ししたということです。オミクロン株の流行下では基礎疾患がある人や生活支援が必要な人、とりわけ70歳以上の高齢者の感染の割合が多くを占めることになりました。患者の状況から、新型コロナの受け入れ病床に移して治療するよりも、施設内で生活支援を受けていただきながら必要な往診による治療を受けていただくのが適切であろうという考えのもとです」

そのうえで、対応が追いつかなかった施設があったことを重く受け止め、課題解決をはかりたいとしています。

大阪府健康医療部 藤井睦子部長
「施設への往診体制を強化するなど、できるかぎりの支援策を打ってきたつもりですが、個別の施設の対応で、『大変苦しかった。十分に対応できなかった』という声があるのは聞いております。施設の職員にも負担がかかったと思いますし、亡くなられた方や感染された一人ひとりの経過や家族の思いは重く受け止めないといけないと思います。今後は、府としてさらに地道に徹底した支援を継続させていただくと申し上げるしかありません。少し総論的になりますが、高齢化社会では医療と介護は極めて強く連携する必要が本来ある分野だと思います。しかしコロナで施設と医療の連携が十分でないということを再認識したということです。これはコロナ対応だけではなく、今後の高齢社会に向けた大変重要な課題だと考えます」

迫る第8波 支援策は

藤井部長が指摘した施設と医療機関との連携は、今も課題となっています。

大阪府は第6波以降、高齢者施設での治療を支援する取り組みを進めてきましたが、ことし11月の時点で、大阪府内にあるおよそ3600の施設のうち、新型コロナの初期治療ができる体制があるのは2500か所。

全体の3割にあたる残り1100余りの施設では、施設内で治療ができる体制がありません。

そこで大阪府は、施設が新型コロナの治療に対応できない場合に備え、往診のチームを派遣する仕組みを整えていて、こうしたチームは現在、およそ160あります。

さらに、夜間の急変などに対応するため、府内に8つある2次医療圏ごとに24時間体制で往診できる別のチームも配置して備えています。

ただ、感染が急速に拡大し、往診の派遣が追いつかなくなる数のクラスターが起きれば、第6波のときと同じことが起きる懸念があります。

感染した人を重症化させないためには、いかに早く治療できるかが重要です。

第8波が目の前に迫り、再び感染が拡大しかねないなか、医療資源の乏しい高齢者施設にどのように医療を届けるのか。

命を守る体制づくりが求められています。