物価上昇追いつかない賃金 今後は?専門家に聞く【経済コラム】

生活に身近な商品の値上がりの動きが止まりません。しかし賃金の水準は物価上昇には追いつかず、生活の負担感は増すばかりです。一方で連合は来年の春闘で5%程度の賃上げを求める方針を掲げ、経団連も賃金アップを企業に働きかける姿勢を示すなど、賃上げのムードは生まれつつあるようにも感じます。誰もが気になる賃金の動き、この先どうなるのか。今回は11月19日に総合テレビで放送したNHKスペシャル「円安に物価高 どうなる日本 ~専門家たちの集合知で迫る~」で25人の専門家に取材した内容をもとに賃金の先行きについて探っていきます。(経済部記者 加藤ニール NHKスペシャル取材班)

物価の大幅上昇に賃上げは追いつかず

物価上昇に賃金が追いつかないとはどういうことか。

まずは最近の賃金動向を確認します。

下のグラフは、厚生労働省が全国3万余りの事業所を対象に行う「毎月勤労統計調査」。
経済の専門家が今最も注目する統計の1つです。

物価上昇を反映させた「実質賃金」のグラフをみると最新の9月の速報値は、前年同月比で1.3%の減少。

6か月連続のマイナスです。

働く人1人あたりの基本給や残業代などの現金給与総額は27万5787円。

前年同月と比べて2.1%増えていますが、このところの3%を超える物価上昇には賃金の上昇が追いついていない実態が分かります。

賃金は上がるのか 専門家の予測は?

この先、賃金はどうなるのか。

私たち取材班は10月下旬から11月中旬にかけて、金融機関やシンクタンクのエコノミストやアナリスト、大学の教授や元日銀の幹部など総勢25人に賃上げの見通しについて尋ねました。
このうち「1いまの物価上昇ペース以上に賃金が上昇する」と答えたのは1人。

「2いまの物価上昇には届かないが上昇する」が22人。

そして「1と2の両方の可能性がある」は1人です。

一方で「上昇せず」は1人でした。

専門家のほとんどが賃金上昇の動きは起きると予想しましたが、物価の上昇を上回るまでには至らないと見ています。

その理由は何なのか。

十分な賃上げを実現できる企業が業績のよい一部の企業に限られ、中小企業などが大幅な賃上げを行うことは難しいことを理由にあげる専門家もいました。
ピクテ・ジャパン 大槻奈那さん
「大企業の春闘の水準はおおむね物価上昇率程度に合わせると思うが、これは外需企業を中心とした大企業の話で、それ以外の企業は円安のダメージが大きくてなかなかそこまでには至らないのではないか」

また日本経済の成長力の弱さを指摘する声もあります。

野村総合研究所 木内登英さん
「ことしの物価高が反映されるため賃金上昇率は上振れるが、来年1年限りだろう。低賃金は分配の問題でなく成長の問題だ。日本経済の潜在力を高めないと賃金は上がらない」

賃上げ実現のため必要なことは?

それでは賃金を上げるために必要な取り組みとは何か。

専門家の多くが「雇用の流動化」「人への投資」といったキーワードをあげました。

日本では多くの業種で人手不足に陥っていますが、成長分野に人材が円滑にシフトする流れができれば、賃上げを促し、日本経済の成長力を高めることができるというのです。
東短リサーチ 加藤出さん
「雇用市場で転職を活発化させることで、経済全体で給料を出せる企業やよい給料をもらえる人材を増やしていく流れが必要だ。そのためには北欧の国々のように失業保険を手厚くするなどセーフティーネットを整え、大学や専門学校で専門性を高められるような後押しが必要だ。そうすることでより時代にあった成長分野に雇用も移動していく」

賃上げの動きが広がれば、“失われた30年”と呼ばれる状態から日本経済が抜け出すチャンスとなるという専門家の意見もあります。
元日銀理事 早川英男さん
「過去30年近いデフレマインドの中で企業は大規模なリストラもしないが賃上げや投資もしなかった。リスクもとらず積極的な姿勢は失われた。これは縮小均衡だ。物価が上がる中で経営者が賃上げや設備投資に姿勢を転換すれば日本経済にとってもチャンスだ」
慶應義塾大学教授 小林慶一郎さん
「日本企業は国内のマーケットが縮小し、自身の成長にも不安を抱えているので、賃上げや積極的な投資を避けてきた。企業が賃上げをしないから消費者の所得が増えず、マーケットが縮小するという悪循環に陥っている。この30年間、日本ではずっとゼロ金利政策が続き、リスクをとらなくても企業経営が成り立つ”ぬるま湯”の状態が続いてきた。その結果、少子高齢化や社会保障、財政の持続性といった問題への対応も先送りされてきた。こうした問題に向き合い、将来への悲観論を変えなければならない」

まとめ

物価上昇に賃上げが追いつかず経済はこのまま停滞するのか。

賃上げの流れをつくって前向きの循環を生み出し変革のきっかけをつかむのか。

今後の賃上げをめぐる動きは日本経済が持続的に成長できるかどうかを占う試金石となります。

注目予定

来週の注目は日本時間の2日夜に公表されるアメリカの雇用統計です。

アメリカの中央銀行にあたるFRBは、記録的なインフレを抑え込むために異例のペースで金融引き締めを続けていますが、景気減速への警戒感も強まっています。

そうした中、12月の会合でFRBが利上げ幅をどう判断するのか。

それを見極める上で市場関係者の間では雇用統計に関心が集まっています。