制裁下のロシアで日本の中古車が売れるわけ

制裁下のロシアで日本の中古車が売れるわけ
日本からロシアへ中古車の輸出が急増している。

ロシアのプーチン政権がウクライナへ軍事侵攻を始めた後の、ことしの話です。8月、富山県からロシア向けに輸出された日本の中古乗用車の輸出額は、過去最高額を更新。

侵攻を続けるロシアに対し、日本を含め各国が経済制裁を強めるなか、なぜ、そんな状況になっているのか。その疑問から取材を始めました。
(富山放送局記者 橋本真爾・ウラジオストク支局長 高塚奈緒)

にぎわう富山の港

向かったのは、富山県の伏木富山港。
侵攻前から、ロシアに向けた日本の中古車のおよそ半数を輸出してきた一大拠点です。
1970年代、当時のソビエトから輸入していた大量の木材を富山の港で下ろしていましたが、船員が、空で戻るのはもったいないと、中古車を積んで戻ったことが始まりとも言われます。

その後、ロシア側の関税の引き上げで木材貿易が低迷したのに代わって、ロシア極東との貿易の主流となったのが、日本の中古車でした。

ことしの富山県のロシア向け中古乗用車の輸出額の推移を月別に見てみると、軍事侵攻直後の3月は、経済制裁に伴う支払いへの不安などから落ち込みましたが、その後は右肩上がりで増え、8月には193億円と侵攻前の水準を上回ったばかりか過去最高額を更新しました。
日本全体でも8月は303億円と、過去4番目に高い金額です。

輸出は認められているの?

ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアに対して、日本は欧米と足並みをそろえてロシアへの経済制裁を強化しています。
それは軍事用途の品目に限ったことでなく、自動車の輸出も規制しています。

ことし3月、600万円以上の自動車を「ぜいたく品」とみなして輸出禁止に。600万円という金額は、欧米各国と足並みをそろえて設定されました。
6月にはトラックやダンプカーといった貨物自動車やブルドーザーをはじめとする建設機械の輸出も「産業基盤に圧力をかけるため」として、禁止にしました。
一方、600万円を下回る乗用車は、新車、中古車を問わず、禁止対象にはなっていません。

また、ロシアの主要な銀行は貿易などの送金で使われる、SWIFTと呼ばれる国際的な決済ネットワークから締め出されていますが、中古車販売で使われている一部の地方銀行などは、SWIFT規制の対象になっていないということです。

“とにかく忙しい”

業界の状況について、富山県射水市で中古車輸出販売業を営む、パキスタン人のベーラム・ナワブ・アリさんに話を聞きました。
20年以上前からロシア向けを中心に中古車や重機の輸出を手がけていると言います。

富山県の中古車輸出業者のほとんどは、パキスタンとロシアの人たちです。
アリさんは、客の依頼に沿った車を落札しようと、週5日、中古車のオークションのパソコン画面に張り付いています。
取材中も、入札のためにカチカチとボタンを連打する音が鳴り続いていました。

この会社には、いま、ロシアの販売業者から1日200件を超える中古車の買い付け依頼が寄せられています。軍事侵攻の影響で注文が落ち込んだ3月のおよそ6倍。

アリさんのもとには業者からの連絡がひっきりなしに寄せられていて休む暇もないと言います。
アリさん
「中古車販売業者も運送業者も港湾業者もとにかく忙しい。傾向としては、走行距離が少なく、新車に近い状態の車が特に人気になっている。ランクル、ハリヤー、ヴェゼルといった車種だ」
日本では、世界的な半導体不足などで、新車の供給が滞っていることから、中古車への需要が高まり、車両価格が高騰しています。

さらに、市場関係者によりますと、ロシアからの需要の高まりを受けて、平均70万円前後で推移していた中古乗用車1台当たりの価格が、ことし8月にはおよそ144万円と2倍以上に膨らんでいました。

アリさんも、中古車が値上がりし、落札できない場合が増えていると言います。

それでもロシアからの購買意欲に衰えは見られません。

輸出急増の背景には何が?

ロシアでは、何が起きているのか?われわれは、日本海を挟んだロシア極東の中心都市、ウラジオストクで取材しました。

街なかを多くの日本車が行き交うウラジオストク。
地元の販売業者を訪ねると、駐車場には所狭しと並ぶ日本の中古車がありました。
5年前から日本の中古車を専門に扱っているドミトリー・クラタエフスキーさん。

ことし5月の販売台数は、およそ300台。

過去1年間に匹敵する数字だそうです。

クラタエフスキーさんは「市内の同業者はみな同じ状態」だと言います。

制裁下のロシアの姿が浮き彫り…

これほどロシアで日本の中古車が売れる理由。
そこには、ウクライナへの軍事侵攻を受けて欧米や日本から厳しい制裁を科されているロシアが置かれた状況が関係していました。

(1)自動車の供給不足
ロシアに対し、日本や欧米の自動車メーカー各社は、ロシアへの車両や部品の輸出、それにロシア国内での新車の販売事業を停止する措置をとりました。

またロシアには、日本をはじめ各国の自動車メーカーが進出し、現地で生産を行っていましたが、軍事侵攻以降、部品の調達が困難なことなどから相次いで撤退を表明。

日本のメーカーも、トヨタ自動車が現地の工場の閉鎖を決めたほか、マツダもウラジオストクにある工場での生産を終了する方向で協議に入り、10月には日産自動車も撤退を発表しました。

ロシアにも国内の自動車メーカーはあるものの、半導体をはじめとした部品の調達は、制裁や供給網の混乱によって難しく、新車の生産台数は限られ、特にロシア極東では、日本の中古車に注目が集まっているということです。
(2)ロシアの通貨防衛策による、ルーブル高と円安
また日本の中古車輸入の追い風となったのがロシアの通貨、ルーブル高と、急速に進んだ円安です。

各国からの経済制裁を受けて、3月上旬にはルーブルの価格は、それまでの半分の価値にまで急落しました。
しかし、ロシアは通貨防衛策として、政策金利を一時20%に引き上げたほか、ロシア産天然ガスの購入代金を、ルーブルで支払うよう義務づけ。

また天然ガスなどエネルギーの輸出で稼ぎを確保する一方、制裁の影響でロシアは輸入できるモノも量も減っているので、貿易上では黒字が膨らむことになり、ルーブル高となっているのです。

ウラジオストク市内で建設会社を営むセルゲイ・ホフロフさん(30歳)。
ホフロフさんの購入のきっかけも円安・ルーブル高でした。

ことし5月、およそ300万円のSUV=多目的スポーツ車の中古車を買いました。
支払った金額はおよそ150万ルーブル。2年ほど前であれば、およそ200万ルーブル支払う必要がありました。
ホフロフさん
「小さな傷があるが走行にも外観にも全く影響はない。為替レートの動きを見て、購入に踏み切ったが、結果的に正しかった」
(3)資産としての車
もう1点、ロシアでは日本の中古車の「資産価値が高い」ことも背景にあるそうです。
特に社会情勢が不安定になると、資産として現金より車を持つほうが安心だと考える人が多いと言います。

ソビエト崩壊直後の1992年には、インフレ率が2600%になるなど経済危機を幾度となく経験してきたロシアでは市民の間で通貨への信頼は低く、先行きの見通せない現在のような状況では、車や不動産などの資産に換える傾向が今なお根強いのです。
ホフロフさん
「私たちは皆、日本車の良さをよく知っている。世界の通貨に何かがあった時のために人々は、具体的に目で見える形で持っている方が安心だ」
故障しにくいなど品質が良いとして、価値が下がりにくい日本製の中古車が、これまでより安く買うことができるということで、制裁下の不安定な状況で、まさにロシアの市民が求めたものだったのです。

拭えぬ懸念も

ロシア向けの日本の中古車市場は、かつてない活況を呈しています。
一方で、輸出された車がロシアで軍事転用される恐れがあるのではないかとの懸念も拭えません。

これについて、経済産業省の貿易経済協力局は「軍事転用されているというはっきりした情報はない」としたうえで「懸念がないとは言い切れない。今後そうした事実が相当確実なものであるとの情報がある場合には、個別に適宜適切に対応することになる。そうした体制作りはできている」と答えています。

結果としてプーチン政権を利するような制裁の抜け穴となっていないのかなど今後も取材を続けていきたいと思います。
富山放送局記者
橋本真爾
ウラジオストク支局長
高塚奈緒