【解説】円安進む 一時1ドル=150円台 なぜ?状況打開するには

一時、1ドル=150円台まで値下がりして、1990年8月以来およそ32年ぶりの円安水準となった20日の東京外国為替市場の円相場。

歯止めがかからない円安の背景に何があるのか。

マクロ経済が専門の慶応義塾大学経済学部の小林慶一郎教授は、長期的に日本の競争力が低下していることがあると指摘します。

Q.円安がここまで進んだ根本的な原因は?

A.金融緩和を続ける日本と利上げをどんどん進めるアメリカの金融政策の違い、それに伴う日米の金利差の拡大が直接的な要因なのだが、じつは背景には過去20年、30年の日本の低成長のツケがいまになって現れているともいえる。
日本は長いこと経済の低成長が続いていて、その間、諸外国では物価と賃金が上がり、ある程度の成長を実現してきたが、日本はデフレで賃金も上がらず、その結果として日本の労働者のスキルも落ちてしまっていた。

成長の格差によってあらゆる面で「安い国」になってしまったことが、いまになって円安という結果につながっている。

Q.構造的な問題といえるのか?

A.過去30年を見ると、アメリカの物価は2倍以上になっているが、日本の物価はほとんど変わってこなかった。
物価が上がらないので賃金も上げられない、賃金も上がらないので企業は値段を上げられない、その繰り返しだった。

日本経済全体が成長しないとみんなが思ってしまっているので国内への投資が進まず、人的資本も劣化していって生産性が上がらなかった。

この蓄積で日本経済の競争力が弱まり、円安という形で噴き出している。

Q.ことし上半期の貿易赤字も過去最大に

A.これも日本の競争力が低下し、交易条件がどんどん悪化していることの証だ。
日本はいままでは貿易立国だったが、日本の企業はどんどん海外に移り、輸出でも稼げなくなっている。

円安になれば輸出が増えて貿易赤字はそこまで広がらない、もしくは黒字になってもおかしくないが、競争力が弱くなっているので輸出の伸びでまかなえていない。

結果として輸入の赤字分が大きくなり、貿易収支全体が大赤字に陥る構造が定着してしまっている。

Q.この状況を打開するためには?

A.日本企業の国際競争力が弱まったことで輸出で収益を上げていく輸出主導型の経済モデルが徐々に壊れている。
今は海外にある資産からの所得収支でなんとか持ちこたえている状態だ。

日本企業の海外への投資に象徴されるように、日本経済が成熟したことで貿易から投資で生きていく国にシフトしつつある。

今後は投資での稼ぎ方を改善していかないといけない。

Q.大規模な金融緩和継続は先進国で日本だけという特殊な状況

A.短期的には金融緩和によって景気を下支えするのは正しい政策だが、長期的に10年も20年も金利を低く抑えることが経済にとってよいことなのかは経済学でもよくわかっていない。

今までの金融緩和策は危機対応のための政策で平時の政策ではなかったはず。
そもそも異次元の金融緩和を始めたときは2年で2%のインフレを達成するという約束で2年かぎりの政策というイメージで始めたので最初は危機管理政策だった。

金融緩和をあまりにも長く続けすぎたことで、日本の企業は簡単に低い金利で資金を調達できて、リスクをとらなくてもよい環境、いわば「ぬるま湯」に慣れてしまった。

リスクをとらなくても業績はそこまで悪くならないのでイノベーションは起きづらいし、働き手のスキルアップにもつながらない可能性がある。

金融緩和が日本の経済の体力を弱めていたという問題意識で、いまこそ真剣に考えなければいけない時期かもしれない。

Q.ひとたび転換をはかれば痛みを伴うのでは?

A:痛みは確かにあるだろう。しかし、ズルズルと低金利でこのまま「ゆでガエル」状態で低成長を続けるのか、痛みは伴うけれども金利もある程度正常に戻して、経済成長率をなんとか引き上げる道を選ぶのか選択をしてもいいはずだ。

日本経済が長期的に回復していくために、金利が正常化し、徐々に成長率が上がっていくんだという期待をみんなが持って、企業がリスクを取っていくという「好循環」に持っていかなければいけない。

Q.円安を乗り越えるためには日本経済に何が必要か?

A:ドル高がどこかで止まれば円高に振れるかもしれないが、根本的には日本の経済成長率をあげることで円の価値を高めないといけない。
いまはITの時代だ。長く硬直化していた労働者の流動性を高めて新たな分野でのキャリアアップを促し、全体の生産性を上げていくことが不可欠だ。

日本人のスキルアップを通して生産性を上げ、成長率を高めていくことが一番必要だ。

(聞き手・経済部・野上大輔)

エサ代が高騰 廃業する酪農家も

酪農家の間では海外から輸入する牛のエサ代や燃料の高騰が経営を直撃していて、中には廃業するケースも出てきています。
福岡県朝倉市で酪農を営む草場哲治さんは仕入れ値と燃料代の高騰で利益が圧迫されています。

輸入物価を押し上げる円安の進行やウクライナ情勢を受けた食糧やエネルギー価格の高騰で牛のエサに使う、アメリカ産のトウモロコシなど複数の穀物を使った「配合飼料」の仕入れ値はおととしより5割以上上昇し、燃料となる軽油の価格も2割近く上昇しているということです。
九州7県の酪農家らで作る生乳販売の団体は、メーカーに卸す飲料用の生乳の価格を来月から一律で1キロあたり10円、値上げするということですが、外国為替市場では円安が一段と進行しています。

ふくおか県酪農業協同組合によりますと去年1年間に県内で廃業した生産者は9軒でしたが、ことしは半年間ですでに10軒あるということで、酪農の厳しい実態が浮き彫りになっています。
草場さんは「生産者はみな危機感を感じて何とか経営の工夫をしようとしているが、先が見通せず非常に厳しい状況だ」と話しています。

カリフォルニア産メロンも高騰

東京 大田区にある果物の専門商社はアメリカや南米から輸入したぶどうやオレンジなどを扱っています。

中でも夏から秋にかけて輸入するアメリカ カリフォルニア産のメロンは国産と比べて割安だとして人気が高いということです。
ところが会社の主力商品ともいえるこのメロンも逆風にさらされています。

アメリカでの人件費の高騰や干ばつによる収穫の減少でメロンの価格が高騰し、ドル建ての仕入れ価格が20%上昇。

これに急速な円安が追い打ちをかける形となり、円に換算した仕入れ価格は去年より合わせて30%程度も上昇しているということです。

会社は現地の企業と仕入れ価格を交渉した際、1ドル=140円台前半までの円安水準は考慮に入れていましたが、想定を上回る形で円安が進んだことから膨らんだ費用を卸売価格に転嫁できないのではないかと懸念しています。
船昌商事の屋敷竜佑マネージャーは「アメリカでの生産コストの上昇はある程度予測していたが、為替については予想をはるかに超えてしまった。取り引き先とは卸売価格の値上げも相談しているが、小売り価格が上がれば国内の需要が落ち込む可能性もあり、そこが一番難しい」と話していました。

“円安の輸出メリット実感できない”

円安による輸出のメリットは実感できていないといった声もあがっています。

岡山県備前市の工業製品の製造会社ではゴムや塗料などに混ぜて強度をあげることができる「クレー」と呼ばれる製品を製造しています。

原材料となる鉱石の6割を海外から輸入していて、中国やインドネシア、それにインドなどから年間およそ2400トン仕入れています。
会社によりますと輸送費の上昇などに伴う原材料価格の高騰に加えて最近の円安によって仕入れ価格が去年より4割近く値上がりし、月に150万円ほど仕入れ費用が高くなっているということです。

会社ではゴムメーカーや塗料会社、製紙会社など全国の100社以上にクレーを販売していてこの会社のクレーを使った製品は大手企業を通じて海外にも輸出されています。

会社では取り引き先に価格を上げてもらえるよう交渉していますが、値上げを受け入れてくれるところは3割ほどにとどまっています。
山陽クレー工業の瀧本弘治社長は「原材料費の高騰は過去に例を見ない上がり方で経営は厳しく、正直、頭を抱えているのが現状です。円安による利益が還元されないもどかしさも感じていて、輸出を担う大手企業など利益を享受しているところは速やかに価格転嫁などで還元してもらうことをせつにお願いしたいし、国もそういうメッセージを発信してほしいです」と話していました。