“配属ガチャ” ことばが広がる背景は?

“配属ガチャ” ことばが広がる背景は?
「配属ガチャこわい」
「望んでいない部署に配属されて辞めました」

新入社員がどの部署に配属されるかわからない不安な心境を表した「配属ガチャ」ということば。企業で内定式が行われる10月を前にネットで話題になっています。
配属先を聞いて退職したという社員も出る中、取材を進めて行くと企業側の工夫も見えてきました。

(取材:ネットワーク報道部 斉藤直哉 松原圭佑 金澤志江)

“配属ガチャ” 何が当たるかは運次第!?

「配属ガチャ」とは、新入社員がどの部署に配属されるかわからない不安な心境をおもちゃ売り場やスマートフォンなどのソーシャルゲームの「ガチャ」になぞらえたことばです。
入社後の配属に重ねたことばとして、ネットで話題になっています。

SNSには不安や不満

ツイッターをみると内定者や新入社員とみられるアカウントから配属への不安や不満を訴える投稿が多く寄せられています。
「配属ガチャこわい」
「いい会社に入社出来たと思ったけど、配属ガチャで失敗して精神病んだ」
「望んでいない部署に配属されて辞めました」
一方で、前向きに捉える意見も見られました。
「配属ガチャで特に希望していない部署になったけど、学ぶことは無限にある」
「嫌なことを経験しても役立つ時もある」

「会社、辞めた」 入社日に想定外の配属

希望どおりの配属先ではなく、新卒で入った会社を退職した男性もいました。

京都府に住む27歳の男性は、2年前に大学院を卒業し、大手の機械メーカーに就職しました。
大学院で研究したものづくりの知識を生かしたいと技術系の総合職に応募して採用され、新たな製品の設計開発を担当する部署への配属を希望していました。

しかし、4月1日の入社日当日に会社から言い渡されたのは商品の生産を管理する部署への配属でした。
「採用のときに希望する部署にはならないこともあるとは言われていましたが、大学での活動を詳しく聞かれたのに全く関係がない想定外の部署でした。納得は全然できなかったです。いま思い返すと希望を聞いたのは、会社の建て前だったのかなと感じています」
男性はすぐの転職は難しいと考え、配属された部署で経験を積もうとしましたが、社内で情報を集めるうちに希望する部署への異動は前例がなく難しいことが分かりました。入社して半年で地方の工場に長期間の出張を命じられたこともあって転職を決意。ちょうど1年で退職しました。
「第一志望で入った会社だったので希望していた部署に配属されてそれほど忙しくなければ、いまでも働き続けていたと思います。退社にあたっても一緒に仕事をした人が『次の職場でもがんばって』と応援してくれて寂しい気持ちがありました。でも退社した日に工場の近くにある中華料理屋でビールを一杯飲んだらすごい解放感で全部忘れました」
転職の活動では、以前の経験を教訓に面接の時点から職種や働く部署の内容について、先輩社員や上司とコミュニケーションを密に取り、現在は希望だったソフトウェアの研究開発の部署で働いています。
「新卒で就職活動をしているときには自分が頑張ってきた大学院での研究が評価されているだろうという希望的観測を抱いていました。配属がきっかけで、自分が全く想定していなかったいい仕事に出会う確率はゼロではありませんが、同じくらいの確率で自分が嫌な仕事に当たることもあるので、これから就職する人には希望的観測はいったん置いておいて、自分が何が嫌で何がしたいのかを把握しておいたほうがいいと思います。私の“配属ガチャ”は外れだと思っていましたが、それがきっかけで自分がやりたいことが明確になって希望した仕事につけているので、いまになっては当たりだったと考えています」

配属のミスマッチはなぜ?

退職する社員が出るほどの配属のミスマッチはなぜ起きるのか。背景について、就職情報サイト「マイナビ」が探っていました。

新卒採用について調査・分析をしている長谷川洋介研究員は以前よりも学生の配属先へのこだわりが強まっていると指摘します。

主な理由について2つの点を挙げました。
1:インターンシップの浸透。
2:「キャリア自律」意識の高まり。
インターンシップに参加した学生の割合は、およそ10年前には30%程度。
しかし、来春に大学を卒業する予定の学生を対象にした調査では、回答した6000人のうちインターンシップの参加率は80%ほどと大幅に増加しました。
多くの学生が参加している様子がうかがえます。

意識の高まりについては、終身雇用など日本型雇用を見直す動きが出る中で、自分自身のキャリアを主体的に形成し、スキルを磨いていく考え方も広がっているとしたうえで、「入社後にどのような仕事をしたいかを具体的に思い描く学生が増えたのではないか」と分析しています。

さらに10月に内定を受けてからよくとしの春に配属先が決まるまで、半年以上も期間があいてしまいます。

長谷川研究員は、こうした状況が一層学生の不安を募らせ、「配属ガチャ」ということばとして、表面化したのではないかとしています。
マイナビキャリアリサーチラボ 長谷川洋介 研究員
「今の時代は、“就社よりも就職”という考えが浸透し、仕事の内容にこだわりのある学生が増えています。本当にこの会社でいいのだろうかという不安に、はまり込んでしまうと、内定の辞退や早期退職につながりかねません」

“配属ガチャ”起きない採用方法も

せっかく入った会社も「配属ガチャ」によって退職する社員が出る事態。どうすれば避けられるのか。

東京に本社があるIT企業では、採用時に所属する部署まで決める仕組みを導入しています。

10年ほど前から大学などの学校推薦の枠で行っていましたが、やりたいことが明確にある学生に対応しようと、ことしの春に入社した新入社員の採用時から公募の形に広げました。

例えば、コンピューティング技術を勉強してきたことをいかしたいのであればソフトウェアの開発などを行う「未来社会&テクノロジー本部」といった具体的な部署まで決めることができます。

「営業」や「エンジニア」といった、部署よりも広い、職種を採用時に決めるコースと合わせると、全体の40%ほどを占めているといいます。
富士通 人材採用センター 鈴木淑子 マネージャー
「公募にしてからの検証はまだですが、採用時に部署を決めた新入社員は、その後の定着率が高いです。ただ、単純に部署まで決める採用枠を増やせばいいというわけではありません。入社して何をやりたいか決め切れていない学生さんも多いので、採用時の面接や内定から入社までの間で私たち企業側が学生さんが何に対してモチベーションがあるのかということを引き出していく必要があります」

“アルゴリズム”で解決って?

入社後の新入社員に対する取り組みを研究しているところもあります。

人やサービスなどを最適に組み合わせる方法を研究している東京大学の小島武仁教授は、新入社員と、受け入れる部署の双方の希望に近い配属を実現するには「アルゴリズム」の活用が効果的な手段の1つだと考えています。
小島教授は神戸市にある医療用検査機器メーカーと2021年の新卒者の人事配置について共同研究しました。

研究では、新入社員には希望する部署を、各部署には希望する新入社員を、それぞれ順位をつけたうえでリストに記入してもらいます。

それをアルゴリズムにかけるとコンピューターが適した配属先を計算するのです。
社員にあらかじめ機械的に配属先が計算されると伝えることで「本当はAの部署が第1希望。でも、人気が集中しそうなので第2希望のBの部署を上位にしよう」といった希望のゆがみも取り除くことができるといいます。

アルゴリズムを用いた結果、新入社員の満足度を示す指数が導入前より4ポイント高い71%になりました。アンケート調査でも「今の部署から異動を希望しない」という回答が前年比で65%増えたとしています。
東京大学 小島武仁 教授
「100%希望をかなえることはできませんが、新入社員と部署の双方をより希望に近づけることができたのではないかと思います。アルゴリズムを活用した人事配置は海外の企業で事例がありますし、日本でもここ数年で出てきています。コンピューターによる支援で、情報をある意味でうまくつき合わせて、従来、人の手では大変だった部分を計算することができます。こうした仕組みをブラッシュアップしていくことは課題ですが、なぜ人事の配置でこのアルゴリズムを使ったかという部分をしっかりと説明することができれば、活用は広がっていくと思います」

企業は丁寧な説明を

社員の配属は、経営戦略に関わる重要な判断のもとで決定されるため、もちろん“運任せ”にしているわけではありません。

ただ、新入社員の希望どおりになるともかぎりません。

マイナビの長谷川研究員は、配属を決める過程が社員から見てブラックボックスのような形になってしまっていることが課題だと指摘します。

そのうえで、社員と、企業が決める配属のミスマッチを防ぐために新入社員と企業側の双方があらかじめ考えるべきポイントを示してくれました。
<新入社員>
1:自分の配属先の希望を明確にしておく。
2:なぜ希望するのかを深掘りする。
3:企業に自分の希望を伝えたり、配属決定時期を確認する。
<企業>
1:新入社員に配属希望がある際は要望として聞く姿勢を示す。
2:いつごろ配属が決まるのか、現時点での予定・状況を説明する。
3:新入社員の希望に沿っていなくてもその配属になった理由を新入社員の適性と企業側の期待などを踏まえて説明する。
マイナビキャリアリサーチラボ 長谷川洋介 研究員
「新入社員と企業がコミュニケーションを丁寧にしながら、配属が決まるまでの過程について透明性を示し、“配属ガチャ”への不安を解消したり、軽くしたりすることが大切です」
希望通りの配属にならなかった社員がいた場合、企業はどう対応したらよいのでしょうか?
長谷川研究員
「企業は、なぜその配属になったのかをできるだけ説明することが大切です。『あなたのこういう点を評価した。この部署なら必ず活躍できると適正を判断した』などと理由をしっかりと伝える。そうすれば新入社員は、自分が気付いていなかった適性を評価してもらえたことで前向きに受け止めることができると思います」
想定外の部署に配属された場合でも、力を発揮したというケースもよくあります。

「配属ガチャ」。
このことばの広がりが学生側も自分が会社で何をしたいのか、企業側もどんな人材を獲得し、育てていきたいのかを改めて考える機会になりそうです。