旧ポル・ポト政権 唯一存命の元最高幹部に終身刑 カンボジア

1970年代のカンボジアで170万人以上の命を奪ったとされる旧ポル・ポト政権の罪を問う特別法廷が開かれ、唯一存命する元最高幹部に対し、終身刑が言い渡されました。ポル・ポト政権のほかの最高幹部は全員、すでに死亡していることから、特別法廷は設置から16年を経てその役目を終えることになりました。

カンボジアでは1970年代、ポル・ポト政権下の大量虐殺や強制労働によって国民の5分の1を超える170万人以上の命が奪われたとされ、カンボジア政府と国連は16年前、当時の政権幹部らの罪を問う特別法廷を設置しました。

これまでに、5人の元最高幹部らが起訴され、このうち4人はすでに死亡し、元国家幹部会議議長のキュー・サムファン被告が(91)最後の被告となっていました。

特別法廷は2審制で22日、首都プノンペンで開かれた2審では、キュー・サムファン被告に対し、大量虐殺の罪などで最も重い終身刑を言い渡した、1審の判決が支持されました。

これによってキュー・サムファン被告の刑は確定し、特別法廷は設置から16年を経てカンボジアの「負の歴史」を問う役目を終えました。

カンボジアは、人口の3分の2が30歳未満で、ポル・ポト政権が行った虐殺や強制労働への関心が薄れるなか、負の歴史を次の世代にどう継承していくかが大きな課題となっています。

特別法廷の経緯

カンボジアの旧ポル・ポト政権は、内戦を経て1975年に実権を握り、過激な共産主義を掲げました。

資産家や知識人を敵視し、拷問のすえ殺害したほか、都市の市民を農村に強制移住させ、農作業を強要したうえで抵抗すれば虐殺するなど残虐な統治を行い、当時の国民の5分の1を超える170万人以上を死に追いやったとされています。

政権を率いたポル・ポト元首相は1998年に死亡しましたが、政権下の罪を問う機運が国際的に高まり、16年前(2006年)にカンボジア政府と国連は合同で特別法廷を設置しました。

特別法廷では虐殺や拷問で1万人以上が死亡したとされる政治犯収容所の元所長と当時の政権最高幹部4人のあわせて5人が起訴されました。

このうち政治犯収容所のカン・ケ・イウ元所長と、政権のナンバー2だったヌオン・チア元人民代表議会議長は最も重い終身刑が確定しましたが、その後、死亡しました。

また元副首相と元社会問題相はいずれも死亡し、残る元最高幹部は元国家幹部会議議長のキュー・サムファン被告だけとなっていました。
首都プノンペンに住むノーン・チャンファルさんは(53)、9歳の時にポル・ポト政権下で行方不明になった父に会えるとだまされ、母と弟とともに市内のトゥールスレン収容所を訪れたところ、収容されました。

当時のトゥールスレン収容所には主に政治犯が収容され、女性や子どもを含む1万人以上が激しい拷問などで命を奪われたとみられています。

ノーンさんたちはポル・ポト政権の崩壊までおよそ10日間、収容され、その間、母親が看守から殴られたり、蹴られたりする拷問を受け、泣き叫んでいたことを鮮明に覚えているということです。

1979年1月、収容所が解放されたとき、ノーンさんは無事でしたが、両親の行方はわからず、人づてに処刑されたと聞かされました。

ノーンさんは現在、博物館となっている当時のトゥールスレン収容所で語り部として当時の出来事を話し、自身の体験をまとめた本を販売しています。

判決について「家族を失った心の傷は時を経て少しずつ癒えている。元最高幹部らはことばでは表せない残虐な行為を市民にしてきた。本来は死刑になるべきだ」と話していました。