天皇皇后両陛下 エリザベス女王国葬参列 ~皇室と英王室の絆~

天皇皇后両陛下 エリザベス女王国葬参列 ~皇室と英王室の絆~
天皇皇后両陛下は、今月19日、エリザベス女王の国葬に参列されました。

即位後初めての外国訪問で、天皇が葬儀に参列するのは、皇室の慣例からして異例のことです。

両陛下が参列されることになった背景には、第2次世界大戦で敵国どうしだった歴史を乗り越えた、エリザベス女王と3代の天皇との深い絆がありました。
(社会部記者 橋本佳名美)

異例の葬儀参列の理由は

今月19日、エリザベス女王の国葬に参列するため、ウェストミンスター寺院に集まった世界各国の王族や元首たち。

日本からは天皇皇后両陛下が参列し、エリザベス女王との最後の別れを惜しまれました。
天皇が外国の王室や元首の葬儀に参列することは皇室の慣例からして異例のことで、宮内庁によりますと、平成5年(1993年)にベルギーのボードワン国王の国葬に、当時、天皇皇后だった上皇ご夫妻が参列された時だけで、今回が2度目になります。

その理由について、松野官房長官は、今月14日、「英国王室とわが国の皇室とは、かねてから親しい関係にあり、ことにエリザベス女王は、70年にわたる在位の間、昭和天皇、上皇さま、天皇陛下と3代にわたり、交流をされてきた」などと説明しました。

69年前 女王戴冠式に

戦後、イギリス王室との交流のはじまりは、昭和28年(1953年)、ロンドンで行われたエリザベス女王の戴冠式にさかのぼります。

皇太子だった上皇さまは、当時19歳。
昭和天皇の名代として、式に参列されました。
第2次世界大戦の終結からわずか8年の当時、イギリス国内には、日本に対する厳しい国民感情があり、上皇さまの訪問が取りやめになった都市もありました。

しかし、当時27歳だった女王は、一緒に競馬を観戦するなど、上皇さまを温かく迎えました。

側近によりますと、上皇さまは、この時の女王の温かい配慮に深く感謝していて、今でも折に触れて思い出されているといいます。

また、この訪問が、上皇さまにとって国際親善の原点にもなりました。
昭和46年(1971年)には、昭和天皇が、香淳皇后とともにイギリスを訪問します。

昭和天皇にとって、皇太子だった大正10年(1921年)以来、50年ぶりのイギリス訪問で、天皇による外国訪問は、この時の一連の訪問が、歴史上初めてのことでした。

第2次世界大戦を戦った、かつての敵国の天皇訪問に、イギリス国内で抗議の声も上がりました。

訪問中、昭和天皇が、王立植物園で植樹した杉の木が、翌日には切り倒される事件も起きました。
エリザベス女王は、昭和天皇を温かくもてなす一方、昭和天皇を招いた晩さん会では、先の戦争について、次のように触れました。
「わたくしどもは過去が存在しなかったと偽ることはできません。両国民間の関係が常に平和であり友好的であったとは申すことができません。しかしこの経験ゆえにわたくしどもは二度と同じことが起きてはならないと決意を固くするものであります」
関東学院大学の君塚直隆教授によりますと、この訪問で、戦前に昭和天皇に授与され、イギリスとの開戦によって剥奪されていたイギリス最高位の勲章「ガーター勲章」が復活します。

この訪問により、皇室とイギリス王室との関係が本格的に修復しました。

女王初来日 日本中が歓迎

4年後の昭和50年(1975年)、今度はエリザベス女王が、イギリスの君主として初めて、夫のフィリップ殿下とともに日本を訪れました。
皇居の宮中晩さん会で、エリザベス女王は「このたびの私たちの訪日は両国の長い交流の象徴になるでしょう。私は日本とイギリスの人々を結ぶ友情が絶えることなく、さらに強くなることを願い、信じています」などと述べました。
この訪問中、当時皇太子ご夫妻だった上皇ご夫妻は、女王を、赤坂御用地にあるお住まいの東宮御所に招き、いっしょに庭を散策されました。

また、女王は、東京都内でオープンカーに乗ってパレードをしたり、京都や、三重県の伊勢神宮なども訪れたりして、多くの日本の人たちとふれあい、日本中が歓迎ムードに包まれました。

戦争の傷に“深い心の痛み”

戦争の歴史と対立を乗り越えようという、イギリス王室との交流は、平成に入っても続きます。

平成10年(1998年)、上皇さまは、上皇后さまとともに、即位してからは初めてイギリスを訪問されます。

戦後50年を経た当時も、イギリス国内では、先の戦争で旧日本軍の捕虜になった元軍人などから反発する声が上がっていました。

バッキンガム宮殿で開かれた晩さん会で、上皇さまは、あらためて戦争に触れられました。
「戦争により人々の受けた傷を思う時、深い心の痛みを覚えますが、この度の訪問に当たっても、私どもはこうしたことを心にとどめ、滞在の日々を過ごしたいと思っています。両国の間に二度とこのような歴史の刻まれぬことを衷心より願うとともに、このような過去の苦しみを経ながらも、その後計り知れぬ努力をもって、両国の未来の友好のために力を尽くしてこられた人々に、深い敬意と感謝の念を表したく思います」
当時、イギリスの日本大使館の参事官で、その後、5年半にわたって駐英大使を務めた元最高裁判事の林景一さんは、こう振り返ります。
元駐英大使 林景一さん
「訪問当時は、元捕虜らの抗議活動などもあって、歓迎ムードだけではありませんでした。しかし、エリザベス女王の言動からは、皇室とのつながり、ひいては両国のつながりを大切にしようという意思を感じました。そして、上皇ご夫妻も、一つ一つの行事に真心で臨み、友好親善に尽くされていました。イギリスの人たちとの交流を重ねていく中で、そのお姿にイギリス人も感じるものがあったのではないかと思います。訪問を通じて、未来に向けてページがめくられたように感じました」

祝意と感謝 過去の歴史にひと区切り

その後も交流を続けられた上皇ご夫妻とエリザベス女王の親密さを示すことになったのが、平成24年(2012年)に行われた女王の即位60年を祝う行事での出来事でした。

上皇さまは、このおよそ3か月前に心臓のバイパス手術を受けられたばかりで、体調は必ずしも万全ではありませんでした。

しかし、上皇さまは訪問を強く希望されました。
即位60年を祝う昼食会には、ヨーロッパや中東など30か国近い国の王族などが出席しましたが、このなかでエリザベス女王の戴冠式にも参列していたのは、上皇さまと当時のベルギー国王の2人だけでした。

上皇さまは、エリザベス女王の隣の席を用意され、1時間あまりにわたって女王と親しく歓談し、旧交を温められました。

また、この時の訪問で、上皇ご夫妻は、前の年に起きた東日本大震災で日本を支援してくれたイギリスの人たちに直接お礼を述べたいと強く望まれていました。
ご夫妻は、日本大使館に100人あまりを招いて、英語で感謝を伝えられました。

当時、駐英大使として上皇ご夫妻を迎えた林さんは、この時の訪問は、過去の歴史に一つの区切りを付けて、お祝いと感謝の気持ちを伝えるものになったと振り返ります。
元駐英大使 林景一さん
「60年前の戴冠式の時やその後の経緯を踏まえると、この訪問では、上皇さまは、晴れ晴れとしたお気持ちで、祝意を表され、東日本大震災の支援への感謝を伝えられたのだと思います。こうした日本の皇室とイギリス王室の長きにわたる交流が、今日までの両国関係の安定にもつながっているのではないかと思います」

家族のように過ごした日

エリザベス女王との交流は、次の世代、天皇陛下にも引き継がれています。

天皇陛下は、大学院在学中だった昭和58年(1983年)から2年間、イギリスのオックスフォード大学に留学されました。
留学中の体験を記した著書「テムズとともに」では、エリザベス女王からバッキンガム宮殿に招かれ、お茶をともにした時のことをつづられています。
「女王陛下からは、今後の英国での生活についてのお尋ねや日本訪問時のお話などがあり、アンドルー王子からは軍隊生活の話、エドワード王子からは学生生活の話があった。もちろん幾分緊張もしていたが、会話はとても楽しかった。また、英国の『ティー』とはどういうものかと思っていた私には、女王陛下自らがなさって下さる紅茶の淹れ方と、紅茶とともに並ぶサンドイッチやケーキの組み合わせに興味をひかれた」
また、エリザベス女王と夫のフィリップ殿下の招待を受けて、スコットランドのバルモラル城に滞在した際には、女王やその家族と一緒にバーベキューを楽しむなど家族の一員のように過ごされたということです。
天皇陛下は、その後も、3回にわたってイギリスを公式訪問されています。
平成13年(2001年)の訪問では、ウィンザー城で、エリザベス女王に城の中にある図書室を案内してもらったほか、夕食をともにするなどして、交流を深められました。

おととしには、即位後初めての外国訪問として両陛下でのイギリスへの訪問も予定されていました。

エリザベス女王からの招待があったのです。

しかし、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で延期されていました。

女王の思い 次の世代へ

エリザベス女王の死去を受けて、天皇陛下は文書で、お気持ちをあらわされました。
「深い悲しみの気持ちと心よりの哀悼の意を表します。我が国との関係においても、女王陛下は両国の関係を常に温かく見守ってくださり、英王室と皇室の関係にも御心を寄せてくださいました。様々な機会に温かく接していただき、幾多の御配慮をいただいたことに重ねて深く感謝したいと思います」
天皇陛下は、エリザベス女王の国葬前夜(18日)、ロンドンのウェストミンスターホールを訪れ、安置されていた女王のひつぎの前でこれまでの女王の温かい心遣いに感謝し、静かに別れのあいさつをされたということです。

19日の国葬には、皇后さまとともに参列し、70年にわたって日本の皇室との親交を深めた女王に、感謝と哀悼の祈りを捧げられました。
イギリスの政治外交史が専門で、イギリス王室に詳しい、関東学院大学の君塚直隆教授は、戦後の日本との関係を深める意味で、エリザベス女王が果たした役割は大きかったと話しています。
関東学院大学 君塚直隆教授
「皇室とイギリス王室の連綿と続く交流は、第2次世界大戦で敵国となり、途絶えました。しかし、女王は歴史を忘れてはいけないとした上で、日本に手を差し伸べて、戦後の和解についても心を砕きました。上皇さまの戴冠式への出席や昭和天皇のイギリス訪問、そして、女王がイギリスの君主として初めて日本を訪れて、皇室とイギリス王室の関係は再スタートしたので、女王は恩人と言っていいと思います」
そして、今回の両陛下の訪問は、これからの皇室とイギリス王室の交流の歴史にとって、大きな意味を持つといいます。
関東学院大学 君塚直隆教授
「チャールズ新国王は昭和45年(1970年)の大阪万博の際に初めて日本を訪れ、最近では、天皇陛下の即位の礼に出席するなど、たびたび日本を訪れて、皇室とも交流をしてきました。今回、両陛下が国葬に参列され、天皇陛下が国王に直接、弔意を伝えられたことは、これからの交流に向けて評価できます。歴史を踏まえて、新しい時代を築かれていってほしいと思います」
両陛下が帰国した後、側近の1人は「エリザベス女王の招待を受けての訪問はかなわなかったが、両陛下はその気持ちにずっと感謝されていました。今回、両陛下は、強い思いでイギリスを訪問されました。心を込めて女王とお別れをすることができたのではないかと拝察します」と話していました。

戦後、エリザベス女王のもとで育まれてきた皇室とイギリス王室の絆は、次の世代にも引き継がれていきます。

これからの歩みを見つめていきたいと思います。
社会部記者
橋本佳名美
2010年入局
国税、司法担当を経て、現在は宮内庁担当