新型コロナ「全数把握」見直し 「定点把握」検討 なぜ今議論?

厚生労働省は、今月18日に行われた専門家会合のあと、新型コロナウイルスの感染者数を把握する方法について、現在の発生届に基づいた「全数把握」を見直し、定点となる医療機関を指定して、定期的に報告を求める「定点把握」とすることも検討していることを明らかにしました。

新型コロナウイルスの国内での発生から2年半余り。
なぜ今、感染者数の把握の方法を変更しようという議論が行われているのでしょうか。

そして、具体的にどんな方法が検討されているのでしょうか。

“爆発的拡大”の第7波 現場の負担は限界に

新型コロナウイルスの拡大以降、国内では感染者一人一人について、医療機関が「発生届」を作成して保健所に提出し、都道府県などがその数をまとめることで、日々の感染者数が集計・公表されてきました。

検知できる感染者をすべて拾い上げる「全数把握」は、地域ごとの感染状況の実態を細かく掴めるほか、感染者を特定して周囲への拡大を防ぐためにも有効な方法で、2類感染症の結核や、5類感染症のはしかや風疹、梅毒などでも行われています。

しかし、新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大した「第7波」では、日々の感染者数が膨大になり、医療機関や保健所の現場からは、発生届の処理が追いつかなくなるなど、負担が大きくなっているという声が上がっています。
保健所を管轄する都道府県のトップが集まる全国知事会は、現場の負担が大きすぎるとして全数把握の見直しを速やかに行うよう政府に求めたほか、専門家の有志がまとめた提言でも、発生届に基づく全数把握から、新しい把握の方法に切り替える必要性が指摘されました。
厚生労働省の専門家会合の脇田隆字座長は今月18日の記者会見で、発生届に基づく全数把握について「現場にとって非常に大きな負荷になっているうえ、流行規模がかなり大きくなって、精度が低下しているという議論があった」とした一方で「今後の感染の見通しを推定し、対策の在り方を検討するうえでも、全数把握は非常に重要だ。重症化リスクの低い人については入力項目を減らすなど、労力をかけずに全数把握ができるようにするべきという意見もあった。専門家会合の議論の中では、全数把握をやめるべきという議論はなかった」と述べました。

厚労省が新たに検討 「定点把握」とは

全数把握による現場の負担解消を図るため、厚生労働省が新たな感染状況の把握の方法として検討しているのが「定点把握」です。

これは、すべての医療機関対して患者の報告を求める代わりに、全国各地であらかじめ指定した医療機関から定期的に患者数の報告を集めることによって、地域ごとの流行の動向を推定する方法です。

現在も5類感染症の一部、季節性インフルエンザや手足口病、感染性胃腸炎などで行われている方法で、例えば季節性インフルエンザの場合、都道府県が指定した小児科およそ3000か所・内科およそ2000か所の医療機関を“定点”として、週ごとに患者数を集計し、定点当たりの患者数の変動を見て、流行の動向を把握しています。

「全数把握」と「定点把握」 異なる点は

現在行われている、発生届をもとにした全数把握では、感染者の地域ごとの詳細な数だけでなく、患者の現在の症状や基礎疾患の有無なども記録され、保健所による健康観察や、入院の必要性の判断などにも活用されています。

一方で、医療機関が患者一人一人の情報を入力する作業や、保健所での入力内容の確認・修正などの負担が大きくなっています。

定点把握に切り替えた場合、こうした負担は軽減されるとみられるものの、重症化リスクのある患者の拾い上げといった、適切な治療につなげるための情報を把握することが難しくなることも考えられます。
また、これまで全数把握で得られた詳細なデータにもとづいて、数理モデルなどを活用した流行状況の予測や、過去の感染状況と比較した流行規模の分析などが行われてきましたが、データの量や質が変わることで、一時的に分析が困難になる可能性も指摘されています。

政府の分科会メンバーで、国立感染症研究所「感染症情報センター」のセンター長も務めた、川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は、次のように指摘しています。

川崎市健康安全研究所 岡部信彦所長

「現在の発生届に基づく全数把握は、感染動向の把握以外にも、重症化の割合など、変異のたびに変化する病気の特徴を捉えるための情報を集めているほか、入院管理や健康観察など行政的な患者サービスを行うベースにもなっている。定点把握では、こうしたことはできない」
「なので定点把握に移行するとしても、それとは別の枠組みで、病気の特性を詳しく調べるためのサンプリング調査や、患者に必要なサービスを提供するための仕組みは作っておかないといけない」
さらに岡部所長は、新型コロナウイルスの感染拡大の実態を定点把握で正確に推定するうえでの課題として「定点となる医療機関の選び方」を挙げました。
「定点把握では、各地域で定点となる医療機関が地域の状況を代表していることが重要で、基本的にはどこの病院でも診療を受け入れていて、患者が“ばらけている”ことが前提となる。例えばAという医療機関では患者が集中して、Bの医療機関では患者が少ないというのでは、定点の選び方で報告される数が変わってきてしまうためだ。新型コロナウイルスでは特定の医療機関が患者の診療を行っているが、そうした医療機関の数は地域よって異なるため、どこで定点を取るかというのが非常に難しい」
厚生労働省は、流行の状況をできるだけ正確に把握できる新たな方法について、さらに検討を進める方針です。

岡部所長は、感染状況を正確に把握するうえで、可能なかぎり詳しい情報を集めることが必要だとする一方で、医療現場の負担とバランスを取ることが重要だと指摘しています。

川崎市健康安全研究所 岡部信彦所長

「これまでの感染症の把握も、手法の修正を重ねて仕組みが完成してきた。最初から完璧にすることは難しく、100%を求めて検討に時間がかかることは避けなければならない。望ましいのは、今やっている方法と並行して定点把握を行い、集まっているデータが、これまで取れていたものと継続性があるのか検証することだ」
「定点に切り替えることで、どういう情報が引き続きつかめて、逆に何が分からなくなるのか明確にしたうえで、医療現場や保健所でデータを実際に集めて報告する人やデータを分析する人を巻き込んで議論し、現場が対応できる仕組みを作る必要がある」