高校野球 近江“エースで4番”の主将 最後の夏 日本一への決意

夏の全国高校野球は残る4チームによる争い、準決勝が20日に行われます。
注目を集める選手の1人が、第2試合で下関国際と対戦する近江(滋賀)の3年生、山田陽翔主将です。去年の夏もマウンドに上がり、ベスト4、ことし春のセンバツは準優勝、一歩一歩頂点へと近づき、“キャプテン”、“エース”、そして“4番打者”として臨む最後の夏に強い決意で挑んできました。
(甲子園取材班・丸茂寛太)

急きょ出場のセンバツは準優勝も“悔しい大敗”に

近江は、ことしのセンバツ、新型コロナウイルスの影響で出場を辞退した学校に代わって、急きょ大会に出ることになりました。
山田主将にとっても、思わぬ形で訪れた出場機会でしたが、気迫あふれるピッチングでチームを引っ張りました。決勝で大阪桐蔭に敗れはしたものの滋賀県勢初の準優勝に導きました。

それでも山田主将は“達成感”より“悔しさ”の方が大きかったと言います。
(山田陽翔 主将)
「センバツで準優勝させてもらったんですけれども、やはり決勝という大舞台で負け、しかも、滋賀を代表してきているのに大敗(1対18)してしまったので、本当に悔しい思いをしました。このままでは夏に甲子園に出たとしても日本一になれないということを常々思い続けてやってきました」

ノートに書きためた「日本一」への強い思い

山田主将の日本一への思いは自身の“野球ノート”にも記されています。多賀章仁監督の薦めで、書きためてきたノートを特別に見せてもらいました。
▽センバツの決勝で敗れた日
「日本一になるためには、まだはやく何もかもが足りていなかった。夏こそなんとしても日本一になる」

▽チームへの思い
「近江に入った理由は甲子園で優勝したいからだ」

野球に取り組む日々を振り返りながら、自分自身の気持ちと向き合ってきたノート。2年生から書き続け、4冊目に。文章にすることで、気持ちを整理してきました。
(山田 主将)
「自分が一番素直になれる時間というか、そういったことがこのノートと向き合っているときは一番あるのかなって思います」

“最後の夏”へ取り組んだことは

山田主将が最後の夏に向けて、精力的に取り組んだのが毎朝の自主練習です。新型コロナの影響で全体練習の時間が制限されるなか、続けてきました。
自身の成長につなげたいとかねてから目標としていた球速150キロを出すために、握力を鍛えるトレーニングを行ったり、センバツでは納得いく結果を得られなかったバッティングも、課題を克服しようと取り組みました。

(山田 主将)
「朝練習というのは自分の意志でやる練習だと思うので、基本的に自分がほかの選手に投げかけることはしません。自分はキャプテンとして行動で見せる、背中で自分がみせていくことに意味があるのかなと思っています」
そうした山田主将の覚悟は、チームメイトにも伝わり、多くの選手が朝早くからの自主練習に参加するようになりました。

(津田 基 副主将)
「野球の技術に関しては全員がわかっているすごさなんですが、思いや意識の高さといった表に見えない部分も、一野球人として、同い年として尊敬できる存在です」
(2年生 清谷大輔選手)
「尊敬できる先輩です。チームを引っ張る姿勢や練習量が本当にすごい人だと思います」
(多賀章仁 監督)
「もう『かがみ』ですよね。ほかの選手は自分にはまねできないってみんな思っていると思うんですよ。背中で引っ張っているんですよ」

最後の夏 示した成長の跡

山田主将に引っ張られて力をつけてきた近江。スローガンに掲げたのは「一丸」です。
山田主将頼みのチームから脱却することが頂点に立つには不可欠だったためです。
そして、成長の跡は、この夏の甲子園での戦いにもあらわれています。山田主将は春にも劣らぬ気迫あふれるピッチングを見せています。
ストレートは最速148キロ。変化球の鋭さも増しました。

その一方で、相手チームにも研究され、初戦からリードされる試合が続きましたが、チームは動揺せず、いずれも逆転勝ちしてきました。

特に準々決勝では、大会屈指の好打者、浅野翔吾選手を擁する高松商業につかまり、失点を重ねました。それでも打線が、投手の山田主将を支え、終盤に逆転。
さらに右足の太ももの裏がつるアクシデントで山田主将が投げられなくなったあとは、同じ3年生の星野世那投手が、好リリーフを見せ、2大会連続のベスト4進出につなげました。
(山田主将)
「夏の大会が始まってから仲間には助けられてばかりです。僕自身、なかなかチームに貢献することができない中で、本当にみんなの力が日に日に大きくなっていくのを感じています。僕自身もこんなのではだめだなという思いになっているので、次こそはしっかり自分がチームの勝利に貢献できるように頑張りたいなと思います」
甲子園での試合を通じて成長を続けてきた山田主将。
仲間とともに悲願の日本一を目指す戦いが続きます。

(山田主将)
「滋賀県初の全国制覇、日本一を取るということで自分は近江高校に入学させてもらったので、なんとしても最後の夏に滋賀県に優勝旗を持って帰ってきたいと思います」