市川さんと増元さん 北朝鮮拉致44年 家族が一刻も早い救出訴え

市川修一さんと増元るみ子さんが鹿児島県の海岸から北朝鮮に拉致されて12日で44年がたち、2人の家族は鹿児島と東京で被害者の一刻も早い救出を訴えました。

市川修一さんと増元るみ子さんは1978年8月12日、夕日を見に出かけた鹿児島県日置市の海岸から北朝鮮に拉致されました。

拉致問題をめぐっては、北朝鮮が拉致を認めた日朝首脳会談からことし9月で20年になりますが、帰国した5人以外の被害者について進展はないままです。

被害者家族が情報提供呼びかけや署名

北朝鮮に拉致されてから44年がたった12日、鹿児島県の拉致現場近くでは、市川修一さんの兄の健一さんが警察の担当者とチラシを配って情報の提供を呼びかけました。

健一さんは「長い歳月がたつが、せめて私が元気なうちに早く弟に会って『ただいま』という声を聞きたい。被害者が全員帰ってくるまで呼びかけを続けていくので拉致問題のことを忘れないでほしい」と話していました。
また東京の有楽町駅前では、増元るみ子さんの弟の照明さんが被害者の早期救出を求める署名活動を行いました。

照明さんは「『長い』というひと言です。44年前、私も鹿児島で1週間ほど姉の捜索に加わりましたが、暑かったことを覚えていません。それだけ動揺し心が冷えていたのかもしれません。政府は早く被害者を取り戻してほしい」と話していました。