元横綱稀勢の里「けがしたあとの自分になりたい」と語った理由

「もう1回生まれ変わるのであれば、けがをする前より、けがをしたあとの自分になりたい」 

72代横綱 稀勢の里、二所ノ関親方のことばです。新しい部屋を完成させた親方にインタビューする中で、相撲人生を大きく変えた平成29年春場所での大けがについて聞いたところ、この答えが返ってきました。
その背景には、いまどんな力士を育てようとしているのか、という親方の強い思いがありました。
(取材・聞き手 三輪洋雄アナウンサー)

ことし6月、ふるさとの茨城県に新しい部屋を完成させた二所ノ関親方。インタビューをしたのは、新しい部屋への引っ越し直後、力士たちがまだ土俵づくりを行っている最中でした。
新しい二所ノ関部屋は、敷地がおよそ1800坪。稽古するための土俵が2面あるほか、トレーニングルームやミーティングルーム、さらにバスケットボールのゴールも設けられました。

(三輪)
建ったばかりのいい匂いがします。
(二所ノ関)
そうですね。ほんと、こっちに引っ越しして3日、4日ですからね。
(三輪)
いよいよ完成したという感じですけれども、どんな気持ちで入りましたか。
(二所ノ関)
そうですね、理想の相撲部屋になったかなと思いますし、これからよくしたいと思いますし、ものはいいものができたかなと思いますけどね。
(三輪)
いちばんは、どういうことを考えて、こういう部屋を作ろうと思ったんですか。
(二所ノ関)
弟子が強くなることがいちばんですよね。うん、それだけです。他は何も考えてないですよ。だから土俵2面作るのもそうだし、バスケットボールのゴールもね、遊んでもいいと思いますし、鉄棒もあったと思うんですけど、鉄棒にぶら下がるだけでね、体が調整できると思いますし。

2面の土俵に込めた思い

(三輪)
両国からは1時間以上かかる茨城に部屋を構えたのは、どんな思いからですか。
(二所ノ関)
地元なんですよね、ここがね。そこの道路一本挟んで向こうは牛久、使用する駅も「ひたち野うしく」っていう、地元の駅を利用させていただくんですけど。まあ本当に、現役中ね、地元の茨城の方にはたくさん応援していただいて、そういうバックアップがあってね、現役をあれだけやることができて。まあ、優勝した時のね、パレードの景色はいまだに忘れられないものがありまして。
やっぱり茨城でやるということがすごい自分はメリットを感じたんでね。

引退後、二所ノ関親方は、大学院でスポーツビジネスを研究しました。テーマは、相撲部屋の経営。
相撲以外のスポーツクラブの運営についても調べる中で、同じ茨城のチームがヒントになったと言います。それが、Jリーグの鹿島アントラーズでした。

(二所ノ関)
鹿島アントラーズには、サッカー練習場が多数あるんですよね。ジュニアからトップチームまで、みんなそこの練習場で練習するって話を聞いて。そうするとジュニアの子たちはね、トップ選手とやってる、っていう感じになりますし。そしたら、土俵を『2面使おうじゃん』ってことも考えましたよね。
この部屋のある茨城の県南地区が、相撲が盛んじゃないんですよね。少しでもきっかけを作ってあげて、いずれお相撲さんになりたいっていう子どもたちを増やしていくっていうのも、この茨城でやる理想ですから。そういうところで土俵を2面使って、お相撲さんが稽古したところでちっちゃい子たちが稽古すると、『あんな風になりたいな』と思えるようになると、環境としてはいいのかなと思いましたね。
僕も小さいとき、相撲大会に年に1回だけ出てたんですけど、その時、茨城県にある式秀部屋の力士が来たんですけど、その時の力士の名前、いまだにやっぱ覚えてますよ。そのぐらい小さいときの記憶っていうのはあるんですね。
(三輪)
強い力士を育てるためのトレーニング方法だったり、指導方法についても研究されましたよね。
(二所ノ関)
いや、それはね、実はあんまりしていないんですよ。そういうところはいろいろ現役中に、体の仕組みもね、いろいろ勉強しましたし、現役中もたくさんいろんな稽古してきて、いろんなトレーナーに会いましたし、そういうところでいちばん理想のものっていうのがね、自分の中でできて、番付が上に上がったんでね、その精神っていうのを教えてあげたいと思いますし、しっかり考える力のついた、考える力をつけた力士っていうのを育てていきたいと思います。

「考える力」をつける

親方が取材を受ける中でよく出てくることばが、「考える力」です。ときには一瞬で勝負が決まる大相撲の世界。しかし、力士は、さまざまな思考をめぐらせていたのです。親方自身も、体をどう使えば力がでるのか、対戦相手にどう立ち向かうのか、土俵での動きひとつひとつを、現役時代から考えてきました。

(三輪)
考える力をつけさせるのは大事ですか。
(二所ノ関)
まあ言ってみれば…何も勉強しないで、本番で問題とけって言われてもとけないじゃないですか。だからしっかり勉強させて、問題集をしっかりとかせるっていうような。
いきなり答えを追いかけるのではなく、そういうところでしっかりとした問題集をとけるような稽古をしっかりしていかないといけないと思うのでね、やっぱりいきなり答えが出るものではないんですよ。一つ一つやってきて答えって見つかると思うんですけど、そういう力士を育てていきたいということですね。
(三輪)
どんなことを考えられるといいのでしょうか。
(二所ノ関)
相撲って、やっぱり「こうすればこうなる」っていうセオリーがあると思うんですよね。
そのセオリーを、やっぱり考えずに、なんかよくわかんない相撲取ってるっていう力士がものすごく多く感じて。特に序ノ口から見てると、番付が下になればなるほどそういうものがわかってないなというか、順序わかってないなと思うことが多いので。そういうところでね、順序をちゃんと教えてあげるってことと、考えさせるってことですよね。
(三輪)
序ノ口の時からそんな風に考えてました?
(二所ノ関)
いやあ、考えてなかったですね。ほとんどポテンシャルでやってきたんで。でも感性だけでやっていると限界があったんですよね。23歳、24歳ぐらいで、『もう無理だ』と思ったときがありました。その時に、体の使い方と呼吸の取り方、体の中心軸をとる形とね、腰の使い方もそうですし、丹田の作り方、そういうところを考えて取り組んでいったときに、1年後に大関に上がったんですよね。稽古し始めたときに、白鵬の63連勝の時のあの一番ね、連勝を止めた一番がありましたよね。
その時に「これだ、これをやっていれば大丈夫だ」ってところに変わってね。あそこからちょっといろいろシフトチェンジしていったところがありましたね。
(三輪)
親方は、現役時代、自分の考える力っていうのはどんな風に身についたと思いますか。
(二所ノ関)
まあ、よく考えましたよね。やっぱり勝つために考えなきゃいけない。それがやっぱり上に行けば行くほど、若いときは勝った負けたで喜んでたところあったんですけど、大関上がって、それ以上になってくると、「これができたかできなかったか」で変わってくるんですよね。できれば勝てるっていう確信があったんで、そうすると反省もしやすい。これができた、これができなかった…
勝った負けたっていうのはなかなか反省点が見つからないというか、ね、次につながらないところがあったんですけど、そういうところで順序っていうのが、なんていうんでしょうかね、順序をしっかり整えると勝ちに結び付くっていうのが自分でわかってきたときに、星数が安定してくるってことはありましたけどね。
(三輪)
何を考えているんですか?勝つために。
(二所ノ関)
あるんですよ。
僕はシンプルに、立ち合いの時にはこれとこれとこれをやる、3つやる。上がってからどういう体の使い方をする、組んでからどうする、寄るときにどういう寄り方をする、っていうことがそれぞれあるんですよね。それぞれを組み合わせて1つになったときに、やっぱり星ってのが安定してきたんですよね。それができるかできないかだけの15日間でしたね。
だから帰ってきて、できたかできなかったか。じゃあ明日これとこれをやろう。シンプルにシンプルになってくるので、非常に反省もしやすいですし、うん、自分の理想っていうのも見極めやすくなるっていうかね。
(三輪)
私たちが取材をしていて、力士が『まずは立ち合い当たることだ』ってところで取材が終わるケースが多いんですけど、各力士はそのあとにそういう考えがたくさんあるんですね。 
(二所ノ関)
絶対話さないですもん、僕なんて。
(三輪) 
稀勢の里もそうでしたか。
(二所ノ関)
話すわけないですよね(笑)

(三輪)
よく「考えすぎる」っていう表現があるじゃないですか。考えすぎて負けるってことはなかったですか。
(二所ノ関)
考えすぎて負けることなんてないと思いますね。それは、はい。考えすぎてないと思いますよね。僕が見ると。考えすぎて負けるって、考えすぎて体が動かなくなるってことですかね。体が動かなかったことをもっと考えるべきだと思いますし、だから考えすぎるってことはないと思うし、考えすぎていいと思いますね。
(三輪)
もし、「すぎる」と思うのであれば、それはまだ足りていない?
(二所ノ関)
考えすぎて何が起きたか、ということを考えていないですよね。だからそこを考えるってことでしょうね。理想を言うとね。なんで動かなかったか。それをやっぱ分解していくと何かにたどりついてくるんで。なんかそういうことをやるのが好きだったですよね。 
(三輪)
考えるということでいけば、先代の鳴戸親方(59代横綱 隆の里。稀勢の里の入門時の師匠)は、よく「考えろ」と…
(二所ノ関)
言ってましたね、すごかったですね。
(三輪)
すごかったですか。
(二所ノ関)
考えるってことは、稽古をやりつくしたうえで考える、ってことでしたね。稽古場から、その、なんていうんだろう。小手先の勝つ相撲っていうのをやるということは考えじゃなく、勝つということは、馬力をしっかりいかす。小手先で勝ったりとか、はたいて勝ったりとか、ちょっと出し投げ打ったりとか、寄れるとこ寄れなかったりするときには、やっぱものすごい叱られましたし。
若の里関(現 西岩親方)もね、あれだけ四つ相撲ですけど、稽古場では突き押しの稽古をさせられてましたからね、まわしとると怒られてた部分もあったんで。だから、やっぱり、馬力で勝つということは勝つための近道、ということをしっかり考えさせられたというかね。だから、ものすごい馬力をつける稽古をさせられましたね。そのおかげもあると思いますし、あれがなかったらおそらく上で通用してなかったと思いますしね。

「けがをしたあとの自分になりたい」

親方の相撲人生を大きく変えた一番がありました。平成29年春場所13日目の横綱 日馬富士戦です。この取り組みで左胸と左腕に大けがを負います。入門から横綱昇進までの15年の間、稀勢の里の休場はたった1日でしたが、横綱昇進後の2年間で、1場所15日間すべて土俵に立てたのは、わずか2場所。8場所連続での休場を余儀なくされるなど、このけがによって、力を発揮できない場所が続いてしまうことになりました。
(二所ノ関) 
けがをしたあとの処理、というか、アプロ―チのしかたには悔いが残ってましたよね。だからもう1回生まれ変わるのであれば、けがをする前より、けがをしたあとの自分になりたい。それはやっぱり、あの時できなかったようなことをやってみたいなと思いますし、あのとき僕は間違っていたのかなと思いますし。けがをしたあとに立ち直ることができなかったんで、だったらけがしない力士作ったほうが楽でしょ、って思ったんでね。そういうところでけがしない力士を育てたい、ってことをまずひとつ考えましたね。
やっぱりけがをしたら元の自分に戻れないって、ものすごくわかりましたし、あれだけ昔のような相撲がとれないってことは、もう、けがをして、2か月ぐらいは、もう無理なのかなって思ったことは何度もありましたし。そういうところでね、弟子たちにこれだけ基礎運動をさせてるってことは、つまんないことやらせてるってことは、けがさせない、ってことがまずひとつ。

去年8月に師匠として独立して以降、二所ノ関親方は「しこ」や「すり足」などの基礎運動を中心に弟子たちに指導しています。
(二所ノ関)
体作りと基礎運動の繰り返しですね。ですから、けがしない、土台がしっかりした力士っていうのを育てて、そして今じゃなく、先に開花できるような、ずっと長く関取やれるような、そんな力士を育てていきたいなと思いますけどね。
(三輪)
親方のいろんな話を聞いていると、目新しい取り組みも目立ちますが、根底には、昔からの『これだ』というものがあるんですか?
(二所ノ関)
ほんとに、先人の方が築き上げてきた基礎運動、そういうものが僕は最新の科学だと思ってますので、それが力士の体作りにはいちばん理想だと思うんですね。それをまずひとつ持った上の、いろんなトレーニングだと思うんです。
基礎運動がウェイトトレーニング的になってきて、体のアプローチのしかたが昔の力士と変わってきてるんですよね。それが今、僕は理想じゃないと思ってるんで。昔ながらやってきたような、「しこ」だったりとか「てっぽう」だったりとか、「すり足」があるんですね。そういうものを、いま勉強しながら。僕もそういうふうな「しこ」を踏んだりとか「腰割り」をしているってことがあったんで、そこは教えていってますね。
とにかくまっすぐ体をおこして中心軸を立てる、ってことが相撲にはいちばん必要なんですね。それがちょっと曲がってしまったりとか、体が曲がってると筋肉のつき方変わってくるんですよね。スクワットは体曲げたりとかやるんですけど、そうすると違う、僕らのほしいところになかなかその筋肉がついてこないんですよね。そういうところで形をしっかり、「しこ」もそうですし、「腰割り」「すり足」のしかたもそうですね。
(三輪)
それはもう、頭で知るというより体でわかっていく、ということでしょうか。
(二所ノ関)
そういうことです。やっぱり、最初はきついですよね、ひいひい言ってますし。しっかり基礎運動をやるっていう時間を1時間以上取って、僕も朝、いちから見てね、稽古場におりてね、体の使い方っていうのを教えながらやってますね。
そこだけで僕はいいと思うんです。そこがまずないと強くならないんで。だからもう若い力士なんてほとんど相撲取らせてないですよ。しっかり鍛えさせるってことは大事ですね。
親方が弟子を育てる上で大事にしていることがもう1つあります。馬力です。馬力とは、大相撲の世界で、相手を押して前に出ていく圧力のことを指します。相撲を取るうえで欠かせない力だと親方は考えています。

(二所ノ関)
馬力がない上位力士はいないですからね。馬力がない力士こそ、僕はよく寝られましたね。馬力がない力士と次の日戦うとすごい楽、考えがすぐまとまるっていうか。なんか安心感があるというか。
でも、ちょっと馬力あるぞと。例えば「北勝富士がくるぞ」とか、「日馬富士くるぞ」とか。「もしかしたらもっていかれるんじゃないか」、「千代大龍くるぞ」とか、やっぱりちょっと寝つき悪くなるんですよね。そんだけ怖いんですよね、馬力のある力士って。まずこれを作るということが、考えが至るというか、もう、相手に考えさせられて寝つき悪くするっていうのはね、馬力あるってことなので。
これを作るっていうのは、若いうちしかできないからね、そこって。いきなり27歳、28歳で馬力鍛えようと思ってもなかなか鍛えられないんで、若いときからやり続けていかないと。
単純そうに見えて結構難しいですよね。それを自分は十分わかってたんで、それを鍛えさせてあげたいなと。とにかく押す稽古。とにかく前に持っていく稽古っていうね、そういう風にやろうとしていますね。

「本物の力士」を育てたい

「この地から強い力士を出して、将来的には横綱、大関を輩出するのが私の夢ですから、それに向かって一生懸命、努力、精進していきたい」
ことし6月5日の部屋開きで、二所ノ関親方は、こう目標を語りました。しかし、まだまだ試行錯誤の途中。自分が現役時代に身につけてきたことが正しいかどうかは、弟子が強くなることでしか確かめられないと言います。

(二所ノ関)
思いどおりいかないですよね。なかなかこう。稽古場で調子がいい子が負け越したりとか、悪かった子がいきなり強くなったりとか、そういうところで、何がいいのか悪いのかっていうのはこれから、試し試しやってる感じですけど。
これをやっぱり、結果残すってことが、自分のやり方が間違ってなかったなって思えることしかないですよね。弟子たちが強くなるってことが、僕の中の『正しかった』っていうような思いですよね。僕がそういう風にして上がってきたってことが、ひとつの確信というか自信というか、そういうことじゃないですかね。
そこを早く理解してほしい。なぜこんなことやってるのかってことを理解して、自分の体を早くわかってほしいなと。そうするともっともっとね、上まで行ってくれるのかなと思いますね。
(三輪)
親方が、これから先も大相撲の力士として弟子たちに持ち続けてほしいのは、どんな気持ちですか。
(二所ノ関)
常にやっぱりこう、上を目指すということがまずひとつだと思いますし、よけいなリップサービスしたからって別に人気出るわけじゃないし。お客さんっていうのは、本物の相撲の力士が見たいんですよね。しかもやっぱり、特に相撲ファンの人の目っていうのは、目が肥えてますから。もうちゃんとした相撲取れば大きな拍手がありますし、ちゃんとした生きざまをもって相撲取ればね、やっぱりものすごい拍手があるんですよね。でもなんかこう、とんでもない相撲取ると、たまにはブーイング起きたりとか、しーんとしたりすることもあると思いますし。そういうところでね、しっかりとした生きざま、そういうね。もう土俵で語れ、とね。土俵の中でパフォーマンスしっかりできる力士を育てていきたいと思いますし、そういう力士が僕の理想だと思いますね。