ガダルカナル島の戦いから80年 日本政府主催の慰霊式

太平洋戦争で2万人以上の犠牲者が出た南太平洋のガダルカナル島の戦いからことしで80年となり7日、日本政府主催の慰霊式が現地で行われました。

南太平洋のソロモン諸島にあるガダルカナル島では、太平洋戦争中の1942年8月、旧日本軍とアメリカなどの連合軍の間で激しい戦闘が始まり、およそ半年間で合わせて2万人以上が犠牲になりました。

この戦いからことしで80年になるのに合わせ島では7日、日本やソロモン諸島の政府関係者のほか、自衛隊やアメリカ軍などからおよそ200人が参列して、日本政府主催の慰霊式が行われました。
この中で鬼木防衛副大臣は「苛烈を極めた戦いの中で、数多くの尊い命が奪われた。戦争の惨禍を二度と繰り返すことなく、平和で心豊かに暮らせる世の中を実現する不断の努力を重ねていくことを誓う」と述べました。

このあと参列者たちは、戦没者を追悼するために建てられたモニュメントに花で作られたリースを手向けていました。
ガダルカナル島に住む50代の日本人の男性は「厳粛な気持ちになった。戦争を繰り返してはならず、将来に向けて平和を追求していくべきと心を新たにした」と話していました。

今回の慰霊式には遺族や旧日本軍の関係者でつくる団体も参列を検討していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響などで見合わせたということです。

ガダルカナル島の戦い

ガダルカナル島は、日本から南におよそ5500キロ離れたソロモン諸島にある最大の島で、アメリカとオーストラリアを結ぶ線上にあります。

1941年12月に開戦した太平洋戦争で旧日本軍は、両国の連携を阻む戦略的な要衝として飛行場を設営しましたが、1942年8月にアメリカなどの連合軍が島に上陸し、飛行場は占領されてしまいます。

奪還を図るため、旧日本軍は何度も部隊を送り込みましたが、いずれも撃退され、戦死者が増えていきました。

食料の補給もほとんどなかったことから、餓死したりマラリアに感染して死亡したりする人も後を絶たず、島を退却するまでのおよそ半年間で死亡した人は、合わせて2万人以上に上りました。

ガダルカナル島の戦いは、太平洋戦争において旧日本軍が陸上戦闘で大敗した初めての戦いで、日本が敗戦に向かう転換点の1つとされています。

一方、アメリカ軍などにも多くの死者が出て、ガダルカナル島ではこれまでも各国が慰霊の式典を開いています。