ゼロコロナが裏目に 急ブレーキの中国経済 ほころびの現場

ゼロコロナが裏目に 急ブレーキの中国経済 ほころびの現場
「日常に戻った気もするけどまだ安心できない」
7月、上海市民から聞かれた声です。新型コロナウイルスの感染対策として上海市を中心に2か月余りにわたってとられた厳しい外出制限は6月1日に解除。その後、経済は順調に回復するのかと思いきや、景気減速が続いていることを示すサインが次々と表れています。上海のような厳しい感染対策「ゼロコロナ」政策。2年前の武漢の都市封鎖後、“1人勝ち”と言われるほどの中国経済のV字回復につながりましたが、今は逆に裏目に出ているようです。ほころびの現場を追いました。(中国総局記者 伊賀亮人 広州支局記者 高島浩)

中国政府は強気崩さず

7月15日、中国政府はことし4月から6月までのGDP=国内総生産の伸び率を発表。
新型コロナ対策として上海で厳しい外出制限がとられた影響などを受けて去年の同じ時期と比べてプラス0.4%、実質的なゼロ成長となりました。

しかし、中国当局はこれはあくまで新型コロナの影響、7月以降の経済は回復していると、強気の姿勢を崩していません。
国家統計局報道官
「中国経済は強じん性と潜在力の大きさから長期的にいい方向に向かっているということに変わりはない」

7月以降のホントの景気は?

実際、中国の経済はどうなっているのか。さまざまな角度から取材を行いました。
最初に訪れたのは北京市内にある古民家を改修した長期滞在者向けの宿泊施設です。

北京では、4月に感染が広がると、飲食店の店内飲食は5月から約1か月禁止されたほか、北京への移動も極力控えるよう各地の当局が規制しました。この宿泊施設では4月と5月、客はゼロになりました。

こうした規制は6月以降は徐々に緩和され、感染拡大もほぼ収まっているにもかかわらず、8月以降の予約が入らないのです。
董さん
「感染が広がると人の流れが止まってしまう。そうなると予約が全く入らなくなってしまうんです」
董雪さんは一部の都市で再び感染が拡大していることでいつまた対策が強化されるか不透明なため移動を控える動きにつながっていると見ています。

宿泊施設の経営では家賃や人件費などで月に200万円近くの維持費がかかり、このままでは経営が成り立たなくなると感じています。
董さん
「お金が出ていくだけなので経営は厳しさを増していて、新型コロナが続くうちは今後の見通しが立たない状況です」

隔離が怖く、旅行には二の足?

今後、旅行などの需要は回復に向かうという予測も出ていますが、どこまで力強い回復となるかはまだ見通せません。

背景にあるのはやはり厳しい「ゼロコロナ政策」に対する懸念です。

仮に地方に家族で旅行に行ったり仕事で出張に行ったりして、そこで感染が確認されると、自分とは関係なくても一定期間、飛行機に乗れずに自宅がある都市に戻ってこれなくなる可能性があるからです。そうなると仕事や学校など大きな影響も及びます。

さらに地方ごとに感染対策がまちまちで、飛行機に乗れない期間もはっきりしないことも多く、その間の宿泊費なども自費となります。

実際、340万人が住む北京市中心部の朝陽区では7月下旬に感染者が1人確認されると、その人の自宅周辺が高リスク地区に指定されました。
そうなると高リスク地区に住んでいなくても同じ朝陽区に住んでいる人が出張や旅行をする場合、行き先で1週間、隔離を求められる可能性があります。

こうした対策から旅行を自粛する人も少なくないとみられ、「ゼロコロナ」政策の下では1人の感染が数百万人の行動を制約する可能性があると言われているのです。

節約志向強まる

こうした行動規制は消費者の心理に爪痕を残しているとみられています。

中央銀行である中国人民銀行が、ことし4月から6月に行ったアンケート調査では、お金の使い方として58.3%の人が「貯蓄を増やす」と回答しました。
統計が確認できる2013年以降で最も高い水準で、消費者の節約志向が強まっていることがうかがえます。

実際、上海市民からは「お金があったとしても消費しようと思えない。気持ちに余裕がない」といった声が聞かれました。

製造業への影響もくすぶる

先行きに不安を抱えているのは企業も同じです。

広東省広州で自動車のエンジンに使われるバネなどを生産している日系部品メーカーを訪ねました。
取引先が上海の外出制限の影響で一時、操業を停止したことからこのメーカーでも生産の大幅な縮小に追い込まれたのです。

6月以降、生産は再開していますが、ようやく外出制限前の稼働率に戻ったのは7月後半で、そこに今度は世界的な半導体不足の影響で不透明感が増していると言います。
コストの増加にも悩まされています。

原材料の輸入で主に海運を利用していますが、世界的なコロナ禍からの回復による物流需要の増加で、輸送が予定どおりに進まないこともあります。

一部の取引先が生産を急回復させ、納期に間に合わせるため原材料の輸入を割高な空輸に切り替えるケースがあり、コスト高につながっています。

こうした状況に追加の設備投資などには慎重にならざるをえないと言います。
藤野社長
「上海のロックダウンで顧客の売り上げが落ちてしまい、非常に苦労している。物流の混乱がいったいいつまで続くのか見通しがつかないところが頭が痛いです」

製造業の経済指標も減速

こうしたメーカーの慎重姿勢は統計にも表れています。

中国国家統計局が製造業3200社を対象に調査している7月の製造業PMI=購買担当者景況感指数は、景気判断の節目となる「50」を2か月ぶりに下回って49.0となりました。

PMIは景気動向を占う先行指標とされていますが、中国政府が「回復に向かっている」と強調する中国経済の減速傾向がここからも見て取れます。

“就職氷河期”に突入?

そして、次なるリスクとして懸念する声が出ているのは「若い世代の雇用」です。

6月の16歳から24歳までの失業率は19.3%と、統計が公表されている2018年1月以降で最悪の水準でした。もともとこの世代の失業率は10%を超える水準が続いてきましたが、ことしはさらに上昇が続いています。

景気減速で経営が圧迫されている企業が採用枠を絞っていることなどが要因です。
6月下旬、広東省広州にある大学で開かれた100社余りの企業が参加する就職面接会にはまもなく卒業する大学4年生たちが多く集まっていました。
参加者の1人で経営学専攻の22歳の女性は金融業界への就職を目指していましたが、内定が得られていなかったため、この日の面接会では他の業種にも広げ10社の面接を受けました。しかし、結局、卒業後も就職先は決まらず、この女性は今後、実家に戻り就職活動を続けると話しています。
景気減速で学生の安定志向が強まって国有企業や大企業、公務員に人気が集まっていることで競争率も高くなり、さらに就職が難しくなっているとみられます。

大学や大学院などを卒業する人はことし過去最多の1000万人余りに上ると見られる中で“就職氷河期”に入るとも指摘されている状況に、社会を支える若者の意欲の低下や社会不安につながるという懸念も出ています。
女子学生
「就職を取り巻く環境は10年前と比べて非常に悪いと思う。今後も就職活動を続けたいけど、秋からは企業側が来年の卒業生を重視するのでより難しくなる」

沈む不動産市場

もう1つ、中国経済にとっての大きな不安材料が、関連産業も含めるとGDPの4分1を占めるとも試算されている不動産市場の動向です。

1月から6月までの全国の不動産の販売額は感染拡大の影響を受けて前年同期比でマイナス28.9%と大幅に悪化しました。
そして今、「恒大グループ」をはじめとした不動産業者の資金繰りが悪化していることなどでマンション建設の中断や遅れが発生し全国で問題になっています。

これに対して、物件を購入した人が、業者に工事を進めるよう求めて住宅ローンを返済しないと通知する動きが広がっています。

民間のシンクタンクによると、こうした動きは7月16日の時点で70以上の都市のおよそ200の物件に上ります。
建設が進んでいない物件に対するローンについて、金融機関は、わずかだなどと相次いで発表。

7月下旬に開かれた、ことし後半の経済運営に関する共産党指導部の会議でも、物件の引き渡しが進むよう取り組むと強調し、火消しに躍起になっていることがうかがえます。

しかし、実際に返済拒否の動きが広がれば金融機関が抱える不良債権が増加し、信用不安につながりかねない上、市況の冷え込みのさらなる長期化は不動産への依存が高い中国経済の停滞につながる可能性があります。

中国の不動産市場についてはIMF=国際通貨基金も7月、「危機が深刻化している」と景気回復を遅らせるリスクだと指摘しています。

世界経済のリスクに?

先月下旬の共産党指導部による会議では、中国政府がことしの目標として掲げる5.5%前後という経済成長率に言及がなく、達成が難しいということを事実上認めたという見方が広がっています。中国で成長率の目標が達成されなければ極めて異例の事態です。

「ゼロコロナ」政策は医療体制のぜい弱な中国では必要だという指摘もある一方、経済の観点からはみずからの首をしめる形となっているのです。
濃厚接触者の隔離期間を短縮するなど、これまでと比べて中国政府も厳しい対策を修正する姿勢を示唆してはいますが、大きく方針転換する姿勢は示していません。

世界的な景気後退への懸念も強まってきている中、本来であれば中国経済がけん引役となることが期待される局面でもあります。

それだけに中国が経済と感染対策のバランスをどう図るかが、日本、そして世界経済にも大きな影響を与えることは間違いなさそうです。
中国総局記者
伊賀 亮人
仙台局 沖縄局 経済部などを経て現所属
広州支局長
高島 浩
新潟局 国際部 政治部を経て現所属