熱海 土石流発生から1年 追悼式「今も死を受け止められず」

静岡県熱海市で大規模な土石流が発生してから3日で1年です。災害関連死も含めて27人が犠牲となった伊豆山地区で追悼式が行われ、参列した遺族などが祈りをささげました。

去年7月3日、熱海市伊豆山地区で発生した大規模な土石流の被害では、災害関連死も含めて27人が犠牲となり、いまも太田和子さんの行方が分かっていません。

土石流の発生から3日で1年となるのに合わせて、熱海市は午前9時から伊豆山地区にある伊豆山小学校の体育館で追悼式を行いました。

会場には犠牲者の遺族などおよそ80人が参列し、全員で黙とうして亡くなった人たちを悼みました。

はじめに、熱海市の斉藤栄市長が「大切なご家族を亡くされた皆様のお気持ちを思うと、哀惜の念に耐えません。災害の経験や教訓を後世に伝え、被災された皆様が1日も早く安心して生活できるよう復旧・復興に全力をあげて取り組んでまいります」と式辞を述べました。

続いて、静岡県の川勝知事が「亡くなった方の無念さと最愛の家族や親族、大切な友人を亡くされた方々の深い悲しみを思うと、悲痛の念に耐えません。被災者の生活再建、伊豆山地区の復興に全力で取り組むとともにこのような痛ましい災害が二度と起こらないように県をあげて命を守る取り組みを推進してまいります」と述べました。

このあと、参列者は献花台に白い菊の花を手向けて犠牲者に祈りをささげていました。

土石流で長女の西澤友紀さん(当時44歳)を亡くした小磯洋子さんは「娘への思いは1年前と何も変わりません。1年がたった今も娘の死を受け止められません」と涙ながらに話しました。

また、一緒に暮らしていた母親のチヨセさん(当時82歳)を亡くした鈴木仁史さんは「母はひどい目に遭ってしまいましたが、今は苦しみのないところにいることを願って手を合わせました。熱海市には、責任を取るべきところは取ってほしい」と話していました。

一般の献花は3日午後3時まで伊豆山小学校の体育館で行われます。

現場近くの寺に献花台を設置

土石流の被害を受けた現場近くの寺に設置された献花台には、ときおり小雨が降る中、朝早くから地域の人たちが訪れました。

熱海市の伊豆山地区に住む60代の女性は「きょうで1年がたち、胸が詰まる思いです。亡くなった方の顔を思い出すと複雑な気持ちで、残された家族が気の毒で切ないです。一方で、1年はあっという間に過ぎましたが、地域の復興は何も進んでいないと思います。行政に対して自分たちの声が伝わっていないと感じます」と話していました。

また、土石流でいとこの家族3人を亡くした60代の女性は「当日、いとこといちばん最後に電話をしたのが私だったので、助けられなかったのが1年がたっても悔しいです。土石流なんて思ってもいませんでした。1年がたって心が安らぐことはなく、怒りがわいてきます。きょうはサイレンが鳴ったらいとこの事を思って拝みます」と話していました。

「被害者の会」会長の瀬下雄史さん「気持ちの整理つかず」

静岡県熱海市で起きた土石流の「被害者の会」の会長で、亡くなった瀬下陽子さんの長男の瀬下雄史さん(54)は土石流が発生した時間にあわせて伊豆山地区の陽子さんの自宅があった場所を訪れました。

そして、1年前の7月3日、最初の通報があった午前10時28分にサイレンが鳴ると、土砂が流れ下った海の方を見つめ、静かに目を閉じて手を合わせ母親の死を悼んでいました。

瀬下さんは「1年前に母が受けた苦痛を想像しながら手を合わせました。もう1年なのか、まだ1年なのか、気持ちの整理はついていません。ただ、今後も裁判などで戦いは続くので、これからの1年、またしっかりたたかっていこうと決意しました」と話していました。

警察や海上保安部などが今も行方不明の女性を捜索

また警察や海上保安部などは土石流が流れ込んだ港付近を中心に、いまも行方がわからない太田和子さんの捜索を行っています。

土石流が川を下って流れ込んだ伊豆山港には、警察や海上保安部、それに地元のダイバーなどおよそ200人が集まり、住宅が流された現場に向かって黙とうをささげたあと、港付近を中心に捜索を始めました。

警察や海上保安部などは合わせて5隻の船を出して沖合を捜索する一方、潜水士15人らが海の中に潜って海底付近を捜しています。

静岡県警察本部の山本和毅本部長は「ご家族や地域の方々の思いを改めて胸に刻み、必ず見つけ出すという決意を新たに最後の1人を家族に返すその日まで力を尽くしていく」と話していました。