NTT “勤務場所=自宅” 覆る働き方の常識

NTT “勤務場所=自宅” 覆る働き方の常識
「テレワークの制度はあるけど、うちの会社、この先も続けるのか、やめるのか、はっきりしないんだよな-」という人も多いのではないでしょうか。

そんな中、NTTが、一石を投じました。
導入するのは『通勤』という考え方をなくす大胆な在宅勤務のルール。
社会人には避けられない『転勤』もなくしていくといいます。

働き方の「当たり前」が変わろうとしています。

(経済部・岡谷宏基、早川沙希)

勤務場所は自宅、出社は出張扱い

6月24日。NTTがニッポンの働き方に一石を投じる大胆な制度を導入すると発表しました。タイトルは「リモートワークを基本とする新たな働き方の導入について」。

NTTは今でもテレワークを制度化していますが、これに「リモートワークスタンダード」という新ルールを追加する、という内容です。

この新ルール。従来の働き方の概念をひっくり返すような驚きの内容となっています。
要するに、この新ルールの適用を受けたNTTの従業員は…
・オフィスは自宅 全国どこに住んでもいい。
・テレワークでの勤務が基本なので、いちいちテレワークをする際の申請は不要。
・会社に行く=つまり出社は「出張」扱いとなり、旅費や手当が支給される。
・飛行機を使って会社に行ってもOK 旅費に一律の上限はなし。
新ルールにもはや「通勤」という概念はありません。このルールで、NTTは転勤や単身赴任を伴わない働き方を拡大していくとしています。

これまでの「会社ー自宅」の関係を一変させるかのような大胆な制度見直しと言えます。

NTT 新社長のねらいとは

この制度が発表された日の夕方。

ちょうどこの日、NTTの新しい経営トップに就任した島田明社長は記者会見を開き、新ルールの導入について次のように述べました。
NTT 島田明社長
「社員が働き方を選択できるようになるのは大きな一歩だ。100%テレワークではなく、出社と組み合わせてやっていくことが重要で、さらに進めていきたい」
NTTグループの一つ、携帯大手のNTTドコモにも新ルールが適用されます。

新ルールが適用されるかどうかは「課」ごとに決まるほか、従業員本人が希望した場合も適用することが可能です。ドコモの場合、8800人の従業員のうち、7割にあたる6000人が対象です。
2歳の長女、そして5月には長男が生まれたばかりの今井さん。

全国組織のNTTドコモに入った以上、転勤は覚悟。実際、これまでに石川県や群馬県に転勤したそうです。

現在は出社とテレワークを組み合わせ、出社はおおむね週1回程度です。新ルールのもとでは、居住地の制限がなくなり、転勤や単身赴任も減っていくので、子どもの成長を踏まえながら将来設計が立てられると考えています。
今井康貴さん(32)
「日本全国どこからでも勤務ができるというのは非常に魅力的です。私のような子育てをしている世代にとっては、転勤とか人事異動の不安は、これでかなり低減されると思っている。子どもの成長を毎日間近で見ながら仕事と家庭を両立できる非常にいい制度だと感じています」
ことしから香川県高松市に転勤した夫と一緒に暮らしている西浦さん。月の半分程度は高松でテレワークをしています。

これまでの制度では居住地に制限がありました。なので、もともと住んでいた埼玉県の住宅を「自宅」にしています。

高松でテレワークをしているときに、東京のオフィスに出社する必要が生じたときは新幹線で上京。往復3万5000円程度の交通費は自己負担でした。

7月以降は居住地を高松市に移せば、東京のオフィスに出社する必要が生じても「出張」として扱われるため交通費が支給されます。
西浦瑠理さん(27)
「今後も高松市で夫と一緒に住みながら、今の仕事を続けられるので、新たな制度が始まることは、すごくうれしい。今後は、堂々と高松で仕事をしていると言えるのがとてもうれしいと思っています」
いまでもテレワーク率は66%というNTTドコモ。新ルールの導入によって、働き方はこれまで以上に柔軟になると見ています。
NTTドコモ人事部 小川遼太主査
「新ルールはテレワークを100%やって、オフィスを撤廃するというわけではない。リモートワークと出社のハイブリッドを考えており、社員の選択肢を増やす制度になる。今後はすべての社員が対象になるよう取り組みを進めたい」

とはいえ、テレワークには課題も

働き方に一石を投じた今回のNTTの新ルール。実際、世の中ではどの程度、テレワークは定着しているのでしょうか。

パーソル総合研究所が新型コロナウイルスの感染が急拡大していた(第6波)ことし2月上旬に2万人余りを対象に調査したところ、テレワークの実施率は28.5%でした。
第1波(27.9%)、第3波(24.7%)、第5波(27.5%)と比べてみても、およそ30%で定着している一方、劇的に増えているわけでもありません。

テレワークができる業種、なかなかできない業種がありますが、同じ調査で企業のテレワーク方針を尋ねたところ、
「特に案内がない」が57.4%と最も高く、
「テレワークが推奨されている」(33.4%)
「テレワークが命じられている」(5.2%)を
大きく上回っています。

テレワークをやってはみたものの、仕事の生産性は上がるのかなどさまざまな懸念もあって、一段と推進することにためらいを感じている企業も多いことがうかがえます。

実際、エン・ジャパンが転職サイトに登録している1万1000人余りを対象にアンケートを実施したところ、テレワークで今後も働きたいと答えた人は67%。

一方、残る33%(テレワークで働きたくない、わからない)の人に理由をたずねると、
「仕事とプライベートをはっきりわけられるか不安」
「会社にいるときと同じ成果を出せるかが不安」
「社内の情報やノウハウを確認しにくくなる」
といった回答が上位を占めています。

完全テレワーク → リアルも重視

こうした中で、あえてオフィス=“リアルの場”を拡充させている企業もあります。
学習塾や予備校向けにAI(人工知能)を使った学習システムを提供している東京都港区のベンチャー企業「atama plus」のオフィスは、さまざまな人が自然に集まってくる“PARK”のようなつくりをしています。

およそ800坪の広々としたフロアは、間仕切りが一切ありません。そしてオープンスペースの床の半分近くは、なんと人工芝。

靴を脱いで入り、ベンチやクッションなどが置かれた場所など思い思いの場所に座って、リラックスした状態で仕事の打ち合わせをしています。

実はこの会社。新型コロナの感染拡大が始まったおととし春から3か月余り、すべての社員を対象に「完全テレワーク」に踏み切りました。

しかし、社員からは次第に「日々の雑談から生まれる新しいアイデアがわきにくくなった」といった声が寄せられるようになったほか、ほかのメンバーと信頼関係を築くことができるか不安に感じる新入社員もいたということです。

そこで去年12月、オフィスを今の場所に移転するのに伴い“リアルの場”の拡充に踏み切りました。ねらいはずばり「偶発的なコミュニケーションを産む」です。
例えば飲み物や軽食のあるスペース。

あえて執務エリアから離れたところにつくり、取りにきたさまざまな部署の社員たちが自然と交流できるようにしたといいます。ある女性社員は「やることが明確な仕事のときは移動時間を減らせるテレワークがよいが、仕事の中長期的な課題を見つけるときなどは対面でのコミュニケーションが大事だ。使い分けが大事だと思う」と話していました。
atama plusで職場環境づくりを担当する杉本悠さん
「リモートワークでは偶発的な雑談や、声をかけたり相談したりする機会が生まれづらいので、社員が同じ空間にいることが大事だと考えた。オフィスは決められた仕事をする場ではない。社員がチャレンジしたいと思える場所を目指している」

ニッポンの働き方はどこに向かう

大手企業の間でも、テレワークを続けながら、従業員が集まることや集まる場=オフィスの価値を再認識しようという動きが出ています。

NECは本社や主な拠点でオフィス内に交流スペースを改装、拡大しているほか、富士通も対面とテレワークの“ハイブリッドワーク”を目指しています。

「出社は出張扱い」「どこに住んでも可」という新ルールを導入するNTTも、実はリアルの場を完全になくそうとしているわけではありません。
取引先などとのコミュニケーションを活性化しようと、テレワークで空いたスペースを改装して、ビデオ通話の機能をつけたロボットを置いてミーティングができるようにするなど、オフィス機能を見直しています。
われわれの働き方はどこに向かうのか、早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄教授に聞きました。
早稲田大学大学院経営管理研究科 入山章栄教授
「コロナの影響で、多くの人にとって、自宅で働くことが魅力的な選択肢であることがわかってしまった。転勤もするし、片道1時間満員電車に乗ることに耐えられてきたのが昭和平成の時代だ。しかしいま終身雇用の神話は崩壊しつつある。企業から見ると、ほうっておけば優秀な人材はいなくなってしまうわけで、いい人材を確保するためにも、ある程度テレワークを許容して柔軟な働き方を提供できるようにする必要がある」
ただ入山教授は、テレワークのみで仕事するのには限界があり、新たな発想を生み出すには、リアルなコミュニケーションが欠かせないと指摘します。
早稲田大学大学院経営管理研究科 入山章栄教授
「オンライン一辺倒の流れも出てきているが、私は多くの日本の企業では対面の価値が残ると思っている。人間が本当に信頼関係をもつときは対面のコミュニケーションが必要であると多くの人が実感している。どこかで組織の人たちが会う機会は残るべきで、そうしたところをうまく残して、信頼関係を作る会社がこれから競争に勝っていくのではないか。オフィスは信頼関係を形成する場所として活用し、それ以外の日は在宅勤務をするなど、メリハリのある働き方を提供することが大事になってくる」
コロナ禍となって2年余り。私たちの働き方はどこに向かっていくのか。

大切なのは、テレワークとオフィスワークのどちらか一方に突き進むことでもなければ、“とりあえずやってみる”でもありません。

仕事の中身、目指す成果、ワークライフバランスなどに応じて、どういう働き方が最適なのか、しっかりと『再定義』することなのかもしれません。
経済部記者
岡谷 宏基
平成25年入局
熊本放送局を経て現所属
情報通信業界を担当
経済部記者
早川 沙希
新潟局、首都圏局などを経て経済部
電機業界などを担当