「核兵器の人道的影響に関する会議」開催 長崎の被爆者も証言

核兵器禁止条約の初めての締約国会議が21日からオーストリアで開催されるのを前に、各国の政府代表やNGOなどが核兵器がもたらす人道的な影響について議論する会議が始まりました。
ウクライナ情勢を受け核の脅威が高まる中、会議では長崎の被爆者も証言し、核兵器の非人道性を改めて訴えました。

オーストリアの首都ウィーンでは、今週21日から核兵器禁止条約の初めての締約国会議が開催されるのを前に、先ほど日本時間の午後5時ごろから、各国の政府代表やNGOなどが参加して「核兵器の人道的影響に関する会議」が始まりました。

核兵器がもたらす人類や環境への影響に焦点を当てるこの会議は、これまでノルウェーやメキシコ、オーストリアで開かれ、核兵器禁止条約の実現を後押しする議論が行われてきましたが、条約が発効してから開催されるのは、初めてです。

会議では、5歳の時に長崎で被爆した木戸季市さんがみずからの体験を証言し「私たちは核兵器をなくすこと、戦争をなくすことを求めて参りました。この願いが核兵器禁止条約の成立につながりました。条約は被爆者の願いそのものです」と挨拶しました。

会議には、核兵器禁止条約には参加していない日本政府の代表も、出席しています。

ウクライナ情勢を受け核兵器の脅威が高まる中、会議を主催するオーストリア政府としては、核の非人道性への国際社会の関心を喚起することで核兵器の使用や開発に歯止めをかけるとともに、禁止条約の意義を改めて訴えるねらいがあるものと見られます。

日本被団協事務局長 木戸季市さん 長崎での被爆体験語る

5歳の時に長崎で被爆した日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の事務局長の木戸季市さんは「あのとき、私は自宅前の路上にいました。飛行機の音を聞きました。その瞬間『ピカドン』と光を浴び、爆風で飛ばされ、意識を失いました。翌日、爆心地近くを通って逃げましたが、爆心地に近づくにつれ、私が見たものは、ごろごろと転がった死体、水を、水を、と水を求める人の姿でした。爆心地近くの浦上川の大橋という所には、水を求めて行った、死体が積み重なっていました。原爆は、無数の命を奪いました」とみずから被爆体験を語りました。

そして「その後、生き残った被爆者も原爆症でバタバタと倒れていきました。被爆者の不安、苦しみは、時がたって消え去るものではありません。どんどん大きくなっていくのです。私自身の自分の不安から、子どもの不安へ、孫の不安へ、そして、すべての人の不安へと広がっていくのです」と被爆者が今も抱える苦しみについて訴えました。

そのうえで核兵器禁止条約について「私たちは、核兵器をなくすこと、戦争をなくすことを求めてまいりました。この願いが核兵器禁止条約の成立につながりました。条約は、被爆者の願いそのものです。締約国会議の成功を心から願っております」と話しました。

また木戸さんは核兵器禁止条約に署名・批准していない日本政府に触れ、「被爆国、日本政府は、圧倒的多数の国民の願いに反して、核兵器禁止条約に署名・批准していません。なぜでしょうか」と述べました。

そして、核兵器が使われるリスクが指摘されているウクライナ情勢に関連して、「被爆者は、武力に対して武力で対抗することを求めません。被爆者は話し合いによる解決を求めます」と話していました。

国連 中満事務次長 会議の重要性を強調

「核兵器の人道的影響に関する会議」の冒頭、国連で軍縮部門のトップを務める中満泉事務次長が演説し「今回の会議は科学的な研究と生存者の経験や証言に焦点を当てている。政策をめぐる議論は科学的で人道的な現実に根ざしたものであることが重要かつ不可欠だ。今回の会議でわれわれは新しい研究や最新の情報も確認する」と述べ、核兵器のない世界を実現するためにも、核兵器が人類や環境にもたらす影響に焦点を当てる会議の重要性を強調しました。