“手術動画”無断で外部提供か 病院側「再発防止に努めたい」

全国の総合病院などに勤務する眼科医5人が、白内障の手術の動画を患者や勤務先に無断で医療機器メーカーに繰り返し提供し、現金を受け取っていたことがNHKの取材で明らかになりました。
手術の動画は個人情報保護法に基づいて、病院が適切に管理することが求められていて、各病院は、医師を指導するなどしたうえで「管理が不適切だった。再発防止に努めたい」などとしています。

関係者への取材などによりますと、全国の眼科医5人は、アメリカの医療機器メーカーの日本法人、「スター・ジャパン」との間で、この会社が製造するレンズを使用した白内障手術の動画を作成する契約を結んだ上で、その動画を繰り返し提供し、去年までの3年間に現金40万円から105万円を受け取っていたということです。

手術の動画は、映像や音声などから患者の特定につながるおそれがあり、国の個人情報保護委員会によりますと、医療機関は漏えいなどを防ぐために個人情報保護法に基づいて、適切な管理や従業員の監督を行うよう求められています。
しかし、5人の医師が勤務する▽北海道の帯広協会病院、▽愛知県の済衆館病院、▽広島県のJA広島総合病院、▽福井市の福井赤十字病院、▽大阪府の府中病院は、医師が動画を提供し、現金を受け取っていたことを把握していなかったということです。

NHKの取材に対し、5つの病院は医師を指導するなどしたうえで、「管理が不適切だった。再発防止に努めたい」などとコメントしています。

5人の医師は患者からも同意を取っていなかったということで、このうち1人は、「動画に個人を特定するデータは含まれていなかったが、病院から指導、注意を受け、大変反省している」と話しています。
スター・ジャパンは、NHKの取材に対しメールで回答し、これらの契約について、「眼内レンズを使用した外科技術の教材を作成するプログラムを行っていた」としたうえで、「コンプライアンス上、問題があった可能性があり、関係当局に報告するとともに外部の法律事務所に委託し調査を実施している。事態を重く受け止め、医療従事者や患者、ご家族にご心配とご迷惑をおかけしていることをおわびします。プログラムは調査中のため中止しております」などとしています。

専門家「データ取り扱い 目に見えるルール作りが必要」

個人情報保護法に詳しい中央大学の石井夏生利教授は、「患者の承諾を得ることなく動画を提供する行為について、医師の裁量が認められるべきではない。病院の情報管理の体制が問われる問題だ。今回のような事案の再発防止のために、それぞれの病院は個人情報を含めた病院のデータの取り扱いについて目に見えるルール作りが必要になると思う」と指摘しました。

そのうえで、医師がメーカーから現金を受け取っていたことについては、「患者が手術の動画を撮影することに同意していたとしても、医師がそれを第三者に提供して金銭を得ることは予想外で患者の承諾が得られないことは十分考えられる。プライバシーの問題だけでなく医師の倫理にも関わる問題だ」と述べました。

各病院のコメント

帯広協会病院(北海道)

「個人情報を許可なく持ち出すことを禁じた就業規則に違反する可能性があり、医師を厳重に注意し、文書で指導した。メーカーに提供された動画に個人情報は含まれていなかったとしても患者の診療情報は適切に管理しなければならず、病院の管理監督が行き届いていなかった。再発防止の徹底が必要だと考えている」

済衆館病院(愛知県)

「患者の同意なく動画を外部に提供したことは適切ではなかったと判断し、医師に対しては就業規則に従い口頭で厳重注意した。提供された動画に個人の特定につながる情報は含まれていなかったが、学会などで利用する場合と同じように、きちんと患者に説明して同意を取る必要があったと考えている。個人情報を外部に提供する場合は、必ず病院へ申請するとともに患者への同意を取るよう周知した」

JA広島総合病院(広島県)

「就業規則に照らし、処分を検討している。患者の個人情報を適正に管理する責任があり、外部へ提供する際は患者の同意だけでなく、病院内の承認も必要だったが、職員への指導、周知が徹底できていなかった。メーカーに提供されていた動画に個人情報が含まれていたかどうかは結論が出ていないが、病院として手術の動画の取り扱いについてルールの作成を検討したい」

福井赤十字病院(福井市)

「許可無しでの兼業は就業規則で禁止していて医師を口頭で注意した。本件を重く受け止めている。メーカーに提供された動画に患者の氏名やIDは含まれていなかったが、録画された日時が残されていた。病院の関係者が電子カルテで検索すれば照合できる可能性があり、動画は、個人情報に当たる可能性がある。手術動画の保管や管理のあり方については今後、どのような整理が必要か検討したい」

府中病院(大阪府)

「医師が無断で外部に提供していたことは不適切だった。提供された動画に個人を特定する情報は含まれておらず、患者の同意を得る必要はなかったと考えている。就業規則にも抵触しないと考えているが手術の動画に個人情報が含まれているかどうかは病院が判断する必要があり、メーカー側から提供の依頼を受けた場合、必ず病院に報告するようすべての病院に周知する。手術動画の取り扱いについては何らかのルール作りを検討する必要がある」

メーカーのコメント

「スター・ジャパン合同会社は、外科医に委託して、当社が日本で販売する眼内レンズ(IOL)を使用したベストプラクティスや外科技術を共有するための教材を作成するプログラムを実施しています。当社は、このプログラムに関してコンプライアンス問題の可能性があるとの認識に至りました。当社は、日本の医療機器業公正取引協議会および関係当局へ報告を行うとともに、外部の法律事務所に委託して、この問題の調査を実施しています。本件は、患者様の健康、安全、また医療従事者による治療に影響を与えるものではありません。当社はこの事態を重く受け止め、日本の医療従事者、患者、およびそのご家族にご心配とご迷惑をおかけしていることをおわび申し上げます。なお、本プログラムは、調査中のため、中止しております」

手術の動画 個人情報保護法のルール守り活用の動きも

手術の動画を個人情報保護法のルールを順守したうえで、医療の発展に役立てようという動きも出ています。

千葉県柏市にある国立がん研究センター東病院は全国のおよそ70の大学や、学会などの協力を得て、内視鏡を使った手術の動画を大量に収集し、医療技術の向上に役立てるためのデータベースを構築するプロジェクトに取り組んでいます。

内視鏡を使ったがんなどの手術では体内から内視鏡を出し入れする際に医師の顔や電子カルテのデータなど患者の特定につながる情報の映り込みが避けられないということです。

このため集めた動画はすべて、こうした映り込みを排除する「匿名加工」と呼ばれる編集を行い、患者の氏名や病院名などもデータから削除しているということです。

さらに、すべての患者にプロジェクトの目的を個別に説明し、事前に同意を得ているということです。

これまでに収集した動画は3000件を超えるということで、▽AIに大量の動画のデータを学習させ、手術を支援するシステムの開発に役立てたり、▽教育用ビデオの制作に活用したりする取り組みが進んでいるということです。
国立がん研究センター東病院の伊藤雅昭副院長は「内視鏡の手術動画は、患者の顔や名前が写っているわけではないので厳密には個人情報には該当しない可能性もあるが、センターの倫理委員会や弁護士などと議論する中で、研究や産業に生かすためには患者一人一人に丁寧に説明し同意を取ることが必要だと判断した」と述べました。

そのうえで、「手術の動画はまだ歴史が浅く、取り扱いについての議論が成熟していないのが現実だと思う。医療のデータベース化の取り組みは外科だけでなくほかの分野でも同時進行で進んでいるので、国としてある程度、同じ方向性を持ってルールの整備を進めていくべきではないか」と指摘しました。

個人情報保護法とは

個人情報保護法は、氏名や生年月日、運転免許証番号など特定の個人を識別することができる情報を「個人情報」と定めています。

事業者は、取得した「個人情報」を第三者に提供する際には、原則として本人の同意が必要です。

中でも医療機関の診療記録は、「要配慮個人情報」として、特に厳格な取り扱いが求められます。

手術の動画は映像や音声などから患者を特定できる情報が含まれている可能性があり、国の個人情報保護委員会によりますと、医療機関は漏えいなどを防ぐためにこの法律に基づいて、適切な管理や従業員の監督を行うことが求められています。

個人情報保護委員会は、事業者に立ち入り検査などを行う権限があり、実態に応じて指導や勧告、命令を出します。

さらに、命令に違反した場合、▽個人は1年以下の懲役または100万円以下の罰金、▽法人は1億円以下の罰金が科せられます。

個人情報保護法は、ビッグデータなどの活用が進む中、▽個人情報の有効利用と▽個人の権利や利益の保護のバランスを図るための法律で、社会の変化を踏まえ、3年ごとに内容を見直す規定が盛り込まれています。