【詳しく】ロシアの天然ガスをなぜ止められない?ドイツの実情

ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアへの圧力を一段と強化するために注目されているのがロシア産の天然ガスの輸入停止、いわゆる「禁輸」です。
ロシアからエネルギーを輸入する西側諸国の“切り札”と目されながら、いまもなお実現していません。なぜなのでしょうか?

取材からは2つのキーワードが浮かび上がってきました。
1.試算30兆円損失?
2.ロシア依存
(ベルリン支局長・田中顕一)

ドイツにとってロシアの天然ガスとは

ドイツは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まる前、輸入する天然ガスのうち55%をロシアが占めていました。
また、侵攻前にはドイツとロシアの間で新たなガスパイプライン「ノルドストリーム2」の稼働に向けた動きも進んでいました。

ドイツは天然ガスだけでなく、石炭や石油もロシアから輸入していますが、とりわけガスは冬の寒さが厳しいドイツの家庭用暖房の燃料、そして製造業の工場の燃料などとして使われ、暮らしと経済を支える重要なエネルギーです。

軍事侵攻でドイツでもエネルギー価格は高騰している?

ことし3月の消費者物価指数は、前の年の同じ月と比べて、7.3%の上昇となり、東西ドイツが1990年に統一されて以来最も高い記録的な上昇となっています。

なかでも値上がりが顕著なのがエネルギー価格で、前の年の同じ月と比べて39.5%の上昇となり、市民の生活を直撃しています。

ドイツはロシア産ガスの輸入停止にはどんな立場なの

ドイツ政府は、軍事侵攻を受けてロシアへのエネルギー依存から脱却する「脱ロシア」を進めていますが、天然ガスの輸入をただちに停止することには慎重な姿勢です。

なぜなら、ロシアからのガスの輸入が途絶えれば大きな経済的な影響が懸念されるからです。

経済的な影響はどれほどのもの

ロシアからのガスが止まった場合の影響について、ドイツを代表するIFO経済研究所など5つの経済研究所は、4月13日、共同で記者会見を開き、ドイツ経済はこの先2年間で、2200億ユーロ、日本円にしておよそ30兆円にのぼるダメージを受けるとの見通しを発表しました。

これは、ドイツのGDP=国内総生産のおよそ6.5%にあたり、ガスが止まった場合、ことしの成長率は1.9%にとどまり、来年はマイナス2.2%に落ち込むと見込んでいます。

なぜ経済的な影響がそれほど大きいの

天然ガスは工場に電気を供給する発電所の燃料として使われていますが、それだけでなく化学製品の材料としても使われているためです。

化学製品は、ドイツでつくられるモノの多くに使われているため、それが止まるとドイツ全体のサプライチェーンが大打撃を被ることが想定されるためです。
4月上旬、NHKの取材に応じたドイツを代表する化学メーカーのひとつ「エボニック」の社長は、ロシアからのガスが途絶えた場合、西部にある1万人が働く同社最大の生産拠点の工場の稼働を通常の10分の1程度まで縮小を余儀なくされると説明しました。
このメーカーは、自動車の部品や塗料、ソーラーパネルや風力発電の風車、さらには化粧品などさまざまな工業製品に使われるおよそ4000点の化学製品を生産しています。

社長は1900社からなるドイツの化学メーカーの業界トップも務めていて、影響はドイツ経済全体におよぶ可能性があると指摘します。
(大手化学メーカー「エボニック」 クリスティアン・クルマン社長)
「ドイツで製造される製品の90%にガスが必要な化学製品が使われているため、ロシアからのガスの供給が途絶えれば、化学メーカーだけでなく、連鎖反応で建設や自動車など多くの他の主要産業も停止に追い込まれる」

ロシア産以外のガスは調達できないの

ロシア産の代わりは、中東やアメリカのLNG=液化天然ガスですが、ドイツには海外からタンカーで運ばれてくるLNGを国内に供給するための基地、LNGターミナルがありません。このため、ロシア産ガスを短期間で代替するのは非常に難しいという事情があります。

ドイツでは、これまでロシアから価格の安いガスがパイプラインを通じて供給されてきたため、ターミナルの建設計画が浮上しても、ロシア産のガスを調達するのと比べて投資コストが見合わないとして実現してこなかったということです。
ドイツ政府はロシアのウクライナ侵攻を受け、エネルギーの「脱ロシア化」を進めています。そのためにLNGターミナルの建設を急ぐ考えですが、建設は数年がかりです。

いまのドイツを苦しめる天然ガスのロシア依存について、化学メーカーの社長はこう話していました。
(大手化学メーカー「エボニック」 クリスティアン・クルマン社長)
「ロシアへのガス依存は誤りで、もっと早く調達先を多角化すべきだった。過ちを正すべきだが、すぐには達成できない」

ドイツ政府は天然ガスの脱ロシアに向け何をしている

3月下旬、エネルギー政策を担当するハーベック経済・気候保護相は、ロシアからの天然ガスの輸入を再来年、2024年半ばまでには大幅に削減できるという見通しを示しました。そのために、企業や国民に省エネを呼びかけるとともに、再生エネルギーの普及をさらに加速していく考えです。

ハーベック氏は、再生可能エネルギーの推進を掲げる環境政党「緑の党」の前党首です。

化石燃料であるガスの確保は、党の掲げる理念とは矛盾しますが、ハーベック氏はエネルギー担当の閣僚として3月中旬、LNGの確保に向け中東カタールを訪問しました。この訪問にはドイツの切迫した状況があらわれていると言えます。

一方、経済大国のドイツがLNG確保に本格的に乗り出せば、世界のエネルギー獲得競争に大きな影響を与える可能性があり、エネルギーを海外から輸入する日本も注目が必要です。

ドイツは天然ガスの輸入停止に今後も踏み切らないの?

ドイツが議長国を務めるG7は、4月、ロシアからの石炭の輸入禁止を進めていくなどとする首脳声明を発表しました。しかし、声明には石油と天然ガスは含まれていません。

エネルギー政策に詳しい専門家は、現時点ではドイツ政府はガスの輸入禁止に踏み込む可能性は低いとみています。
(ケルン経済研究所 マルテ・キューパー氏)
「ドイツ政府は、ガスの輸入禁止が最も強力なロシアへの圧力の手段だと認識している。しかし、ドイツがガスの輸入禁止に踏み切っても、ロシアが軍事侵攻をやめなければ、ドイツがロシア以上に傷つく可能性を考慮に入れなければいけない。このため、ドイツ政府は、ロシア依存の脱却を急ぐ一方、いますぐの輸入禁止には関心がないとみられる」

また、ドイツの公共放送ARDが4月に公表した最新の世論調査では「いますぐの石油とガスの輸入禁止」を支持しないと答えた人は48%で、支持すると答えた人の40%を上回りました。
ドイツ国内でガスの禁輸などを訴えるデモも起きていますが、賛否はわかれている状況です。しかし、ウクライナで市民の深刻な犠牲が次々と明らかになる中、ロシアへの非難は高まるばかりです。

ドイツなどロシアに依存してきたヨーロッパの国々に対しガスの輸入禁止に踏み込むべきだという声が高まることも予想されます。

そのヨーロッパ最大の経済大国として重要な役割が期待されるドイツは、ロシアにエネルギーを依存してきた過去と向き合いながら、圧力の強化と自国の暮らしと経済のバランスを取る、難しい舵取りを迫られています。