【詳しく】ロシアの責任追及は?国際刑事裁判所の元判事に聞く

ロシア軍の“戦争犯罪”を追及する国際社会の声が日増しに高くなっています。
そんな中で、注目を集めているのが、世界各地の戦争や民族紛争などでの犯罪行為を捜査して裁くICC=国際刑事裁判所です。
この裁判所で裁判官を務めた尾崎久仁子氏(現・中央大学法学部 特任教授)は、いまウクライナで起きていることをどうみているのか。インタビューしました。
(聞き手 国際部・田村銀河、ニュースウォッチ9・藤重博貴)

そもそも国際刑事裁判所って?

インタビューの内容に入る前に、まず基本を押さえておきます。
国際刑事裁判所は、オランダ・ハーグに2002年に発足しました。
世界各地の戦争や民族紛争などで非人道的な行為をした個人を捜査して裁くための裁判所です。

具体的には何をしているの?

犯罪者の責任の追及は、基本的には各国の裁判所で行われます。
ところが冷戦終結後、旧ユーゴスラビアやアフリカのルワンダでの集団虐殺などをきっかけとして、関係国で捜査や訴追が行えない場合に、代わりに責任を追及する常設の組織が求められました。

その結果、国際刑事裁判所が誕生しました。
国際社会における法の支配の「最後のとりで」とも呼ばれています。

管轄する犯罪は
▽民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加える「集団殺害犯罪」いわゆる「ジェノサイド」
▽一般市民への組織的な殺人や拷問などの「人道に対する犯罪」
▽戦場での民間人の保護や捕虜の扱いなどを定めた国際人道法に違反する「戦争犯罪」などです。

今回話を聞いた尾崎さんは、2010年から2019年まで、この国際刑事裁判所で裁判官として、戦争・紛争に関係するさまざまな犯罪と向き合ってきました。

今回の軍事侵攻の被害を見た印象は?

(以下、尾崎さんインタビュー)
おそらく「戦争犯罪」に該当するだろうというものが行われている可能性が非常に高いです。
映像から見る限り、あるいは報道によると、あきらかに非戦闘員、文民が武器を持っていない、戦っていない状態で殺害されています。
しかもそれが複数、かなりの人数いるようです。
もちろん1人を殺害しても「戦争犯罪」にあたるのですが、これがかなりの人数ということになると「人道に対する犯罪」にもあたるということになります。

それ以外にも報道によりますと、病院のようなところへの攻撃であるとか、あるいは身体の切断のような残虐行為、そういったものも報道されていますので、そうであるとすれば「戦争犯罪」とか「人道に対する犯罪」に該当する可能性は極めて高いと思います。

非戦闘員の殺害というのは、明確に「戦争犯罪」にあたりますし、あとは軍事目標ではないもの、特に病院を、たまたま間違ってということではなくて、意図的に攻撃するというのも明確な「戦争犯罪」に該当すると思います。

これまで裁判官として見てきた現場との違いは?

私が実際に携わってきた裁判における「戦争犯罪」、「人道に対する犯罪」というのは、実際の裁判より7~8年前や、あるいはそれ以上前に起きた事件についての裁判で、証拠を掘り起こすのも非常に大変だったという事例がほとんどでした。
今回は、犯罪が行われてすぐにいろんな証拠が出てきて、いろいろな実態が分かってきていますが、全体の規模はまだ分かっていません。
いま報道されている数字だけで終わらず、今後もっと広がり、現状以上に悲惨な事態となる可能性もありますので、これは何とも比べられません。

ただ、強いて比べるとすると、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァで、5000人以上の人が殺され、「ジェノサイド」と認定された非常に有名な事件があります。
少しそれを思い出しました。
このときも比較的早く捜査官が現場に入ったということで立件につながったということがあったと思います。

おそらく、今後またいろいろな困難が出てくるかもしれませんが、10年前に起きた事件とはまったく違うので、そこは証拠の収集、証拠の保全という観点からは、捜査が行いやすい事件になるのではないかと思います。

プーチン大統領の訴追は?

これはなかなか難しいと思います。
もちろん現地の軍司令官レベルまでは訴追は可能だと思います。
プーチン大統領に関しては、どの程度知っていたかとか、例えば明確に指示していたというようなことがわかれば、訴追は可能だと思います。
けれども、どういう形で責任があるのかというところは、かなりきちんと捜査を遂げなければいけない話だと思います。
実際に指示したというのはもちろん一番強いんですけれども、それ以外にも例えば「上官責任の法理」というのが国際刑事法にはありまして、責任あるリーダーが、部下が犯罪を行っていることを知りながら何もしなかったいうような責任のとり方もありますので、それは今後の捜査次第だと思います。

ただ、仮に訴追できるだろうという心証が得られたとしても身柄の確保というのは非常に難しいです。
逮捕しなければ、裁判が始まりません。
ロシアは国際刑事裁判所の規程の締約国ではないので、プーチン大統領の身柄を、ロシア側から引き渡すということはまず考えられませんので、どうやって身柄を確保するかということになると思います。
そこはいちばんの難点ではないでしょうか。

停戦交渉に与える可能性は?

停戦に対する国際的圧力は当然高まると思いますので、それをロシアがどう受け止めるかということだと思います。

他方で、例えば、停戦や和平の条件として、こういった戦争犯罪の訴追を行わないことをロシア側が求めてくることはあり得ると思います。
それに対してどうやって対応していくかは、なかなか難しいと思いますが、やはりウクライナだけではなくて、ほかの国際社会全体がしっかりと見ていくということが必要になると思います。

国際刑事裁判所にとってウクライナで起きていることの重要性は?

これは国際刑事裁判所にとって非常に大きな試金石になるような事件だと思います。

もちろん国際刑事裁判所が今後、国際社会からきちんと信頼される裁判所になっていけるのかどうか、信頼が問われるのと同時に、国際社会自体が、国際刑事裁判所を使ってこういった悲惨な事態にしっかりと対応していける、そういう国際社会であるのか、それともそうじゃない国際社会になってしまうのかということが問われる事案だと思います。

(以上、尾崎さんインタビュー 4月4日に行われました)

国際刑事裁判所の捜査はいま

国際刑事裁判所は、3月2日、ウクライナ国内で行われた疑いのある「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」について、捜査を始めると発表。
担当のカーン主任検察官は4月13日には、ロシア軍の撤退後、多くの市民が殺害されているのが見つかったブチャを訪れたほか、首都キーウも訪れてウクライナのベネディクトワ検事総長と会談するなど、本格的な捜査に乗り出す姿勢を示しました。