“今こそ冷静に 核兵器廃絶の道を” ICAN国際運営委員の思い

「ヒロシマ・ナガサキの過ちを繰り返してはいけない」

“生き地獄”とも言われる原爆による想像を絶するような被害を見た被爆者たちは、77年にわたって世界に訴えてきました。

今、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続き、プーチン大統領は核兵器の使用の可能性をちらつかせて威嚇しています。国連のグテーレス事務総長は「かつては考えられなかった核兵器を使った紛争が今や起こりうる状況だ」と強い危機感を示しました。

唯一の戦争被爆国、日本だからこそ伝えられるメッセージを紹介するシリーズ。今回は国際NGO「ICAN」=核兵器廃絶国際キャンペーンの国際運営委員で「ピースボート」の共同代表、川崎哲さんです。

ICANは核兵器の保有、製造、使用などを禁止する核兵器禁止条約の実現を働きかけ、2017年、ノーベル平和賞を受賞しました。

川崎さんは広島や長崎の被爆者の声を世界に届けてきたほか、被爆者や市民団体のメンバーとともにたびたび外務省を訪れ、日本こそ核兵器禁止条約に参加すべきだと訴えてきました。

「友人が戦争に巻き込まれ…何ができるか考える日々」

Q:ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をどのように受け止めていますか。

川崎さん:
「驚いた、というのが最初の感想です。これまでも軍事侵攻の可能性は指摘されていましたが、まさかここまで本格的な侵攻が行われるとは予想していませんでした。

ウクライナには個人的なつながりもあります。10年ほど前、被爆者の方々とチョルノービリ(チェルノブイリ)に行ったことがきっかけで、キーウ(キエフ)に住む環境活動家の方と長年交流を続けてきました。

ことしの春には、キーウで福島の原発事故をテーマに企画展を開きたいと相談があり、一緒に準備を進めていたところでした。

侵攻後は連絡が途絶えてしまい、安否もわかっていません。友人が戦争に巻き込まれたことに心を痛めています。

いざ侵攻が始まってしまうと、止めることがいかに難しいか痛感しています。市民社会や個人に何ができるのか、考え続ける日々です」

「核兵器をなくす方向にかじをきらないと」

Q:ロシアのプーチン大統領が核兵器による威嚇をしていることについてどのように考えていますか。

川崎さん:
「核兵器が現実に使われるという、その脅威が本当に高まってしまっている。とても深刻な問題だと思います。

これまで私たちは核兵器廃絶を求めてきました。

それに対して『いやいや、それは無理だしできない。核兵器があることで世界の平和のバランスが保たれているんだ』と繰り返し繰り返し言われてきました。

今回、そうではないということが明らかになりました。

核兵器のある世界で戦争が起きています。核兵器が使われそうになって、実際にその脅しがなされています。

だからこそ本当に緊急の課題としてこれを止めなければいけないし、核兵器そのものをなくす方向にかじをきらないといけないと思いますね」

「核保有国のリーダーに自分たちの命を委ねられるのか」

Q:核兵器によって相手を恐れさせ、攻撃を思いとどまらせるとする「抑止力」についてどのように考えていますか。

川崎さん:
「ロシアがウクライナに侵攻したことは、許されない侵攻、侵略行為です。

一方で大きく見ると、ロシア対NATO、ロシア対西側、こういう対立構造の中での動きだからこそ大変危険なわけです。

これまでロシアとアメリカ、あるいはロシアと西側は双方が核兵器を持っているがゆえにめったなことはしない、そこには安定が働いてるんだというふうに考えられていました。

もう1つ、責任ある大国のリーダーは冷静に判断し、合理的に行動するという前提が大きく崩れました。プーチン大統領は、これは正気なのかと感じるぐらい常軌を逸しています。

でもそれが現実だということを私たちは学んだんです。

今この状態のプーチン大統領が核のボタンを持ってるということは、本当に大変なことなんですよね。

核抑止力は基本的にはリーダーを信じることが前提になっています。われわれのリーダーは核を持っているけれどもちゃんと管理してめったなことはしないだろうと、向こうもそうだろうということが前提になっています。

では、私たちはこの状況で、核保有国のリーダーたる人に自分たちの命を委ねることができるんですか、ということが今問われているわけです」

「非核 平和によって安全守る道の追求を」

Q:日本でも、アメリカの核兵器を同盟国で共有する「核共有」を議論すべきだという意見が出ていることについて、どのように感じていますか。

川崎さん:
「核共有というのは、基本的には核兵器を日本に配備しましょう、そしてアメリカと日本が共同で核兵器を運用しましょうということですから、当然、国是たる、非核三原則をやめましょうということであります。

非核三原則と核共有は両立しません。

しかもNPT=核拡散防止条約に違反する疑いも濃厚です。

核保有国であるアメリカが日本に対して核兵器を渡すわけです。そして一定の管理も移譲するということになれば、NPT違反になります。

ウクライナの紛争を見て、私たちは冷静にならなければいけません。

ウクライナの北に位置するベラルーシではほぼ独裁的な大統領が国民投票と称して憲法を変えてしまい、ロシアの核兵器を配備できるようにしました。ベラルーシがウクライナに対する戦争に積極的に加担するという意思表明以外の何物でもないわけです。

ウクライナの人たちは恐れ、反発しています。ベラルーシはロシアの戦争に加担するのかと」
「それと全く時を同じくして、日本において政治家たちが、アメリカの核兵器を日本にも置こうじゃないかというようなことを言い始めています。

国の安全、われわれの命を心配することは分かります。

世界中で今のロシアの状況、ウクライナの状況を見て、もっと軍備を強めるべきだという空気が出ているのは日本だけではありません。

緊張が高まっているときだからこそ、私たちは冷静になって、軍拡競争に走らないようにしていかないと、他の場所でも戦争がまた勃発してしまうというふうに思います。

私が注目してほしいのは、世界にある非核地帯というものです。ラテンアメリカ、南太平洋、東南アジア、アフリカ、そして中央アジア、モンゴルにもある、核兵器を持たないと決めることによって安全を守る枠組みです。

今、ロシアが大きな問題になっていますが、ロシアに隣接する中央アジア、モンゴルは核を持ちませんと言うことによって安全を担保しています。

非核三原則があるということは、世界に対して自分たちが攻撃する意図はないというメッセージになり、一定の安全の保証、日本に対する信頼になってきたわけです。

非核三原則をやめてこっちも核を入れますよとなったら逆に危険になります。相手は攻撃されないうちにたたこうというふうになるからです。

ここはひとつ冷静になって、非核、平和によって安全を守るという道を追求すべきで、日本はそういうことを戦後やってきました。

そして、やはり日本の政治家の方々はきちんと責任意識を持って、この国を冷静な道に導いていただく必要があると思います」
アメリカの核兵器を同盟国で共有する「核共有」について、自民党の安倍元総理大臣は2月に「国民の命をどうすれば守れるかは、さまざまな選択肢をしっかりと視野に入れながら議論すべきだ」と述べ、日本でもタブー視せずに議論すべきだという考えを示しました。

また、日本維新の会は、3月3日、議論を始めるよう政府に提言しました。

一方、政府は「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を堅持する方針で核共有は認められないとしていて、岸田総理大臣は3月14日、国会審議の中で「非核三原則や原子力基本法をはじめとする法体系からしても認められない。日米同盟のもと『拡大抑止』は機能していると考えるからこそ核共有の議論は考えない」と述べています。

「私たちは瀬戸際に立っている 不安な時だからこそ冷静に」

Q:今改めて、日本や国際社会に向けてどんなことを訴えたいですか。

川崎さん:
「今回の状況を多くの人が恐ろしい、怖いと思って見守っていると思います。

不安定な時だからこそ、一度冷静になって理性を取り戻すべきです。

感情的になればなるほど、人は軍事化に傾きやすくなります。

それは日本でも世界でも同じことです。

私たちは2度の世界大戦を経験して、同じ過ちを二度と繰り返さないよう、国際人道法や国際協力のあり方について努力を積み上げてきました。

再び軍拡の道に進むのか、国際社会が築きあげてきた秩序を守るのか、私たちは瀬戸際に立っていることをしっかりと認識することが大切だと思います」