核兵器廃絶 “理想”と言われても 今こそ声をあげる

核兵器廃絶 “理想”と言われても 今こそ声をあげる
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を知ったのは、核兵器を禁止する条約の重要性について講演した帰りのことでした。
大学生の高橋悠太さんは、スマホでニュースを見て、がく然としました。
「いま語ってきたことばに意味がないんじゃないか」
「でも、今こそ声をあげないといけない」
彼の背中を押したのは、“核兵器廃絶は夢物語だ”と言われても、諦めなかった被爆者のことばでした。
(広島放送局 記者 諸田絢香/ディレクター 平安山絢可)

初めて身近に感じた核の脅威

ロシアがウクライナへ軍事侵攻した2月24日。
広島県福山市出身の大学生、高橋悠太さんは、2時間ほどの講演をしていました。
内容は、去年1月に発効した核兵器の保有や使用を禁止する核兵器禁止条約の重要性についてでした。
講演を終えて自宅に帰る途中。
高橋さんはスマホを見て、ことばをなくしました。
高橋悠太さん
「報道を見てがく然としました。いま私が語ったことばは意味がないんじゃないかと思いました。すごく空虚なことばを語ってきたんじゃないかと、苦しかった」

核兵器廃絶へ 費やしてきた学生生活

高橋さんは、中学生の時、平和や人権について考える部活、「ヒューマンライツ部」に入ったことをきっかけに、核兵器について関心を持つようになりました。

被爆者の証言の聞き取りや、核兵器の廃絶を訴える署名活動など、中高の6年間を部活動にささげました。

2017年、部長だった高校2年生のときにはNPT=核拡散防止条約の会合に合わせてオーストリアに派遣され、NGOや現地の子どもたちと交流しました。

この年の7月、被爆者や市民の後押しもあって採択された核兵器禁止条約は、去年ようやく発効。世界が核兵器を廃絶する方向に進んでいると感じてきました。
高橋悠太さん
「核兵器禁止条約が生まれて、少しずつ成長する過程と一緒にぼくは大きくなった。最初のうちは、核兵器を廃絶する条約なんて無理だといろんな人に言われたけど、実際に条約はできた」

はじめての“無力感”

大学生になったいまも、国会議員と核政策について意見交換を重ねるなど、活動の幅を広げている高橋さん。

核兵器禁止条約の運用を話し合う初めての締約国会議が6月にオーストリアで開かれるのを前に、若者による“模擬”締約国会議も企画しました。
ところが、会議の準備期間中にロシアがウクライナに軍事侵攻。
そして、プーチン大統領は核兵器の使用をもちらつかせている。
高橋さんは無力感に襲われたといいます。
高橋悠太さん
「いろんな活動をしてきたけど、本当にそれに意味があるのかなと思いました。続けてきても、プーチン大統領の核の威嚇を止められなくて、世界は悪い方に進んでいる。どれだけ活動をしても本当にその危機は止められないんじゃないかと感じました」

背中を押した被爆者の教え

そんな高橋さんの背中を押した人がいます。
高橋さんが大切にしている写真に写っていたのは、高校の制服を着た高橋さんとそのそばでほほえむ男性。
去年亡くなった、広島の被爆者、坪井直さんです。
坪井さんは世界中で核兵器の廃絶を訴え続けましたが、共感してもらえることばかりではありませんでした。

2003年、アメリカの博物館で原爆を落とした爆撃機「エノラゲイ」と対じし、憤っていた時には、1人のアメリカ人に「戦争で傷ついたのはアメリカ人も同じだ」と言われたこともありました。

高橋さんは高校生の時、坪井さんに2日間かけて話を聞き、「にんげん坪井直 魂の叫び」という1冊の冊子にまとめていました。
高橋悠太さん
「坪井さんは海外で被爆体験を証言することも多くて、『まずはパールハーバーだろう』と言われたこともあるだろうし、『核兵器廃絶は夢物語だ』と言われてきたと思う。世界ではキューバ危機やアメリカの同時多発テロ、紛争が起きて、訴えても訴えても響かなかったり、目の前で核戦争になりそうになったり、そういう体験をしている」
そして、坪井さんのこんなことばを思い出していました。
高橋悠太さん
「坪井さんは『ネバーギブアップ』とすごく力強く言ってきたけど、それと同じくらい、『理性が大切だ』と語っていた。『感情を投げつけるだけじゃ核兵器廃絶は進まないから、違う意見の人とも対話をしよう。人類として手をつなごう。人類の幸せを願おう』
自分と反対意見の人がいてもいい。
それでも話をすればいい。
改めて坪井さんのことばに触れ、高橋さんは決意を新たにしました。
高橋悠太さん
「坪井さんだったら、『いまこそ誰よりも頑張れよ』と喝を入れてくれると思う。希望を見失わずに今できることを続けていかないと、世界はもっと悪い方向に行く。現状を悲観したり、ずっと落胆したりしてちゃいけないなと思いました」

対話を続ける

3月20日。
高橋さんは、仲間とともに企画していた若者による核兵器禁止条約の模擬会議を開きました。

公募で集まった高校生から大学院生までの32人が、各国の代表者になりきって、実際の国際会議さながらに核兵器について議論しました。
異なる意見を持つ国も入れようと、実際には条約に参加していない核保有国や核の傘のもとにある国も議論に加えました。
「核爆発による影響に国境はありません。核兵器を廃絶すべきだと考えています」
「現実的な外交面や軍事面を考慮すると、核兵器禁止条約には賛成しかねます」
それぞれの国の担当者が意見を述べます。
8時間におよぶ議論を経て、条約に批准した国によって最終文書が採択されました。
最終文書に盛り込まれた文言
「究極的な核兵器の禁止と廃絶を継続的に提唱し続ける」
「核兵器の廃絶は早急に達成されるべきだと考え、核保有国と共に協力して核軍縮を進めていく必要がある」
一方、核保有国を担当したメンバーからは、文書について厳しい意見も出されました。
「核兵器保有国と一部の非保有国を分断した1つの大きな要因が核兵器禁止条約である」
「核兵器廃絶や核の廃棄における科学的な検証には賛同するが政治的な検証には懸念を示す」
議長国のオーストリアを担当したメンバーは、「引き続き対話の場を作っていき、どのように核兵器のない世界を作り上げていくことができるのか考えなくてはいけないと思います」と議論を締めくくりました。

ロシアによるウクライナへの侵攻が続く状況のなかでも、こうした議論ができたことに、高橋さんは意義を感じていました。
高橋悠太さん
「核兵器に頼る安全保障政策をとる国を巻き込んでいくのは並大抵のことじゃないなと思いました。時間がかかると思うしなかなか議論が進まないと思います。今回、議論に参加した人たちが、私はこう思ったから核兵器を廃絶すべきだと思うんだ、と周囲に話すことでその輪が広がっていくと思う。現状は変えられるし、よい方向に変えていかないといけないと思う」
理性を持って意見が異なる人とも対話をしよう。

声を上げ続けよう。

坪井さんが高橋さんに託した思いはしっかりと伝わっていました。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は続き、世界が核兵器が使われるかもしれないという恐怖を感じています。

私たちも広島から、発信し続けていきます。
広島放送局 記者
諸田絢香
2020年入局
新型コロナや性被害問題をテーマに取材
広島放送局 ディレクター
平安山絢可
2018年入局 沖縄県出身 首都圏局勤務を経て広島放送局
新型コロナや貧困問題を取材