【詳しく】なぜ中東で食糧危機?ウクライナ侵攻影響

近所のパン屋が値上げした。
そんな変化が身近なところで見られるようになっていませんか。ロシアによるウクライナ侵攻で、小麦の価格が世界的に高騰しているためです。

とりわけ、深刻な影響が出ているのが、中東地域です。小麦の在庫が1か月程度など、食糧危機を招きかねない事態にまでなっています。現地の状況を詳しく解説します。

(カイロ支局 藤吉智紀、ドバイ支局 山尾和宏)

なぜ、影響深刻なの?

ロシアとウクライナはともに穀物の輸出大国です。

とりわけ小麦は、輸出量でロシアが1位、ウクライナが5位で、両国で世界の3割を占めます。その両国に、小麦の輸入を大きく依存しているのが中東地域です。

主食のパンの原料として小麦は欠かせない輸入品です。両国からの輸入の割合はトルコで8割以上、エジプトで7割以上などとなっています。

しかし、ロシアによる侵攻で、3月上旬には国際的な指標となる小麦の先物価格がおよそ14年ぶりに最高値を更新。さらに輸入が滞ることで、各国で供給不安も広がっています。

具体的にどのような影響が?

特に心配なのが中東のレバノンです。レバノンの経済・貿易省によりますと、小麦のストックはあと1か月足らずしかないと言われています。

レバノンでは小麦輸入のおよそ70%をウクライナが占めていて、ロシアによる侵攻後、輸入がストップし、深刻な小麦不足に陥っています。
さらに、レバノンでは2020年8月には首都ベイルートで大規模な爆発事故が起き、国内最大の穀物貯蔵庫が損壊しました。

このため、小麦を大量に保管する場所もないまま今回の事態を迎え、深刻な事態となっています。

市民の暮らしへの影響は?

ベイルート市内のスーパーでは、小麦粉の棚だけ空になっていました。買い物客は「ウクライナ危機が始まってから、小麦粉がどこに行ってもありません」と困惑した様子でした。

また、レバノン南部にある国内最大規模の小麦粉の生産工場を訪ねてみると、7つの貯蔵庫のうち6つがすでに完全に空となり、小麦のストックが尽きようとしていました。
このためパンの価格は、この1か月で50%以上高くなり、1袋当たりの量も減っています。

ベイルート市内で妻と3人の子どもと暮らすユセフ・マウラさん(52)はこの半年、口にしていない肉類だけでなく、パンすら食べられなくなるのではと不安を募らせています。
「以前から暮らしは大変でしたが、ロシアのウクライナ侵攻で、さらにひどくなりました。この戦争が早く終結し、状況が改善するのを望みます。人々がパンを口にできること、望むのはそれだけです」

代替の輸入先は確保できるのか?

レバノン政府は、ウクライナに代わる小麦の輸入先を探していますが、自国通貨が暴落するなか、輸送コストの問題など課題も多く、同じように小麦の調達を急ぐほかの国との競争に勝てるのか焦りを募らせています。

経済・貿易省で小麦の輸入を担当するジョージス・バルバーリ部長は、代替の輸入先を探すのは、容易ではないと話しています。
「緊急対策として早く、安く、質のいい小麦を探す必要がありますが、どの国も警戒し、自国の備蓄のために小麦の輸出を止めた国もあるからです。飢えは破滅的で、国民に食べていくための小麦も小麦粉もありませんとは言えず、なんとか早く調達先を見つけるしかありません」

すでに食糧危機の紛争地では?

中東の紛争地では、食糧危機にさらに拍車がかかっています。

7年以上にわたり内戦が続く中東のイエメンでは、農業生産が落ち込み食糧不足が深刻で、国連は、国際的な基準で最も深刻な飢餓状態とされる人がことし中に現在のおよそ5倍の16万人余りにまで増えるとしています。

さらに、小麦の輸入の4割をロシアとウクライナに頼っていることから、主食のパンの価格がさらに値上がりし、飢餓の広がりが懸念されています。

イエメンの市民生活は?

ただでさえ厳しい生活に、小麦の供給不足でパンの値段が高騰し、深刻な事態になっています。

首都サヌアに暮らすダルウィーシャ・バヒースさんとその家族は、内戦で夫の収入が不安定となるなか、十分な食事がとれず、深刻な栄養失調に陥っています。
特に心配なのは7人の子どもの末っ子、1歳半のハサン君で、体重は標準とされる体重のわずか6割ほどしかなく、発育にも問題が出ています。

食事は1日に1度だけ、家族でパンを分け合っていますが、パンの値段は、通貨の暴落や小麦の供給不足で、この1年で2倍に高騰したといいます。

このため、ダルウィーシャさんはパンを買うお金を少しでも得ようと、通りに立って人々に施しを求めざるを得なくなっています。

それでも、命をつないできたパンの値段がさらに高くなれば、子どもたちを食べさせていくことは難しくなると言います。

「食べるものが見つからず、誰も私たちを助けることができずに、子どもたちは栄養失調になりました。物価がさらに上がれば、私たち家族だけでなくたくさんの人たちが餓死してしまいます」

世界の食糧安全保障はどうなる?

ロシアとウクライナからの輸出の停滞が懸念されるのは、小麦だけではありません。

FAO=国連食糧農業機関によりますと、農作物のうち世界の輸出に占める両国の割合は、ヒマワリ油で6割、大麦で2割、トウモロコシで1割などとなっています。ウクライナ危機を背景に、ことし2月の穀物の価格指数は、2013年2月以来の高い水準となっています。

FAOのボーバカル・ベンハサン市場・貿易部長は、次のように警告しています。

「特に経済的に貧しい国は深刻な影響を受けるおそれがあります。とりわけ、紛争などで、十分な食糧生産ができておらず、外国からの輸入に頼っている国は、影響が避けられません。アメリカやフランス、オーストラリア、アルゼンチンといった農業大国には、国際市場に出す農産品・食料品の輸出を制限しないよう強く求めている」

世界の食糧安全保障を揺るがしている、ロシアによるウクライナ侵攻。戦闘の長期化は、さらなる食糧危機をもたらしかねない事態となっています。