大切な道、ふさいでいませんか?~「点ブロスマホ」の危険~

大切な道、ふさいでいませんか?~「点ブロスマホ」の危険~
「気づかなかった。無意識だった」
多くの人がそう話していました。
でも、その行為が知らず知らずのうちに視覚障害者を危険にさらしているかもしれません。
スマホを見ながら点字ブロックの上を歩く「点ブロスマホ」。
点字ブロックに頼る人たちは今、かつてない脅威を感じています。
(社会部 記者 江田剛章/おはよう日本 ディレクター 山内沙紀・太田緑)

“配慮で成り立つ生活”が崩れた

去年の秋に都内で開かれた、視覚障害者団体の集会。
関係者の間で「点ブロスマホ」と呼ばれる行為の危険性を訴える発言がありました。
「安心安全に歩けるはずの点字ブロック上を、今では多くのスマホを見ている方が歩いてきて私たちの仲間と衝突し、けがをしたり、白杖(はくじょう)が折れたりということが起きています」
都内では去年4月、八王子市で全盲の男性が点字ブロック上で歩きスマホをしていたとみられる人と衝突。
倒れた際に頭を打っておう吐し、救急搬送される事故が起きました。

視覚障害者にとって、危険が多い屋外では点字ブロックと周囲の人の配慮が欠かせません。
しかし、スマホに没頭して前を誰かが歩いていることにすら気づかない人が増え「周囲の人がよけてくれる」ことで成り立っていた生活が崩れてしまったというのです。

その結果、速度を緩めずに歩いてくる人と点字ブロック上で“正面衝突”するケースが相次ぐようになったといいます。

集会に参加した人たちからは
「事故が起きてからでは遅いので常に自己防衛している」
「ぶつかった際に相手のスマホを落として怒られたことがあり、謝ったが納得がいかなかった」
といった声も聞かれました。

カメラが捉えた「点ブロスマホ」の危険

「点ブロスマホ」の実態や怖さを知ってほしいと、1人の男性が取材に協力してくれました。
10代で全盲になった、江見英一さん(50)です。
東京 小平市の自宅から、点字ブロックを頼りに都心にある職場まで徒歩と電車で通っています。

江見さんも最近、点字ブロック上で人と衝突することが増えたと感じています。
江見英一さん
「正面からぶつかってくる人が多くなった気がします。全く接触しないで歩けるということがなくなってきましたね。外出したときはすごく神経を使います」
視覚障害者はふだん、どのような恐怖を感じているのか。

江見さんの協力を得て胸元に小型カメラをつけ、ふだんよく利用している新宿駅周辺の歩道を歩いてもらいました。
土曜日の午後2時ごろ。多くの買い物客などでにぎわう時間帯です。

後日、映像を確認してみると、そこには視覚障害者が直面している街の人たちの現状が写っていました。
点字ブロック上を歩き始めた江見さん。
すぐに、前から男性がスマホを見ながら接近してきます。
男性はぶつかる寸前のところでよけていきました。
その後も、点字ブロックを横切る人を含め、スマホを手にした人たちが次々に江見さんのすぐそばを通っていくのが分かります。
撮影を始めてから4分後。
点字ブロックの上を、今度は若い男性がスマホを見ながら歩いてきました。

そして…
男性は顔を上げることなく、江見さんと正面衝突。
ぶつかった衝撃でカメラの向きが変わってしまいました。
男性は何も言わず、そのまま去って行ったといいます。

江見さんはこのあと点字ブロックから外れ、一時、方向を見失ったということです。
江見さん
「すごく危険を感じました。特にスマホをしている人は本当に前を見ていないようで、勢いよくぶつかってきます。私たち視覚障害者は、外出する際に音や点字ブロックで情報を得ていますが、駅前のような人が多い場所では音で聞き分けることは難しく、点字ブロックだけが頼りです。その上を正面から歩いてくる人がいると、それに気づいてよけることはすごく難しい。こうしたことがたびたびあるので、最近はアンテナの張りっぱなし、緊張のしっぱなしという状態です」
点字ブロック上で人とぶつかることが増え、本来は2年持つはずの白杖が半年ほどで壊れるようになったという江見さん。
白杖が折れて近くの交番に駆け込み、警察官に粘着テープで固定してもらったこともあるそうです。
最近では応急処置のため、接着剤と補強のための添え木が手放せなくなりました。
また、自分の存在に早く気づいてもらえるよう、白杖で地面を強くたたき、音を立てながら歩くようになったということです。

唯一、安全に歩けるはずの場所が脅かされつつある現状。
江見さんたち視覚障害者は今、大きな不安を抱えながら生活しています。
江見英一さん
「私たちには選択肢がありません。点字ブロックだけが安全に、まっすぐ進む方向を示してくれます。ぶつかった勢いで点字ブロックから外れ、道路に出たりすれば本当に大変な目に遭ってしまう。スマホを見ながら歩くことは絶対にやめてほしいです」

「点ブロスマホ」をする理由は?

こうした現状について街の人たちはどう考えているのか。
新宿駅前で、実際に点字ブロックの上で歩きスマホをしていた人に話を聞きました。

このうち30代の男性はふだん、LINEや地図検索サイトを見ながら歩くことが多いといいます。
Q 点字ブロックの上ということは気づいていましたか?
A 気づかなかったですね。

Q 視覚障害者が利用する場所ですが…
A 完全に無意識でした。意識せずに歩いてしまうことはあると思います。
続いて、20代の男性です。
Q 何を見ていましたか?
A LINEです。ずっと歩きながらやり取りしていました。

Q 今、点字ブロックの上を歩いていましたが。
A いや、無意識ですね。ただ歩いていたのが、たまたま。やめた方がいいかなと思うので気をつけます。
そして、スマホでゲームをしていた親子もいました。
Q 歩きながらついやってしまう?
A ついつい熱中してしまって、親子でハマっている感じです。

Q ほかにも歩きながらスマホを見ることは?
A 地図検索サイトで道を確認しながらということも多いですよね。

Q 点字ブロックの上ということは気づいていましたか?
A たしかに。気づかなかった。
 何も気にしないで歩いていたかもしれないですね。
街なかで話を聞くと、共通していたのは「無意識」ということ。
「点ブロスマホ」をする側にとっては、歩きスマホの延長にすぎないということなのでしょうか?
実際にぶつかった経験があるという人はいませんでしたが、当事者である視覚障害者との間には大きな意識の“ずれ”があるようです。

「ヒヤリハット」経験者が気づいたこと

さらに取材を続けていると、みずからの経験をSNSに投稿し「点ブロスマホ」をしなくなったという人に出会いました。
札幌市に住む20代の男性です。
去年、視覚障害者の男性に危うくぶつかりそうになる経験をしたといいます。

場所は、市の中心部にある地下通路。
点字ブロックがまっすぐ伸びています。

男性は、ここで会社からの帰り道に歩きスマホをしていました。

画面を見ながら歩いていると突然、視界に白い物が。
はっとして顔を上げると、白杖を持った男性が目の前に迫っていました。

ギリギリのところで体をかわし、衝突はせずに済みましたが、あと一歩遅ければけがをさせていたかもしれないとぞっとしたといいます。
札幌市の男性
「これまで歩きスマホをしていて人とぶつかることはなかったので、自分では慣れていると思っていました。しかし、この時は相手の男性がかなりの速さで歩いてきたので直前まで気づかず、服が触れ合うほどギリギリでした。私たちにとっては、まわりの人が歩きスマホをしていることは当たり前のようになってしまっていますが、視覚障害者の方にとっては決してそうではないのだと分かりました」
そして男性はこの時初めて、自分が点字ブロックの上を歩いていたことに気づきました。
札幌市の男性
「点字ブロックの上だったことは無意識でしたが、改めて思い返すと、進行方向から外れないようにしていたのかもしれません。歩きスマホをしていて、どちらが前か分からなくなる時があったので。点字ブロックは黄色くて目立つので、スマホの画面に集中していても視界に捉えつつ歩くことができます。それに足で踏んでも分かりやすいので、もしかしたら道しるべにして歩いていたのかなという気もします。点字ブロックは視覚障害者のためにあるものなので、自分の行動に気づいた時は本当に危ないと思ったし、反省しました。それ以来、点字ブロックの上は歩かないようにしています」
この男性が言うように、点字ブロックがもし、歩きスマホのための “ガイド” として使われているのだとしたら…。
こうした行為が今後、さらに広がってしまうおそれもあるのではないかと感じました。

「泣き寝入り」せずに済む社会に

「点ブロスマホ」で、かつてない危険にさらされている視覚障害者。
問題を解決するにはどうすればいいのでしょうか。

東京都盲人福祉協会で歩行訓練を担当している早苗和子さんは、まず視覚障害者がその場で声を上げられないことを理解してほしいと話します。

前から歩いてくる人が実際にスマホを見ているのかどうか、判断ができないからです。
このため、ぶつかられても注意できずにやり過ごすしかなく、結果として「点ブロスマホ」をしている側も危険を認識していない可能性があるといいます。

早苗さんは、歩きスマホが問題になっている今こそ、一人一人が視覚障害者の置かれている状況に思いをめぐらせ、相手の立場に立って行動してほしいと考えています。
東京都盲人福祉協会 早苗和子さん
「歩きスマホをやめてほしいと思っていても、確認できない以上、視覚障害者は行動に移したり、何かを訴えたりといったことがなかなかできない。泣き寝入りせざるをえないのが現状です。目の見えない方が歩くということはたくさんの危険が伴います。だからこそ、白いつえを持って周りの方に配慮を求めているんです。社会全体でもう1度、点字ブロックが何のために敷設されているのかということを考えて、スマホから目を離してほしいと思います」

視聴者アンケート 350人の声

私たちは今回、インターネット上で「点ブロスマホ」に関するアンケート調査も行いました。
寄せられた声は、合わせて350人余り。
アンケートからも、視覚障害者がふだんの生活の中でいかに危険な思いをしているかが伝わってきました。
・自宅近くが大型商業施設なので、時には向かってくる「点ブロスマホ」の人と激突することも。白杖に熊よけの鈴を2つ付けて注意喚起しているが、雑踏ではほとんど聞こえていない。
・点字ブロック上を白杖で歩いていたら、歩きスマホの方に真正面から来られてぶつかったことがある。けがはしなかったが「すみません」とこちらから謝ったら舌打ちされた。
一方「点ブロスマホ」をしたことがあるという人は。
・視覚に障害がある方を見かけることがないので、つい意識せず歩いてしまっている。
・ゲームで歩きスマホをしてしまっていた。点字ブロックについて強くは意識してこなかったので反省している。
・お店や目的地などを探す時、地図アプリを見ながら歩いてしまうことがある。特に、急いでいる時は無意識のうちに点字ブロックの上を歩いていたかもしれない。
また、点字ブロックそのものへの理解不足が原因だという声も多く聞かれました。
・点字ブロックの上に自転車を置く人もとても多い。なぜ置くのか尋ねると「点字ブロックって何のためにあるの?」と聞かれた。
・視覚に障害がある方々のために設置されているということが忘れられているように感じる。
・そもそも点字ブロックが何のためにあるのか知らない人が多すぎる。注意書きや教育も見直す必要があると思う。

日本発祥の点字ブロック 役割を守るために

点字ブロックは、1967年3月に岡山市で初めて設置され、全国、そして世界へと広まりました。
今月で誕生から55年。
今も変わらず、視覚障害者の生活に欠かせない「道しるべ」です。

私たち取材班は、これまで歩きスマホをめぐるさまざまな事例を取材してきましたが、今回、その問題の根深さを改めて感じました。

点字ブロックの大切な役割を守るためにも、それぞれがスマホとの“つきあい方”を見直さなければならない時期に来ているのではないでしょうか。

私たちはこれからも取材を続けていきます。
社会部 記者
江田剛章
2013年入局
徳島局、名古屋局を経て現所属
警視庁を担当
おはよう日本
ディレクター
山内沙紀
2013年入局
山口局を経て現所属
おはよう日本
ディレクター
太田緑
2012年入局
鹿児島局を経て現所属