シリア 報酬目当てのよう兵 ウクライナへ向かおうとする動き

ロシアのプーチン大統領がウクライナに外国の戦闘員を送り込む方針を示す中、内戦が続く中東のシリアから報酬を目当てにしたよう兵としてウクライナへ向かおうとする動きが出ていて、現地での戦闘の激化を招くおそれがあります。

シリアでは、ロシアが後ろ盾になっているアサド政権の協力のもと、ロシア側に立ってウクライナでの戦闘に参加するよう兵の募集が各地で進められていて、現地の情報を集めている「シリア人権監視団」によりますと、すでに4万人以上が登録したということです。

現在、戦闘経験に基づいた選考が行われているとみられ、一部は、ロシア軍が駐留するシリアの空軍基地からすでに現地に派遣された可能性があるということです。

こうしたよう兵の募集が行われている南部のスウェイダでは12日、ウクライナに軍事侵攻したロシアを支持する集会が開かれました。

集会では、プーチン大統領とアサド大統領が一緒に写ったポスターが掲げられ、集まった人々は「シリアとロシアは1つだ」などと声をあげていました。

市内では、現地の警察署によう兵の登録センターが設けられ、ウクライナへの派遣を志願する人たちが登録に訪れています。

登録を終えたという政府軍の元兵士で29歳の男性はNHKの取材に対し「申請が承認され次第、北西部のラタキアにある空軍基地に移され、契約を交わしたあと派遣されることになる」と話していました。

よう兵になる理由について男性は「生活が苦しく、お金のためと内戦でわれわれを支えてくれたロシアのためだ」としたうえで「ウクライナの戦闘の最前線で戦えば月に7000ドルが、後方でも3000ドルが支払われるとの説明を受けた」と明らかにしました。

そして「死につながる道かもしれないが、家族を養うためにこの機会を逃したくない」と話していました。

一方、ウクライナ側に立ってロシア軍と戦うよう兵の登録も同じシリアで始まっています。

こうした登録は、反政府勢力の拠点となっている北西部のイドリブ県で行われていて、手続きを済ませたという反政府勢力の元戦闘員で36歳の男性は、「大規模な戦闘や衝突の可能性がありますが、われわれはこの種の戦いには慣れています。志願した理由は2つで、ロシアと戦うためと、生活苦による経済的な理由です」と話していました。

ウクライナ政府が、こうしたよう兵を受け入れるかは明らかになっていませんが、シリアの反政府勢力内の各組織が登録を受け付けているということで、男性は「名前や必要な情報の登録を済ませ、次の指示を待っています。私だけでなく10人、20人と志願し、同じように待っている状況です」と話していました。

シリア人よう兵は、これまでも北アフリカのリビアや旧ソビエトのアゼルバイジャンとアルメニアの係争地にも派遣されていて、紛争を複雑化させる要因の1つともなってきました。

今回のウクライナへの派遣では、市街戦に投入されるのではないかとの見方が専門家から出ていて、ウクライナでの戦闘の激化を招くおそれがあります。

シリア人権監視団「状況さらに悪化」強い懸念

シリア人よう兵のウクライナへの派遣の動きについて、シリア人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表は13日、NHKの単独インタビューに応じ、「よう兵は民間人の犠牲をいとわず状況をさらに悪化させる」として強い懸念を示しました。

この中で、アブドルラフマン代表はロシア側にたって戦うシリア人よう兵の登録はシリア軍の元兵士など4万人以上にのぼり、戦闘経験に基づいて選考が行われているとしたうえで多くは、生活苦による報酬目当てだと指摘しました。

選考では、ゲリラ戦の経験があるかどうかが重視され、すでに一部がシリア北西部のロシア軍が駐留する空軍基地から派遣されている可能性があるとしています。

そのうえで、「シリア人よう兵は派遣されたリビアでは、『雇われた殺人者』と呼ばれ、その名の通り、ウクライナであろうがどこであろうが、民間人の犠牲をいとわない。状況をさらに悪化させるだろう」と述べ、強い懸念を示しました。

また、ウクライナでのロシア軍の戦術について、かつてシリアで実行されたものだと指摘し、「都市を包囲する前に事前に退路をつくり、相手が退却しない場合は完全に包囲し、降伏させ支配下に置くまで飢えの苦しみと爆撃を続けるやり方だ」と述べシリアで起きた人道危機が繰り返されているとして、ロシアを非難しました。

シリア内戦に至るデモから11年

シリアでは11年前の3月15日、「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が波及する形で反政府デモが各地に広がり、これをアサド政権が弾圧したことで激しい内戦に発展しました。

内戦は、混乱に乗じて過激派組織IS=イスラミックステートが勢力を拡大するなど泥沼化し、現地の情報を集める「シリア人権監視団」によりますと、これまでの死者は49万9657人にのぼり、このうちおよそ3人に1人が民間人だということです。

また、内戦で国民の2人に1人が家を追われ、国連のまとめでは、国外に逃れた難民は670万人以上にのぼります。

一時は劣勢となったアサド政権は2015年からロシアによる空爆の支援を受けて反政府勢力やISの支配地域を次々と奪還しました。

一方、反政府勢力は、1つにまとまれずに分裂が進み、北西部イドリブ県とその周辺に追い詰められ、ISも弱体化する中、アサド政権は軍事的な勝利をほぼ確実にしました。

おととし、アサド政権を支えるロシアと反政府勢力を支援するトルコが停戦で合意してからは、大規模な戦闘は収まっていますが、政権側と反政府勢力、それにアメリカが支援し、北東部を事実上支配するクルド人勢力など国は分断され、散発的な衝突が続いています。

また、国連安全保障理事会の決議に基づく自由で公正な選挙に向けた憲法の起草など政治的な解決を目指すプロセスは行き詰まっていて、内戦の終結は見通せていません。

シリア人権監視団のアブドルラフマン代表は「内戦を終わらせる唯一の解決策は国際社会の力でシリアを変えることだが、いまのロシアとアメリカの対立の事態を受けてそれも望めない。シリアという国が近い将来、再び1つにまとまることはないだろう」と述べ、ウクライナ情勢を受けてシリアの和平はより遠のいたとの認識を示しました。