どうなってる?東京の無電柱化

どうなってる?東京の無電柱化
道路に倒れ、車や人の行く手を阻む電柱。
11年前の東日本大震災では、2万8000本も倒れ、救助活動の妨げとなりました。さらに深刻な事態が予測される首都直下地震に備え、東京都が進めているのが「無電柱化」です。小池知事も力を入れるこの対策ですが、現場を取材すると、実現に向けた課題が見えてきました。(首都圏局都庁クラブ記者 尾垣和幸)

よく目にする町の風景、災害時には…

狭い道にずらりと建ち並ぶ電柱、そして電線。道路の両側には家並みが迫り、昼間から多くの車が、電柱を避けるように通行しています。
ここは、東京・荒川区の木造住宅の密集地域、いわゆる「木密地域」です。

東京都内のみならず、全国各地でよく見るこうした光景。

電柱が倒れたことを想像すると、消防車が入れなくなるだけでなく、人の避難にも支障が出ると感じます。

“無電柱化”は知事の公約にも

こうした電柱をなくし、電線を地中に埋める「無電柱化」。その政策に力を入れているのは、小池都知事です。

2016年の都知事選挙では、「都道の電柱ゼロ」を公約のひとつに掲げ、当選後も進めてきました。
「無電柱化」に力を入れる理由のひとつが、電柱が災害に弱いことです。

11年前の東日本大震災では全国でおよそ2万8000本の電柱が倒壊し、停電の原因となり、さらに消火や救助の妨げとなりました。
首都直下地震では、「木密地域」でさらに深刻な被害の発生が想定されます。

最悪の場合の死者2万3000人のうち、7割がこうした地域を中心とした火災による被害が予測されるのです。
こうしたことから、東京都が1986年から行ってきた無電柱化の事業を、小池知事が加速させようとしてきたのです。

東京都は“トップランナー”、でも…

無電柱化はどこまで進んでいるのでしょうか。

その手がかりとなるのが、2020年度末の国土交通省の「無電柱化率」のデータです。
特別区と政令市で比べると、東京23区が8.2%ながら最も進んでいます。

次いで大阪市が5.6%、名古屋市が5.1%。

国内のほかの都市に比べると進んでいると言えそうです。

一方、海外との比較を見てみると、印象は変わります。
ロンドンやパリ、香港、シンガポールでは、無電柱化率が100%、つまり都市に電柱が1本もないのに比べると、大きく立ち遅れているのが現状なのです。

工事の「全額」を補助。それでも…

東京都の担当者を取材すると、それでもこの数年、「国道」や「都道」、つまり幅の広い幹線道路では、比較的対策が進んできたといいます。
無電柱化を計画している都道のうち、23区内では、2019年末の時点でおよそ6割の工事が終わっています。
一方、課題だと口をそろえるのが、「区市町村道」とりわけ「木密地域」の対策です。

都は、3年前の2019年から、国とも協力して、こうした地域で都内の区市町村が行う「無電柱化」のために、電線を埋める工事の「全額」を補助しています。

しかし、それでも大きな課題があるようです。

「全額を補助」しても進まない理由とは、いったい何なのでしょうか。

道路の下が、いっぱい

荒川区の別の区道です。住宅が密集して道も狭い、典型的な「木密地域」です。
「この道の下、すでにいっぱいいっぱいなんですよ」

担当者が、放送などに出さないことを条件に見せてくれたのが、道路の下の断面図です。

地下には、所狭しとガス管や上下水の管が埋まっていました。

「無電柱化」を進めるには、「すし詰め状態」になった道路の下に、電線などを埋める必要があります。
それがそう簡単でないのは、電線や通信、テレビなどの多種多様なケーブルを入れるためです。

さらに、これらのケーブルと住宅への引き込み線との接続部分を入れる、「特殊部」と呼ばれるこのコンクリート製のボックス。
弱い接続部分の強度を保つために欠かせないといいますが、小さなタイプでも幅が2メートルほどあります。

ただでさえ狭い道路の下に入れるのは、至難の業だといいます。

工事できたのは 6年で630メートル

案内してもらった区道では、防災のために道路の幅を広げる工事と合わせることで、電線などを埋めるめどがたちました。

道路の幅を6メートルまで拡幅し、道路の下に電線などを通せる空間ができたためです。
しかし道路を広げるために用地を買収し、両側の住宅を道路から後退してもらう工事には、10年以上かかりました。

また、地中の状況を調査するための工事なども発生しました。

道路管理者の負担は、1キロあたりおよそ3.5億円かかるとされていますが、その2倍近くの費用がかかりました。

そのため、区の負担も生じています。
荒川区は、木密地域を中心に、およそ20キロの区道の無電柱化を検討しています。

しかし、6年かけて工事のめどがたったのは、およそ3キロ。

工事が完了したのは630メートルです。

この現状を、荒川区はどう捉えているのでしょうか。
荒川区防災都市づくり部基盤整備課 諸角明彦課長
「住民からは『スピード感を持ってやってくれ』という声が寄せられています。木密地域も、工事を進めていかなくてはいけないというのは、強い意識として持っていますが、工事の速度を上げることは簡単ではない。また、掘って埋めてという工事を繰り返していると、負担は大きく、国や都にはもう少し援助していただけると助かるというのが本音です」

無電柱化推進に 新技術の開発も

工期と工費、そしてスペースの問題が立ちはだかる中、解決の糸口となる新しい技術も開発されていました。
東京 大田区のインフラ設備会社が開発したのが、地中の「見える化」技術です。

特殊な機械を道路上で動かすだけで、電磁波で地中のガス管や上下水管の位置を把握し、3D化して表現できます。
3D化することで、地中の状況を把握するための試掘を繰り返す必要がなくなるため、工期短縮とコストカットにつながります。
また、立体的に見ることができるため、ほかのライフラインを上下左右にかわしながら、電線を埋めていく設計も可能だといいます。
インフラ設備会社「ジオ・サーチ」 冨田洋会長
「木密地域は、ライフラインや用途が分からないような管が『スパゲッティ』のように複雑に入り組んでいるんですよ。3D画像を見て、工事がスムーズに行えそうなところを優先的に選択していくことで、着実に減災につなげていくことができると思います」

東京都の担当者は…

「木密地域」を中心に、無電柱化に時間がかかっていることを、東京都はどう捉えているのか。

担当者に問いました。
東京都建設局 岡部幹雄 無電柱化事業担当課長
「狭い道路の無電柱化は確かに難しい問題です。区市町村とは技術検討会なども開いているので、民間の力を借りながら技術開発を進め、区市町村に紹介していきたい」

専門家は…

専門家は、「木密地域」など狭い道路で無電柱化を進めるには、自治体にとって使いやすい方法を考えていく必要があると指摘します。
東京工業大学 屋井鉄雄副学長
「従来の工事方法だと、電線事業者の負担を合わせれば1キロ5億円にのぼり、住民などと合意形成ができても7、8年かかるため、防災の観点ではやはり難しい。場所に応じて手段を変えることで、実現することもありえるので、国や都は、自治体の選択肢を広げるようなスキームをもっと考えていかなくてはいけない」

無電柱化 あらゆる方法の模索を

「都道への対策だけでは、十分ではない」

東京都は、区市町村だけではなく、私道にも補助の対象を広げる検討をしていて、その「本気度」も感じるのは事実です。
しかし、費用の面だけでは解決できない問題があることも取材の過程で見えてきました。

首都直下地震など、災害は対策を待ってはくれません。

あらゆる方法を模索して、対策を進める必要があるのだと思います。
首都圏局記者
尾垣 和幸
新聞記者を経て2017年入局
千葉放送局を経て現所属