今、目の前で突然人が倒れたら あなたはAEDを使えますか?

今、目の前で突然人が倒れたら あなたはAEDを使えますか?
心筋梗塞など心臓に異常が起きて突然死する人は全国で年間7万人。こうした人たちの救命に必要なAEDは年々普及が進んできましたが、コロナ禍で今、その状況に異変が起きているんです。

もし目の前で突然人が倒れたら、あなたならどうしますか。
とっさの行動で人の命を救うことができますか。
(名古屋放送局 松岡康子/ネットワーク報道部 鈴木彩里)

目次

1 中学生が先生を救った
2 コロナ禍でAED使用率が大幅減
3 安全な使用方法は
4 スポーツの観客を救うには
5「推し活」でアプローチを

中学生が先生を救った

2021年5月。神奈川県鎌倉市の中学校で、部活動の練習中、先生が突然倒れました。

突然の心停止。しかし、先生は一命をとりとめました。

命を救ったのは、その場にいた中学生たちでした。

「心臓が止まっている」
とっさの判断で、授業で使い方を学んでいたAEDを使ったのです。

越川崇憲さん(32)は顧問をしているバスケットボール部の練習中に突然倒れました。
越川先生
「ドリブルの練習をして、そこで笛を吹いて、指示を出したりしていました。その時心臓がバクバクしているなと感じたんです」
そばにいた2年生の小野蒼平さんはすぐに仲間と一緒に駆け寄りました。
小野蒼平さん
「”先生大丈夫ですか?”って、耳元や顔のあたりで叫んだんですが、全然反応がなくて。手首触ったりして明らかに冷たくなっていて、その後首とか目とかも確認して、明らかにまずいって状況になって」
心臓が止まっていると思い、とっさに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を始めました。

同時に他の部員が119番通報に走りましたが、ちょうど連休中で、職員室は鍵がかかっていました。

生徒たちは電話を借りに学校の外まで走りました。

しかし、その間も先生の意識は戻りません。
そこで機転を利かせたのは別の3年生の部員でした。体育館の入り口に設置されていたAEDを取ってくるよう1年生に指示しました。

AEDの音声に従って電気ショックを2回実施。
その後も、胸骨圧迫を続けました。

救急隊の到着を待つまでの10数分、中学生だけで必死に救命処置を続けたのです。

越川さんは1か月後には仕事に復帰しました。後遺症もなく、以前と変わらない生活を送っています。
越川先生
「医師からは『奇跡だよ、本当に中学生がやったの?』と聞かれました。こういうことがあって自分も救命の講習を受けました。普通に部活の顧問ができていることが、本当に幸せなんだということを感じさせてもらってます。本当にありがとうね」

コロナ禍でAEDの使用率が…

しかし、このAEDをめぐって今、異変が起きています。

突然の心停止に備え、医療従事者ではない一般の人がAEDを使用できるようになったのは18年前、2004年7月のことです。

各地で講習会が開かれるなど普及が進み全国でおよそ60万台以上のAEDが設置されています。
誰かの目の前で倒れた人がAEDで電気ショックの処置を受けた割合を示す「使用率」は年々上昇傾向にあり2019年には5%を超えていました。

ところが、おととし(2020年)この使用率が減少に転じ、4.2%にまで下がりました。減少幅としてもこれまでで最も大きくなりました。
AEDの使用率とともに救命率も連動するように下がっています。
日本AED財団はこの事態を受け、2月に緊急提言を出しました。

「コロナ禍だからこそ目の前で誰かが倒れたら、AEDを使い、救命処置にご協力ください」

ではなぜ、AEDが使われなくなったのか。

日本AED財団の本間洋輔医師は、新型コロナの感染拡大が影響しているのではないかと見ています。
本間医師
「新型コロナウイルスの流行によって、倒れた人がコロナに感染しているかもしれないと思って、人との接触を避ける傾向が増えました。そのためAEDの使用率も低下したのではないでしょうか」

実際にコロナ禍で使うには?

普及を進める日本AED財団は、コロナ禍でもAEDは安全に使用できるとしています。
AEDが到着する前に行う胸骨圧迫については、新型コロナの感染を防ぐためのやり方が詳しく紹介されています。
▼布などがあれば、胸骨圧迫を行う前に、口と鼻を覆うように布をかける

▼マスクをつけていれば、そのまま胸骨圧迫を実施する

▼救急隊に引き継いだら手と顔を洗う
本間医師
「AEDを使うことによって感染するリスクは低いと言われています。その正しい知識を伝えられる場がないことが大きな問題かなと思っています。AEDを使用することをためらわないでほしいし、勇気を持って使ってほしい。1人でできることは限界があるので、人を呼ぶなどして、できることを一歩踏み出してやってもらいたいです」
財団ではオンラインでの講習会も積極的に行っています。

AEDを運ぶのは観客のあなた

そしてスポーツの現場ではことし1月、新たな取り組みが始まりました。

観客席で突然心臓が止まった人を救命するため、AEDを速やかに届けようとあらかじめAEDを運ぶ人を決めておく取り組みで「RED SEAT」(レッドシート)と名付けられました。
決められた座席に座った人は「RED SEATER」としてあらかじめ一番近い場所にあるAEDの場所を把握してもらいます。

そして万が一の場合にはAEDを取りに行って運ぶ役割を担ってもらいます。
3年前、この取り組みのアイデアを提案したのはスポーツ好きな3人の男子高校生でした。
田中大悟さん
「スタッフがただAEDを運ぶだけでは、啓発活動にならないと思ったんです。全部受け身になってしまうじゃないですか。何か観客が関われる形だと啓発活動になるんじゃないかと考えていて、観客にAEDを届けてもらうシステムをできたらいいかなと思いつきました」
着想からおよそ3年。

実証実験を経て、新たなリーグとしてことし開幕したばかりのラグビーのプロリーグ、リーグワンの1チームが取り入れることにしました。
導入したのはクボタスピアーズ船橋・東京ベイです。

チームのトップ、ゼネラルマネージャーの石川充さんには特別な思いがありました。
石川GM
「2009年に秩父宮ラグビー場で20歳以下の代表戦がありました。優勝が決まって表彰式が行われている最中に、観客席にいたニュージーランドのザック・ギルフォード選手のお父さんが心臓発作を起こしたんです。それを目の前で見ていたんです。お父さんはその後、亡くなりました」
石川GM
「まだあまりAEDが普及していなかった時代ですね。倒れて救急車が来て、みんなあたふたして、どうしていいのかわからない状態で。それを見ていたので、観客の救護というのはすごく大事だと思っていて、ぜひ取り入れようと思いました」
日本ラグビー協会によりますと、このとき、すでに秩父宮ラグビー場にはAEDが設置されていたということですが、石川さんはAEDは使用されなかったと記憶しているといいます。
さらに2019年、日本を熱狂の渦に巻き込んだラグビーワールドカップ日本大会の決勝。

横浜国際総合競技場での試合開始直前に観客の外国人が突然の心停止で倒れました。

幸い近くの観客の中に医師がいてすぐにAEDを使って処置され命が救われましたが、7万人を超える観客が入った会場では、少しでも遅れれば最悪の事態になりかねませんでした。
ことし1月29日、「RED SEAT」のスタートは、クボタスピアーズのホーム開幕戦でした。

この日は、AEDを運ぶ「RED SEATER」を救急救命を学ぶ大学生が担当し、試合の前にAEDの位置を確認。人が倒れたという想定で何分以内に客席に持ってこられるかを確かめました。

心停止を起こしてからAEDの使用が1分遅れるごとに救命率は10%ずつ低下するとされているため、この取り組みではAEDを2分以内に届け、3分以内に使うことを目標にしています。

将来的には「RED SEATER」を一般の観客に務めてもらう形を目指します。
本間医師
「観客席に注目して突然死を減らす仕組みというのは、まだまだ少ないのが現状です。この『RED SEAT』はあくまでシステムであり、何か物を買う必要はなく、もともと競技場に備え付けてあるAEDを使うことから費用がかからないことがポイントです。いろんなチーム、いろんな競技で導入しやすいと考えています」

「推し活」でアプローチ

さらに多くの人にAEDを使う重要性を知ってもらうために普及を進めるNPO法人ちば救命・AED普及研究会という団体では、救命とは縁の薄い人たちにアプローチするためソーシャルゲームとのコラボレーションも行っています。
コラボしたのはアイドルを育成するシミュレーションを行う「アイドルマスター SideM」というゲーム。

アイドルの1人である「木村龍」というキャラクターが元消防士という肩書になっていることに目をつけました。

このキャラクターのイラストが入ったパンフレットなどを使って去年9月からユーザー向けに対面やオンラインによる講習会を17回開催しました。
参加者にアイドルのイラスト入りの講習参加証をプレゼントするなどした結果、自分の身近な「推し」がPRしている、ということをきっかけに関心を持ったファンたちが受講しこれまでに600人を超える人がAEDの使い方を学びました。

実際、講習会への参加がきっかけで駅で突然倒れた人の救命に協力した人もいたということです。
本間医師
「初めての試みですが、とにかくSNSでの浸透が早くて驚きました。コロナ禍ではありますが、AEDの使用率をもっと上げられるようにできる取り組みを続けていきたいです」
目の前で倒れた人をとっさに助けることができるのはほんの少しの勇気とそれまでに培った知識かもしれません。

誰もがためらわずにAEDを使える日が来るまで、さまざまなアプローチが続きます。