【詳しく】プーチン大統領の思惑は? 石川解説委員が分析

ロシアがウクライナに侵攻して1週間余り。旧ソビエト時代から長年、ロシア取材をし、プーチン大統領にも詳しい石川一洋解説委員に、プーチン大統領の思惑と今後の見通しを分析してもらいました。

1 誤算?
2 見えない仲裁役
というキーワードが浮かび上がってきました。

そもそも、今回の侵攻は予想できましたか?

あるかもしれないと思いつつ、いやそんなことはありえないとしてきたのが正直なところです。衝撃を受けています。

私は1月27日の時論公論で「大ロシア主義に基づく考え方でプーチン大統領が動く場合、本格侵攻するおそれは残念ながら排除されない」と述べました。

そして「ロシアとつながりの深い東部でもロシア軍は激しい抵抗を受け、欧米も厳しい経済制裁を取るでしょう。侵攻はロシアの国際的な孤立を深め、アフガニスタンのような長期的な泥沼の戦争になる可能性もあるのです」とも指摘しました。
ただ私はそれだからこそプーチン大統領は大きなリスクを冒してまで本格侵攻はしないと思い、また願っていました。

侵攻したあとの状況は当時私が指摘したようなものとなっているのですが、逆にプーチン大統領はどのような情勢分析に基づいて軍事侵攻を決定したのか、核大国の指導者が客観的な情勢判断をできなくなっているのではないか、今は恐ろしくなっています。

プーチン大統領の思惑はどう分析?

当初のプーチン大統領のねらいでは、早期決着を考えていたのだと思います。

今頃は、すでに首都キエフをおさえて、ウクライナのゼレンスキー大統領など閣僚をモスクワのクレムリンに呼び寄せ、ロシアに有利な条件で交渉を合意させようと考えていた可能性があります。

私は、1968年の「プラハの春」を、当時のソビエトが力でつぶしたことが頭に浮かびました。今回も同じようなことを考えていたのかも知れません。武力介入で他国の民主化を潰す手法です。
ちなみに「プラハの春」とは1968年、ソビエトの同盟国で社会主義国だった、当時のチェコスロバキアの首都プラハで起きた民主化運動のことです。

これをソビエトがほかの東ヨーロッパ諸国とともにチェコスロバキアに軍事介入し、抵抗した多くの市民を弾圧し、ドプチェク書記長ら改革派の指導部をモスクワに連れ去り、クレムリンで改革を断念する「モスクワ議定書」に調印させました。

侵攻して1週間が過ぎましたが?

そういう意味では、プーチン大統領の当初のねらい、思惑は外れた可能性が高いとみられます。

その要因の一つに、ウクライナ国民の予想外の抵抗というのが考えられます。プーチン大統領は、ウクライナを“兄弟国家”と呼び、去年7月に発表した論文の中でもロシアとウクライナ人は同じ民族ということを述べています。

ウクライナ側もそれに近い感覚だと思っていたのかもしれません。特に、東部の地域では、2014年の時にクリミアを併合した時のように、歓迎されるのではないかとさえ思っていたのかも知れません。

ウクライナはロシアをどうみてるの?

一方、ウクライナはそうした“兄弟意識”はなくなったとみられます。ソビエトが崩壊してこの30年間で、当初はあいまいだったウクライナ国民という意識がつくりあげられたということです。

ソビエト連邦を構成した国々は独立したあと、曖昧だったみずからのアイデンティティをそれぞれの国で確かなものにしていくというプロセスをそれぞれの国が事情に合わせて進めていったのです。国民国家になるプロセスと言えます。

ソビエト連邦という巨大な帝国から一つの普通の国民国家に向かう。それは簡単なものではないのです。皮肉なことに、ロシアがウクライナへその影響力を及ぼそうとすればするほど、ウクライナの人たちのそうした意識をより強固にしているのかもしれません。

実際に、ロシア侵攻後のウクライナの人たちのロシアへの非難、激しい反発の声でもそうしたことがうかがえます。

またプーチン大統領はゼレンスキー大統領をコメディアン出身の政治経験のない大統領と見くびったのかもしれません。しかしゼレンスキー大統領は勇気とまさにコメディアン出身のコミュニケート能力を生かして国際社会と国民の支持を集めることに成功しました。彼の支持率は今や90%を超えています。

プーチン大統領が恐れることは?

長期化ですね。

ソビエト連邦が崩壊した一因となったアフガニスタンに侵攻した時のように。アフガンスタンの侵攻では、旧ソビエトは激しい抵抗にあって戦況は泥沼化しました。

戦死者が増え続ける中、国民は戦争の大義名分に疑問を抱き始め、かさむ戦費は国家財政を圧迫し、ソビエト崩壊の一つの原因となったと言われています。今回も、ウクライナの激しい抵抗や国際社会の徹底した制裁が長期化すれば、プーチン政権体制そのものが危うくなる可能性があります。

ゼレンスキー大統領の苦悩は?

ゼレンスキー大統領は国民に徹底抗戦を呼びかけています。しかしこの若い指導者の肩にどれほどの責任と重圧が圧し掛かっているのでしょうか。

徹底抗戦をすることは、国民や若者の死にもつながります。
ロシア軍の軍事的な優位はアメリカも認めています。
侵略者に対する正義の戦いを継続する。
自由と民主主義を守るために戦う。

その道もあります。

ただ仮にこの状態が3年、4年、5年と長期化すれば、人も街も徹底的に破壊されるおそれがあります。それはあまりにも犠牲が大きすぎます。徹底抗戦か、それとも何らかの妥協か、深い苦悩があるでしょう。

日本を含めG7はゼレンスキー大統領をいかなる場合も支えなければならないでしょう。

さらに、懸念されるのは状況がエスカレートすることです。たとえば第一次世界大戦でも、きっかけは1914年6月のサラエボ事件で、そこからエスカレートして世界大戦になってしまいました。

当初は誰もこんな大戦争になるとは思っていなかったはずです。
ウクライナ侵攻後、プーチン大統領が「核のカード」をちらつかせていますが、これも非常に危険なことです。

エスカレートさせないためには?

プーチン大統領が何を考えているのか、その意図が読めないことが最大の不安です。

戦争を止めるためにはプーチン大統領を説得しなければなりません。彼が誤った無謀な暴挙を続けるのであれば、ウクライナは戦うしかないでしょう。

ただプーチン大統領を思いとどまらせるためには彼との対話の窓口を閉ざしてはなりません。ブレーキ役、まとめ役、仲裁役が必要です。

2008年にロシアがジョージアに軍事侵攻した際には、当時のフランスのサルコジ大統領が、2014年のクリミア侵攻の際には、当時のドイツのメルケル首相がそうした役割を担いました。

今回は今のところ、そうしたEUのリーダーが見えてこないことも心配です。

アメリカとロシアの間で何かしらの交渉のチャンネルがあるといいのですが。

もしかしたら対ロシア経験がもっとも豊富なバーンズCIA長官が裏チャンネルを担っていればとも考えるのですが、これは希望的な観測です。

プーチン体制はどうなるの?

プーチン大統領はもともと国民が何を求めているのか、思っているのか、感じる能力が非常に高いポピュリストです。

2000年大統領に就任した時は「安定」を掲げました。変化に疲れたロシア国民はプーチンを支持しました。その後も一貫して高い支持を得ていた要因でもあります。

ところが、ここ数年、そこにずれが生じてきているように感じます。

2012年に大統領に戻って、その後、クリミア併合で一時的に支持率が上がりましたが、2018年の大統領選挙の時には、かつての熱狂的な支持は感じられませんでした。結果的には選ばれましたが消極的な支持という感じです。

国民は安定とともに何らかの変化を求めているのに、プーチンは変化を示すことができない。安定が停滞になってしまっている。

国民に、次の世の中をこうするという見通しが示せずに、国民とのずれに気付かずに、ウクライナ侵攻に踏み切ったおそれもあります。ロシア国民の間で、プーチンを支持していた人々の中にも今回の戦争には「なぜ兄弟であるウクライナと戦争するの」という素朴な疑問が広がっています。

もしかしたらプーチン体制の終わりの始まりとなるかもしれません。