御嶽海が大関昇進 口上で「相撲道にまい進」大相撲

日本相撲協会は26日に臨時の理事会を開き、初場所で3回目の優勝を果たした御嶽海の大関昇進を決めました。
御嶽海は伝達式の口上(こうじょう)で「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬよう、感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし相撲道にまい進してまいります」と決意を述べました。

御嶽海は、今月行われた初場所で13勝2敗の成績で令和元年秋場所以来となる3回目の優勝を果たしました。

日本相撲協会は、26日に東京 両国の国技館で次の春場所に向けた番付編成会議と臨時の理事会を開き、御嶽海の大関昇進を決めました。

これを受けて相撲協会の使者2人が御嶽海と師匠の出羽海親方が待つ、東京 墨田区の出羽海部屋へ行き、大関への昇進を伝えました。

御嶽海ははっきりとした口調で「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬよう、感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし、相撲道にまい進してまいります」と決意を述べました。

御嶽海「フランクな大関になれればいい」

大相撲で大関に昇進した御嶽海が記者会見に臨み「土俵の上では人一倍気迫のある大関で、土俵をおりたら少しフランクな大関になれればいい」と理想の大関像を語りました。

御嶽海は、東京 墨田区の出羽海部屋で大関昇進の伝達式を終えた後、記者会見に臨みました。

御嶽海は伝達式での口上を終えて「ほっとしている。一生に一度のことなので、しっかり言えるかどうか緊張したが、満点です」と心境を話しました。

そのうえで、口上に「感謝の気持ち」ということばを盛り込んだことについて「中学校の恩師に“感謝の気持ちを忘れないで相撲を取りなさい”と、大学に行ってもプロになってもずっと言われ続けてきた。その恩師のことばを取った」と説明しました。

また「自分の持ち味を生かす」ということばを盛り込んだことについては「中学校の石碑に、自分の持ち味を生かせよということばが刻まれていて、それを使わせていただいた」と説明し「部屋はもちろん、いろいろな人に支えられ、つながれているので、その感謝を込めた」と話しました。

御嶽海は初めて三役に昇進してから、およそ5年間での大関昇進で「大関候補とずっと言われてきて、いろんな方に先を越されて、すごく悔しい思いもした。試行錯誤しながらつかんだのはうれしい」と話しました。

大関の地位については「ここからがスタートラインに立った感じなので、今まで以上に気を引き締めてやっていくしかない」と責任の重みを感じている様子でした。

また、長野県出身力士として、江戸時代に無類の強さを発揮した伝説的な大関、雷電以来227年ぶりの大関昇進を果たしたことについては「雲の上の存在だ。自分がその後というのは荷が重いと思う」と話していました。

そして、理想の大関像として「近寄りがたい大関になることが本当は目標だが、自分の性格上、みんな話しかけてくれるので、土俵の上では人一倍気迫のある大関で、土俵をおりたら少しフランクな大関になれればいいと思う」と話していました。

母のマルガリータさん「いつも愛してる ケガしないように」

御嶽海の父、大道春男さんは「本当にうれしく思っている。親方はじめ、おかみさん、部屋の方々、皆さんに大きく育てていただいて感謝している」と喜びを語りました。

その上で、今後に向けて「自分の相撲を取ってほしい」と期待を寄せていました。

また、母のマルガリータさんは初場所の千秋楽、国技館で取組を見ていましたが、本人と会うのは2年ぶりだということで「いつも愛しているよ、頑張って下さいと声をかけた。ケガをしないように祈っている」と話していました。

師匠の出羽海親方「夢にも思わなかった」

御嶽海の師匠の出羽海親方は「ほっとした。部屋を継いで8年になるが、この日が来るとは夢にも思っていなかった。数年前から大関候補と言われつつも、ほかの力士に抜かれ、本人が一番悔しい思いをしたと思うが、昇進してうれしい」と喜びを語りました。

その上で「協会の顔として、大関の地位、恥ずかしくない相撲、言動、行動を取りながら、さらに上を目指してほしい」と期待を込めました。

先代親方 元関脇 鷲羽山 石田佳員さん「うれしいのひとこと」

先代の出羽海親方で、元関脇・鷲羽山の石田佳員さんは「うれしいのひとことで、本人がよく頑張った。部屋一丸となって、大関をつくってくれた。これに満足せず、横綱に向けてなおいっそう努力してほしい」と昇進を喜びました。

また「今場所は内容に安定感があったし、迷いもなかった」と取組も評価していました。

八角理事長「立派な大関に」

日本相撲協会の八角理事長は御嶽海の大関昇進を受け「自分の持ち味を活かした前に出る相撲で安定した力を見せてくれた。大関になり、期待と重圧がいままで以上に大きくなると思うが、それに打ち勝ち、これからも自分らしい相撲をとり続けてほしい。立派な大関になってくれる事を期待している」とのコメントを出しました。

「口上」とは

大関昇進は、日本相撲協会の使者が新大関と師匠のもとを訪れて直接伝達し、新大関は、受諾する意思とともに大関としての決意を示す「口上」を述べます。

平成の大横綱 貴乃花は、平成5年に大関に昇進した際に「今後も不撓不屈(ふとうふくつ)の精神で相撲道に精進します」と述べました。
「不撓不屈」は「どんな苦労や困難にもくじけないこと」という意味の言葉で貴乃花が横綱昇進の際にも用いていました。

貴乃花の兄の元横綱 若乃花が大関に昇進した際は「今後も一意専心の気持ちを忘れず相撲道に精進致します」と口上を述べました。
「一意専心」は「わき目もふらず心を一つのことだけに注ぐ」という意味です。

おととしの秋場所のあと昇進した正代は「至誠一貫の精神で相撲道にまい進して参ります」と述べました。
“至誠”には、「極めて誠実であること」や「このうえない真心」という意味があり、正代は、誠実さを貫き通すことが「今後の自分の生き方に当てはまる」として新大関の決意を込めました。

一方で、四字熟語などを使わない口上もありました。
元横綱 稀勢の里が平成23年に昇進した際の口上は「大関の名を汚さぬよう精進します」という簡潔な言葉でした。

3年前に大関に昇進したときの貴景勝は「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進して参ります」と述べ「武士道精神」という漢字5文字に思いを込めました。

御嶽海は優勝から一夜明けて開いた記者会見で、口上について「シンプルにいこうかなと思う」と話していました。

「自分の持ち味を生かし」28代木村庄之助のことばを引用

御嶽海が伝達式の口上で述べた「自分の持ち味を生かし」ということばは、自身と同じ出羽海部屋にかつて所属していた行司、28代木村庄之助のことばを引用したものでした。

大相撲の行司、28代木村庄之助は平成3年1月に襲名してから2年余り務めました。

木村庄之助が平成10年に長野県木曽福島町、現在の木曽町を訪れた際、御嶽海の母校でもある福島中学校に立ち寄り「自分の持ち味をいかせよ」ということばを記していました。

その2年後の平成12年、中学校の相撲部が全国大会で優勝したことを記念して、学校にこのことばが刻まれた石碑が建てられたということです。

福島中学校は平成28年に別の中学校と合併して木曽町中学校となりましたが、石碑は現在も敷地に残っています。

御嶽海は伝達式のあとの記者会見で、このことばについて「絶対に使いたいと思っていた」と話していました。

木曽町中学校は「母校の石碑に記されたことばを口上で使っていただけるとは、驚き以上にうれしい思いです。大関の郷土愛を感じます」と話しています。

雷電の子孫 “同じ出身の雷電が後ろについている気持ちで”

大相撲初場所で優勝した御嶽海が、長野県出身の力士としては、江戸時代に活躍した雷電以来、227年ぶりに大関となりました。

今の長野県東御市出身の雷電は、身長1メートル97センチ、体重169キロの大きな体と怪力で、9割6分2厘という驚異的な勝率を残したとされ、当時の番付で最高位だった大関として活躍しました。

東御市の関賢治さん(74)は、雷電から8代目となる子孫で、市の史跡「雷電生家」の管理を担っています。

関さんは「2世紀以上たってようやく県出身の大関が誕生して喜ばしい。初場所の千秋楽当日は近くにある雷電の墓を訪れて『力を貸してください』とお願いして、見事、優勝してくれた。雷電も喜んでいると思う」と、御嶽海の大関昇進を祝いました。

雷電は無類の強さだけでなく礼儀を重んじる人柄も伝わっているということで、関さんは「御嶽海は勝ったあとも対戦相手に手を差し伸べるなど、周りに気を使う姿が雷電と重なり親近感がわく」と話していました。

そのうえで「御嶽海には同じ信州出身の雷電が後ろについているという気持ちでさらに励んでほしい。持ち味の前に出る相撲でもうひとつ上の横綱を目指して進んでもらいたい」とさらなる活躍に期待を寄せていました。