「どのビルが危険かわからない」“見過ごされた”耐震化

「どのビルが危険かわからない」“見過ごされた”耐震化
繁華街に建ち並ぶ無数のビル。
この中に、大地震で倒壊して私たちの命を奪う危険性があるビルが潜んでいます。

しかし、詳しい実態は国も自治体も把握できていません。

27年前、1995年1月に起きた阪神・淡路大震災では、ビルが相次いで倒壊しました。
これまでその被害は十分に顧みられることなく、耐震化の焦点は主に住宅に当てられてきました。

耐震化に踏み切れないビルのオーナーたちが口にするのは、多額の費用負担への抵抗感。
首都直下地震や南海トラフ巨大地震など次なる大災害が懸念される中、人命と経済がてんびんにかけられ揺れ動いています。

「見過ごされた耐震化」。あなたがいるビルは大丈夫ですか。

(NHKスペシャル「見過ごされた耐震化 ~阪神・淡路大震災 建物からどう命を守るか~」取材班)

「目抜き通り外れると耐震診断すら義務づけられず」

東京 銀座の繁華街。きらびやかな街並みも、耐震の専門家の目には全く異なる光景として映ります。

街を一緒に歩いた名古屋大学の福和伸夫教授が口にしたのは「銀座4丁目の交差点付近だけでも10棟くらい耐震性に問題がある」という言葉。さらに「中央通りの両側だけで20棟。中央区全体では130棟ほどの耐震性が劣っているという結果が都や区から公表されています」と続きました。
大通りから一本入った裏通りでは、さらに衝撃の指摘が。
名古屋大学 福和伸夫教授
「目抜き通りから外れると、耐震診断すら義務づけられていません。どの建物が危険なのか、われわれがふだん利用している建物の耐震性は『わかっていないものが多い』と理解したほうがいいです」

「耐震診断」義務づけは一部 ほかは“努力義務”

阪神・淡路大震災後につくられた「耐震改修促進法」では、建物が地震に耐えられるかどうかを調べる「耐震診断」が、一部の建物に義務づけられています。対象は次のとおりです。
1. デパートなど不特定多数の人が利用する大規模な建物
2. 緊急輸送道路など災害時に重要な道路に面した一定の高さ以上の建物
結果の公表も義務づけられ、自治体がホームページで公表しています。

一方、これ以外のビルの耐震診断は「努力義務」にとどまり、福和さんが指摘するように「どの建物が危険なのかわからない状態」となっているのです。
福和教授は、銀座のような繁華街を歩くときに気をつけていることがあるそうです。
名古屋大学 福和伸夫教授
「どの建物が安全そうか両側を見ながら歩きます。地震で揺れたら新築で安全そうな建物に逃げ込みます。どの建物が新しいかある程度理解しているので。ただ、普通の人には難しいかもしれません」

ビル倒壊が相次いだ阪神・淡路大震災

1995年1月17日の阪神・淡路大震災。都市の直下で起きた大地震で、神戸市内ではビルの倒壊や、途中の階が押しつぶされる「中間層崩壊」と呼ばれる被害が相次ぎました。

神戸の繁華街、三宮でも命を落とした男性がいます。
山本貢さん(当時63歳)は、大阪の町工場に出勤途中、ビルの倒壊に巻き込まれたとみられています。

当時、山本さんの家の近所に住んでいた小田由美子さんは「恥ずかしがり屋だけど実直でまじめ。笑顔がすてきな“おじちゃん”でした」と言い、慕っていた“おじちゃん”の命を奪ったビルの倒壊について、こう話しました。
小田由美子さん
「まさかビルが次々と倒れるなんて想像すらしていませんでした。山本さんの死を通して、ビルも人の命を奪うと思い知りました。地震のあと、補修されたビルの飲食店に入ったことがありますが、『もしいま地震が来たら』と思うと怖くなります」

「住宅」の耐震化に目が向く一方 “取り残された”ビル

6434人が亡くなった阪神・淡路大震災。ビルの倒壊や崩壊に巻き込まれて死亡した人は山本さん以外にも複数確認されています。

ただ、地震発生時刻は早朝の午前5時46分で、多くの人にとっては自宅で寝ている時間帯でした。

ビルの中にいた人は限られ、命を落とした人の多くは自宅にいて住宅の倒壊に巻き込まれました。

こうしたことを背景に、耐震化の焦点はビルではなく、主に住宅へと向けられたのです。
名古屋大学 福和伸夫教授
「住宅の中で亡くなった方が多かったので、政府が考えたのが住宅の耐震化です。大規模な建物については、行政が管理している学校や病院といった公共の建物で耐震化がほぼ終わった。一方で取り残されたのが、われわれが一般的に使っている民間のビルといえます」

「努力義務」のビルのオーナー “費用の問題が…”

「耐震改修促進法」では、旧耐震基準のすべての建物で耐震診断や改修を行うよう努めなければならないとされています。

しかし、あくまで「努力義務」のため、耐震改修を行っていないビルが存在し続けています。

私たちは神戸市の三宮周辺にあるビルのオーナーを探して聞き取り調査を行いました。
27のビルのオーナーから回答が得られましたが、旧耐震基準のビルで耐震診断や改修を行っていたビルはありませんでした。
その理由としてオーナーたちが挙げたのが、費用の問題です。
築50年のビルのオーナー
「耐震工事でテナントが営業を続けられなくなるし、工事が終わったときにテナントが戻るとも限らない。コロナ禍でテナントの空きも増えて収入は落ち込んでいて耐震工事をする余裕はない。工事するくらいならビルを手放す」

築47年のビルのオーナー
「工事に莫大な費用がかかる。ビルが古くなって使えなくなるギリギリまで工事はしたくない。あんな激震はもう来ないとも思うし」

国の補助制度が十分に機能していない現状も

ビルの耐震化が進まない背景には、国の制度が十分に機能していない現状も見えてきました。
現在、耐震改修の補助の対象は、「住宅」や「災害時に避難所となる施設」「多数の人が利用する建築物(3階建てかつ1000平方メートル以上)」などです。

しかし、実際に補助するかどうかは予算を負担する各自治体の判断に委ねられていて、住宅以外のビルなどの建築物に補助を実施している自治体は26%にとどまっています。

元国土交通省の建築指導課長で、耐震化政策に長年関わってきた井上勝徳さんは、こう指摘します。
元国土交通省 建築指導課長 井上勝徳さん
「本来自分でやるべきでそこまで補助をする必要はないと考えている自治体があるのではないか。地方ごとに財政力の問題もあるし、実際の現場の能力というところも考慮すると、一律にこうしてくれというのは、なかなかできないと思います」

耐震改修に踏み切り大地震に“間に合った”ビルも

こうした状況の一方、大地震に襲われる前に耐震改修に踏み切り、テナントが営業を継続できたビルがあります。
茨城県日立市にある築48年のビルは、東日本大震災の4年前の2007年に耐震改修を行いました。

決断を後押ししたのは、当時テナントとして入っていた銀行の存在です。
茨城県を中心に185の店舗を持つ常陽銀行は、支店が入るビルのオーナーに対して耐震診断や改修の有無を聞くアンケートを、15年ほど前から行っています。

ビルのオーナーの鈴木達二さんは、銀行からのアンケートを受けたことをきっかけに、耐震診断と改修工事に踏み切りました。
ビルのオーナー 鈴木達二さん
「アンケートで『耐震改修しないんですか?』というプレッシャーを感じて。ビルの広い面積を占めるメインのテナントさんだったので、その声は無視できませんでした」
東日本大震災で日立市では最大震度6強の揺れを観測しましたが、このビルは被害を免れ、銀行も営業を継続することができました。

常陽銀行日立支店の清水勉支店長は、こう話します。
常陽銀行日立支店 清水勉支店長
「ビルのオーナーさんにとっていろいろな負担はかかるんですが、建物の価値が上がって事業の安定化を図ることができます。銀行としても客や従業員の安全が守れるし、事業を継続することができる。オーナーとテナント双方がメリットを共有できます」

首都直下地震 南海トラフ巨大地震などへの備えを

近い将来、発生が懸念される、首都直下地震や南海トラフ巨大地震では、大都市が震度7や6強の激しい揺れに襲われると想定され、耐震性が不足する建物が同時多発的に壊れるおそれがあります。

福和教授は、大地震に備えてビルの耐震性を上げることの重要性を、次のように指摘しています。
名古屋大学 福和伸夫教授
「大きな被害が出てから復興にお金をかけるのではなく、被害が出ないようにお金を使ったほうがずっと少なくてすむ。命やなりわい、生活を預けているビルの耐震化に力を入れることが何より重要です」

住宅の耐震化も道半ば あなたの家の耐震性は

ビルの耐震化とともに、住宅の耐震化も道半ばです。マンションを含む住宅の耐震化率は87%(2018年)、戸建てに限れば81%にとどまっています。

大地震の際に建物から命を守るために、あなたの家の耐震性もぜひ調べてみてください。
●見過ごされた耐震化の問題については、1月17日(月)午後10時から放送のNHKスペシャル「見過ごされた耐震化 ~阪神・淡路大震災 建物からどう命を守るか~」で詳しくお伝えします。