青森りんごに迫る“温暖化”の影響

青森りんごに迫る“温暖化”の影響
「ラッセーラー」のかけ声とともに大型の「ねぶた」を青森市の中心部で運行する「ねぶた祭」。まさに青森の夏の象徴です。

例年8月7日までの6日間開催され、「ねぶた祭が終わると秋になる」といわれるほど青森の夏は短く、そして涼しいとされてきました。

ところが、おととし7年ぶりに青森に赴任した私がいろんなところで聞いたのは「青森が暑くなった」という声でした。

青森の涼しい気候を生かして生産され、全国一の生産量を誇るりんごはどうなってしまうのか。取材を始めました。

(青森放送局記者 吉永智哉)

青森の気温が…

青森を含む東北地方の去年の年間平均気温は平年より0.8度高くなっていて、平年からの上昇幅は1990年とおととし(2020年)に並んで、統計を取り始めてから最も大きくなりました。

背景には地球温暖化の影響もあると考えられています。

取材の中で私は、気象庁が今世紀末にかけての気温の変化を予測していることを知ります。

そのデータを見た時、自分の目を疑うほどに驚いてしまったのです。

“青森の平均気温が4.7度上昇” 今の東京並みに!?

気象庁が公表しているのは「二酸化炭素などの削減が進まず、地球温暖化が最も進行した場合」の気温です。

青森の年間平均気温は、今世紀末までの100年間で、なんと4.7度も上昇すると予測されているのです。

これは今の東京の平均気温と同じぐらいです。
さらに最高気温30度以上の「真夏日」は約36日増え、逆に最低気温が0度未満の「冬日」は、77日減るといいます。

寒くてたくさんの雪が積もる冬が短くなるのはいいけれど…。

青森で東京のような猛暑が続くなんて、想像するだけで混乱してきます。

どんな影響が考えられるのか。青森県にある弘前大学などの研究者が、ある実験を行っていることがわかりました。

テーマは、温暖化が青森県産りんごに及ぼす影響を明らかにすること。

この研究からは、まさに私が知りたいと思っていたことが分かってきているのですが、その紹介の前に、青森県産りんごの主な品種の収穫時期を説明しておこうと思います。
青森のりんごの主な収穫時期は秋です。

収穫時期が最も早いのは、9月ごろまでに収穫される「つがる」などの早生(わせ)品種。

10月上旬からは「ジョナゴールド」などが収穫されます。

最も遅い10月下旬から11月に収穫されるのは、県産りんごの出荷量の約半分を占める主力品種「ふじ」などです。

収穫時期の違うさまざまな品種を栽培することで、できるだけ年間を通してりんごを市場に供給できるようにしているのだそうです。

実験 気温を3度高くしたら青森りんごは…?

さて、研究の方に話を戻したいと思います。

ふじ」の生まれ故郷、青森県藤崎町にある弘前大学の研究農場では、実験のためにりんごが育てられています。
研究グループの代表を務める弘前大学農学生命科学部の伊藤大雄教授は「同じ場所で同一の土、降水量、日射量でりんごを栽培し、一部を気温だけ高くしたらどんな変化があるかを確かめたい」と話していました。

この実験では、隣り合う3つの区画にりんごを植え、区画ごとに栽培の条件が変えられています。
1つ目の区画は、今の気温のままです。

温暖化が進んだという想定で、2つ目の区画は、外の気温よりも3度高くしてあります。

3つ目の区画は、気温が3度高いうえ、二酸化炭素の濃度も高くなっています。

それぞれの区画には、主に「つがる」「ふじ」が植えられていて、研究グループは収穫した実などの分析を進めています。

実験は来年度まで行われるため、まだ途中の段階ですが、この3年間に集まったデータからは、温暖化がりんごに及ぼす影響が浮き彫りになってきています。
まず「ふじ」は甘さを示す「糖度」が若干高まる傾向がある一方、味のさわやかさを表す「酸度」や歯ごたえのよさを示す「硬度」は低下傾向です。

青森県産の「ふじ」は酸味と甘みのバランスが特徴とされていますが、収穫直後はこれまでと食味が変わる可能性のあることがわかってきているのです。

収穫量は、気温だけを高くした場合は若干減る傾向がある一方、気温と二酸化炭素の濃度、両方を高くした場合は増える傾向にあります。
弘前大学 伊藤教授
「酸度が落ちるとりんごの特徴である爽やかさがなくなるかもしれない。“ふじ”の場合は、収穫直後の味が好まれるので酸度はそんなに落ちない方がいいと思う」
一方「つがる」には、目に見える形で影響が出る可能性があります。

実験では、温暖化が進んだ条件で栽培すると、いまの気候に比べて赤さを示す指数が3割ほど悪化しました。
売れ行きを左右するとも言われる実の赤さ、色づきが悪くなっているのです。

「つがる」は気温が下がることで色づきが進みます。

伊藤教授は、温暖化の影響で厳しい残暑となる年が増えれば収穫時期が早い「つがる」への影響が大きくなると考えています。
実験を行う研究グループの代表 弘前大学 伊藤大雄教授
「色づくにはすこし涼しくなる必要があるが、いまでも9月はあまり涼しくないので着色があまりよくない。つがるは硬度、酸度も下がるうえ、収穫量も上がらず、色づきも悪い。温暖化するとつがるにとっていいことはない」
さらに収穫時期にも影響が出ると分析されています。

気温が高くなると、早生の「つがる」は早く熟すようになるため収穫時期が早くなる傾向があります。

一方、理由については詳しい分析が進められていますが、秋の終わりごろにかけて収穫される「ふじ」は、気温の上昇でさらに収穫時期が遅くなる傾向が見られています。

伊藤教授は今後、ある程度、温暖化が進行することは避けられないとして、備えが必要だと指摘します。
実験を行う研究グループの代表 弘前大学 伊藤大雄教授
「どんな影響が出るかわかったところで それが耐えられる変化なのか、耐えられない変化なのかよく考えて今から対策をしていかないといけない。青森でりんごが栽培できなくなるわけではないので、冷静に新品種の開発や別の果物への転換などを考えていく必要があると思う」
研究グループのメンバーは、今後、さらにデータを蓄積して研究結果を論文などで発表することにしています。

暑い夏でも色づく新品種!

伊藤教授が指摘していた温暖化に対応するりんごの新品種。

調べてみると各地で開発が進められていました。
青森でも開発された品種があると聞き、さっそく取材に向かいます。

温暖化で色づきが悪くなると考えられる「つがる」に代わる新たな品種を開発したのは「青森県産業技術センターりんご研究所」です。

実は「つがる」が生み出されたのもここなんです。

この研究所が30年の歳月をかけて開発し、4年前に品種登録したのが「紅はつみ」です。
「気温が高くなっても色づきがいいというのが最大の特徴」というこの「紅はつみ」

研究のため冷蔵庫で貯蔵されていた実を見せてもらいましたが、確かに赤くきれいに色づいています。

研究用ということで食べて味を確かめることはできませんでしたが、「つがる」より少し酸味があり、濃厚な味を感じられるということです。

まだ広く流通するほど生産はされていませんが、青森県内の農家に苗木が販売されていて、私は店頭で見かけたら買って食べてみようと思っています。
りんご研究所 後藤部長
「最近暑くてつがるの色づきが悪くなってきている。“品種に勝る技術なし”と言われているが新品種を開発して対応することが一番いい方法なんじゃないかと思う」

りんごに代わって桃の生産が拡大!?

一方で、温暖化の進行を見据えて「つがる」から別の果物の栽培に切り替える農家も出てきています。

青森県の津軽地方に位置する平川市で5代続くりんご農家、小野友之さんは「つがる」の栽培をほとんどやめて「桃」の生産を始めています。
私が畑を訪れた去年10月下旬は「桃」の収穫は終わっていましたが、赤く色づいたりんご畑の一角が、青々とした桃畑になっていました。
「桃」は、青森より南の比較的暖かい地域が主な産地。

小野さんは福島の農家から技術的な指導を受けるなどして、桃栽培を拡大してきたといいます。
りんご農家 小野さん
「りんごの栽培技術があれば、桃栽培はそれほど難しくない。つがるといった早生のりんごを『桃』に切り替えて、秋が深まる時期は引き続きりんごのふじを出荷するイメージです」
小野さんは「桃」の生産量を年々増やしていて、去年は4トンを収穫。

周辺でも約90人が栽培に取り組むようになっています。

福島や山梨などほかの産地の収穫のピークより遅く出荷できるため価格も下がらないということです。

小野さんたちの農協では「津軽の桃」としてブランド化を進めています。
りんご農家 小野さん
「りんごだと寒暖の差で色が付くけど、『桃』だと暑い方がいい品質の実ができる。暖かくなってきたことで、だんだん青森県で『桃』が作りやすくなってきている」
青森のりんごにも押し寄せる温暖化の影響。

対応が始まっていることには少しほっとしましたが、担い手不足が進むなどりんごの生産を取り巻く状況は決してよくはありません。

温暖化が進む中でもりんご栽培を続けていくためにはどうすればいいのか考えていく必要があると感じています。

取材後記

今回の取材を始めるきっかけの1つとなったのは、去年9月ごろ青森県内の産直市場で目にした「津軽の桃」でした。

「青森の果物といえばりんご」という印象が強かった私は、「なぜ、青森で桃の生産が広がり、ブランド化まで進んでいるんだろう」と疑問を抱き、調べていくと、桃の生産は“温暖化対策”だったことがわかりました。

以前、青森で勤務していたころに比べて暑い日が増えたと感じていた私にとっては、農業の現場にまで、もう温暖化の影響が及んでいるのかという思いでした。

そして、今回の取材で私が一番驚いたのは、りんごの新品種の開発にかかる時間の長さです。
品種改良のための交配で生まれた木の中からよりよいものを選りすぐり、試験栽培を繰り返していくため、交配から品種登録まではおよそ30年かかるといいます。

今後、ある程度“温暖化”は進行すると考えられる中では、新品種開発による対応は、今から始めても遅くはないと感じます。

そして、温暖化の進行を少しでも食い止められるよう、私たちひとりひとりが努力していくことも必要だと実感しました。
青森放送局記者 吉永智哉
平成18年入局
大阪放送局、三沢報道室、国際部、ドバイ支局を経ておととしから青森放送局