秋田の名物駅弁「鶏めし」パリでの挑戦

秋田の名物駅弁「鶏めし」パリでの挑戦
「すしのようにしょうゆをつけなくてもいいごはんなのか。すごいアイデアだ」

フランスの人からこんな褒め言葉をもらったという日本の食べ物が、いまフランス・パリで販売されています。秋田県にあるJR大館駅の名物駅弁「鶏めし」です。

国内でも人気の駅弁は、なぜ海外を目指したのでしょうか。食の都、パリでの挑戦を追いました。

リヨン駅に登場“EKIBEN”の店

去年11月、フランス・パリのリヨン駅に駅弁店がオープンしました。

出店したのは、秋田県大館市にある創業120年余りの老舗駅弁会社です。この会社が販売する「鶏めし」は、JR大館駅の名物駅弁です。
しょうゆで甘辛く味付けした鶏肉とあきたこまちが特徴で、JR東日本の駅弁コンテストで1位を獲得したこともあります。「鶏めし」が誕生したのは、70年以上前になりますが、当時と変わらず、いまも一つ一つ手作業でおかずやごはんを詰めています。

“駅弁は日本伝統のファストフード”

“駅弁は日本の伝統的なファストフード”
パリへの出店を決断した8代目社長の八木橋秀一さんは、駅弁をこう表現します。

地域の食材や料理を詰め込んで、日本各地の旅先で食べられてきた「駅弁」。駅弁業者で作る団体によりますと、日本最初の駅弁には諸説あるようですが、いまから130年以上前、明治時代に各地で鉄道が整備されるのに伴い、生まれたとされています。

駅弁は、注文を受けてすぐに提供でき、どこででもすぐに食べることができます。八木橋さん自身、祖母からの「片手で持って食えるものにしろ、冷めてもおいしいものにしろ」ということばをずっと大切にしてきました。

世界に挑む その思いとは

八木橋さんはなぜ、海外への進出を決めたのでしょうか。きっかけは、秋田の子どもたちとの交流でした。八木橋さんは8年前から毎年、鶏めし弁当を大館市内のすべての小中学校に給食として提供する活動を続けてきました。

しかし、子どもたちと毎年交流を重ねるうちに、あることが気にかかりました。将来の夢や目標をたずねると、子どもたちが「秋田にいたら何もできない」「まずは東京に出るしかない」と口にすることです。

「秋田からでも世界で活躍できる姿を見せて、地元に誇りをもってほしい」

その思いが、八木橋さんに海外への挑戦を決意させたといいます。駅弁を海外で販売するなら、どこが良いだろうか。八木橋さんが選んだのは、駅弁販売に不可欠な鉄道網が整っているフランス・パリです。

“駅弁屋だから駅で売る” 出店までの長い道のり

八木橋秀一さん
「私たちは弁当屋ではなく駅弁屋。駅で売ることにとことんこだわりたい」
海外進出にあたって、八木橋さんはあくまで「駅」への出店を目指してきました。しかしその道のりは、決して平たんなものではありませんでした。
3年前の7月、まずはパリの街なかに路面店を出店しました。パリの駅構内で出店するには、フランス国鉄の許可を得る必要があります。路面店を足がかりに、まずは現地で知名度を上げようと考えたのです。
しかし、肝心の鶏めしの味をフランスで再現するのは簡単ではありませんでした。EUには肉や卵などに輸入規制があり、日本産の鶏肉を持ち込むことができませんでした。

また、水質の違いも壁となりました。秋田から、あきたこまちを仕入れたものの、軟水の日本と違いフランスは硬水のため、同じレシピで作るとコメがどうしても硬くなってしまうのです。

現地で調達できる材料に合わせてレシピを微調整したり、水の量を変えてごはんを炊いたりすることで何とか秋田での味に近づけました。

1度は審査に落選も…

路面店での販売が軌道に乗ってきたおよそ3か月後、パリのリヨン駅での出店募集に初めて応募しました。しかしあえなく落選。知名度不足も一因だと考えています。

さらに新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、路面店の休業も余儀なくされました。
しかし、新型コロナの影響は思わぬ追い風になりました。巣ごもり需要の影響でテイクアウトの販売が好調で、売り上げをコロナ禍の前の2倍以上に増やすことができたのです。

こうした実績をフランス国鉄にPRして、出店を再度申し込んだ結果、去年7月、ついに出店が認められました。

秋田の味 フランス人の反応は?

去年11月、フランス・パリのリヨン駅構内に、待望の店がオープンしました。

リヨン駅は、パリにある主要な駅の1つ。フランス国鉄の高速鉄道をはじめ、多くの長距離列車が走っています。旅の発着点として旅行者の利用も多く、出店にはうってつけだと考えました。
「日本の駅弁文化を世界に広げたい」。
店の名前は「EKIBEN ToriMeshi Bento」にしました。

店では、「鶏めし」など6種類の弁当を販売しています。

オープン初日から3日間は、用意した200食が完売するなど、売り上げはこれまでのところ好調だと言います。
八木橋秀一さん
「フランスではまだ『EKIBEN』ということばが知られておらず、お客さんが来るか不安だったが、初日から予想以上の人が買い求めてくれてうれしい」

秋田の味 予想超える人気

いちばんの売れ筋は、しょうゆで甘辛く味付けした鶏肉とあきたこまちが特徴の「鶏めし」です。1個14.5ユーロ、日本円でおよそ1900円。路面店時代から安定した人気があり、売り上げ全体のおよそ半分を占めています。

フランスでおなじみの日本食といえば、おすし。「すしのようにしょうゆをつけなくてもいいごはんなのか。すごいアイデアだ」と褒められたこともあるそうです。
予想を超える人気を集めているのが、「秋田弁当」です。

1個17ユーロ、日本円でおよそ2200円。販売している6種類の弁当の中では最も高額ですが、「鶏めし」に次ぐ人気商品です。

田楽みそを塗った「きりたんぽ」に秋田伝統の漬物「いぶりがっこ」、「稲庭うどん」など、秋田の味が詰め込まれています。
「きりたんぽ」や「いぶりがっこ」と言えば、まさに“日本の味”。フランスの人たちからは、どのような評判なのでしょうか。

八木橋さんによると、田楽みそをつけたきりたんぽは、みその甘さともちもちとした食感から、デザートのような食べ物だと好意的に受け止める声もあったそうです。

そして、いぶりがっこ。実は、路面店時代から好評な食材だとのこと。八木橋さんによると、スモークサーモンなどフランス人はスモークした食品が好きで、いぶりがっこも、そうした食べ物の1つとして受け止める人も多いそうです。
初日に弁当を買った人は
「新しくて、食欲をそそる見た目で、おなかもすいていたので買いました。サンドイッチとは違う選択肢があるとよいので成功してほしいです」
初日に弁当を買った人は
「とてもきれいで、洗練されていますね。日本の精神はフランスでも通用するので、店は間違いなくうまくいくと思います」

立ちはだかった“低温の壁”

一方、駅での販売にあたっては、思わぬ課題も見えてきました。フランスと日本の食品の販売基準の違いです。

日本では駅弁は一般的におおよそ20度前後で保存・販売されています。しかしフランスでは、サンドイッチなどに対する規制が弁当にも適用され、日本よりも10度以上も低い温度で商品を保存・販売しなければなりません。

路面店ではレストランでのテイクアウトという位置づけで、この規制が適用されていませんでしたが、駅構内でテイクアウトのみで販売するため、この規制を守る必要が出てきたといいます。

“冷めてもおいしい”が自慢の駅弁ですが、さすがにこれだけ低温で保存していると、ごはんが冷えて水分が失われ、硬くなってしまいます。

店では、水分を多めにしてごはんを炊いたり、店の中に電子レンジを用意して客に温めてもらったりするなどして対応を模索しています。

“EKIBEN” “AKITA”を世界に

リヨン駅での出店は、ことし5月までの半年間の期間限定です。八木橋さんは今後、さらに長期間の出店を目指し、パリを拠点にヨーロッパ各地で駅弁文化を普及させたいと考えています。
八木橋秀一さん
「EU各国と鉄道でつながるパリで駅弁と秋田の味を浸透させれば、ヨーロッパ各地への進出も夢ではない。『EKIBEN』や『AKITA』をみんなが知っていることばにして、いつかは各国の郷土食の駅弁を旅先で食べられるようになってほしいし、各国から秋田に訪れるようになってほしい」
海を渡った秋田の「EKIBEN」。
挑戦はこれからも続きます。
秋田放送局記者
磯島 諒
平成29年入局
赴任した秋田の食や観光、歴史や文化を取材
現在は医療なども担当
大学時代はフランス哲学を学ぶ